第33話 軍政改革のため統合作戦本部を創設しよう

 現状、フランスの軍の指揮官のやることは多い。


 軍隊において部隊の指揮系統は指揮官からその下に下していく単一系統であり、得られた情報などによって行動の決断や指示はすべて指揮官が行う。


 しかし、フランス革命による徴兵制によって兵数の増えた大陸軍(グランダルメ)の軍事作戦を遂行するにあたって行軍や戦闘指揮を行うために処理するべき情報や作業はどんどんと膨大なものとなり、指揮官だけでの処理は難しくなっていく。


 そこで必要とされるのが作戦の立案や提示を行う参謀だ。


 参謀組織の創始者はオランダのオラニエ公マウリッツ・ファン・ナッサウで、彼は軍事的訓練を非常に合理的で精緻なものとして、戦場での戦闘行動を迅速化した。


 行進の規則を定めることで、指令に従って軍団が迅速に陣形を変えることを可能にした。


 パイク兵の方陣による白兵戦が主流であった陸戦に歩兵・騎兵・砲兵を加えた三兵戦術の基盤を築いた。


 これによりオランダはスペインから独立しその後イギリスとともに海上帝国を築いていくことになる。


 それを更に磨き上げていったのがスウェーデン王グスタフ2世や、プロイセンのフリードリヒ大王である。


 そしてルイ14世の率いるフランス軍でも参謀組織は存在した。


 しかし、フランス革命後の革命軍には参謀の重要性を理解する者は少なかった。


 銃弾の飛び交う戦場で敵を倒して勝利すれば良い。


 そのために必要な水や食料や武器弾薬を管理手配し必要な分を輸送し、指揮官の判断した指示を正確に現場の下士官などに連絡しなければ軍は戦えないのだが、それを理解する司令官は少なかった。


 革命後のフランスでは参謀は日陰の存在となり、戦功第一の実力主義の軍内では報いられなかった。


 とは言えナポレオン一世は、その大変なことをやってのけてみせ、彼自身が率いた兵は戦場でほぼ無敗であったうえに、彼は有能な政治家ですらあった。


 もっともあまりにも彼は軍事と内政における天才でありすぎたゆえに、戦えば勝てて当然という理由で陸軍の軍事に没頭してしまいすぎた。


 そして、外交や海上の通商については不得手であったこと、スペインのゲリラに兵力を割かれたこと、ロシアの冬の寒さと広大さを甘く見ていたことで敗北するのだが、ナポレオンの敗北の1つにはプロイセンの軍政改革による参謀組織の構築によって、プロイセンの軍も強力になっていたというのもあるであろう。


 ナポレオンの優秀な参謀であるといわれるルイ=アレクサンドル・ベルティエは彼自身は作戦を立案し軍を運用する能力はさほど高くはなかったと思われる。


 だが、ベルティエはナポレオンに絶対必要な人物であった。


 ナポレオンは、口を開けばコルシカなまりが強く、普通の人間では聞き取って記憶しておくのが難しいくらいの速度で話したうえに、その中身といったら始終話が飛躍して、ある作戦を命令している最中でも他の命令を思いつけばそれに話の内容を変え、しかも、それを話している間にさらに別の命令が混ざるのもしょっちゅう、そしていつの間にか最初の命令に話の内容が戻っていたりするのがごく普通な上に、人名や地名なども間違えるのが当たり前ないいかげんなものであった。


 文章での指示であっても、誤字脱字が普通にあった上に、話が途中で飛んで意味がわからない状態になることは口頭の時と変わらない、それがナポレオンの指示の実態というものだった。


 ベルティエの優れていたところはそんなナポレオンの思いつきの指示の内容を、きちんと理解できた上で他の人間でも分かる形にかみ砕いた形にして、しかもナポレオンの意図に沿った命令を正確かつ確実に伝えたことにある。


 ワーテルローのナポレオンの敗因の1つにナポレオンの常人にはわけの分からない指示を周りに的確に伝えることができるベルティエの不在が加えられるほどだ。


 そして作戦参謀本部を本格的に設立したのが英領ハノーファー出身でプロイセンのゲルハルト・フォン・シャルンホルストでる。


「しまったな、可能であればシャルンホルストをフランスに引き込んでおくべきであったか」


 とは言え実際は難しいことであったろうとは思うが。


 彼の生まれは英領ハノーファーで革命戦争時にもフランスと敵対していたし、すでにプロイセンに士官してしまったからいまさらではあるな。


 とは言えフランス以外の国の軍人で貴族出身ではないからと冷遇されて不満を持っている軍人なども多いであろう。


「そういったものへフランスへ来れば良い待遇で迎える事を条件に引き抜きをかけるのも良いかもしれぬな」


 イギリスがやっていたように各国に駐在しているフランスの公使に諜報や寝返り工作を徹底させるようにしようか。


 プロイセンにもオーストリアにもロシアにも貴族中心の軍制度に不満を持っているものは多いはずだ。


 それはともかく参謀制度は必要であろうな。


「では、フランスはアントワーヌ=アンリ・ジョミニを

 統合作戦本部の部長としようか。」


 アントワーヌ=アンリ・ジョミニはベルティエとの確執のためにフランスではいまいち不遇であったが戦略、戦術、兵站に対しての見識に優れた人物である。


 ナポレオン戦争における元帥に叙された人物の中で、自分独自の判断で戦い、勝利を勝ち取ることの出来る元帥はダヴー、マッセナ、ギリギリでランヌ、スーシェそれ以外の将官ではエジプト戦役で活躍したドゼーやクレベールくらいであったろう


 自分の判断だけで戦って勝てる将軍が少ないのであれば作戦参謀を司令官につけるようにした方が良いであろう。


 統合作戦本部は戦略を研究するための組織であって、軍政については軍務省が管轄しそれは私が担当するが、実質的にその補佐を行うのはベルティエに任せよう。


「まあ、彼に任せれば問題も起きないであろうしな」


 彼の情報処理の能力に関しては疑う余地はないからな。

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