第32話 フランス国内の政治制度と国外のアルザス=ロレーヌを巡る争い

 さて、アミアンの和約の成立後、内政に金と人を十分に回せるようになった私は、国内の運河、上下水道、産業用の馬車道や鉄道、各地の工場や港湾の整備などを促進させその成果は目に見えて上がってきている。


 また国内における労働者の最低賃金を制定し、労働者の精神的負担などを緩和させた。


 これによってフランスから逃げ出していたプロテスタントの国内への帰還も順調に進み、それがまた工業生産力や公益の活発化に一役買っているようだ。


「プロテスタントの帰還はジャコバン出身の高級軍人の無神論者たちにとってはあまり面白くないようだが宗教は一般市民には必要なものだからな」


 私の言葉にタレーランが頷く。


「確かにそのようですな」


 私が第一執政に就任して、わずか2年ほどでフランスの国内も見違えるように変わった。


 政治家がおのれの理想や利益だけを追求するのではなく、市民生活を考えて行政を行うようになった。


 フランス国内における反政府運動はおおむね鎮圧されたし、テロ行為も影を潜めた、国家財政の状況もかなり良くなり、税制度や裁判制度も多くの者にとって公平なものになった。


 現状に不満を持っているのは特権を貪っていた王族や聖職者等の王党派くらいなものだ。


 北アメリカのミシシッピー川西域のヌーベルフランスやカナダ、西インド諸島、エジプト経由のインド方面やアフリカ、スコットランドやアイルランドなどとの交易も順調だ。


 まあ、イングランドはかってのポルトガルやオランダやスペインのように落ち目になって結構苦境のようだが。


 そんな中で私の執政の任期を伸ばそうという動きが出てきた。


 タレーランなどが護民院や元老院の議員に掛け合った結果、まずは護民院で「第一統領の任期を10年延ばそう」という動議が出されたのだ。


「ふむ、何もいまから任期を伸ばさずとも現状の10年あればフランス国内を安定させるには十分ではないかね?」


 私のその言葉にタレーランがしれっという。 


「しかし、万が一に備えて、あなたの任期を伸ばし、可能であれば終身での執政となってもらい、その際あなたの後継者も決まっている方がよいでしょう。

 それによって、フランスの政体はより安定するでしょうし、あなたをテロで打ち倒したところで、その後を次ぐのはあなたの後継者であり

、テロを起こすことに意味は無いと過激派にも認識を強められるでしょう」


 この意見を押しているのは元貴族の第二統領カンバセレスや外務大臣タレーラン、参事院評議官レドレールなどの主に元貴族たちだ。


 要は国を統治するものは血筋でそれを引き継ぐべきと考えている者で事実上、王政へ戻したと考えているわけでもあるな。


 後はリュシヤンを主にした後継者に指名される可能性がある私の兄弟や軍部では私と親しいオッシュや海軍士官などだな。


 無論政権の皆がこれに賛成したわけではない。


 後継者を指名できる制度など実質的な血筋による権力の移譲、つまりは王政に戻るのではないかというかと考えたものも多く実際そのとおりだからだ。


 フーシェ、シエイエス、カルノーなどのジャコバンの面々がそうだし、軍部でもモローやベルナドットなどは反対のようだ。


「私としては執政については残り7年の任期で十分だと思うのだが。

 まあその後。私を立憲君主制の飾りの王にしたいというならばそれもよかろう、せっかく成立した平和と共和制を崩壊させたいとはわたしも思わぬからな」


 私の言葉にタレーランもフーシェもそれぞれが顔をひくつかせたが、この二人の考えは基本的に水と油なのだ。


 ただし皆、革命後の政治的混乱と無政府状態を経験しており、二度とそれを繰り返したくはないとは思っているであろう。


 そしてイングランドの立憲君主制は悪い制度でもないように思える。


 ルイ16世が存命であれば彼を”君臨すれども統治せず”の名目上の君主に担ぎ上げても良かっただろうとおもうし、彼はそういったことに一定の理解を持っていたのは間違いないと思う。


 とは言え彼は死にルイ18世となる男は”ろくでなし”である。


 であれば、まだしばらくは私が頑張るしかあるまい。


 さて、神聖ローマ帝国の傘下であるプロイセンやオーストリア、スイスと我がフランスの国境にあるアルザス=ロレーヌ地方だが現状は我がフランスの勢力圏である。


 アルザス地方はもともとはケルト系の民族が住んでいたが、ゲルマン民族と、ローマ軍のそれぞれの侵略を受けその後にフランク王国が成立した後、フランク王国が分裂した時のメルセン条約で、東フランクの領土とされ、後に東フランクから発達した神聖ローマ帝国の支配下にあった。


 そしてこのあたりはライン川中流の西岸にあたり、豊かな農作物の産地であり、鉄鉱石や石炭の産出地でもある。


 西フランクから発達したフランスはこの地の奪取を長年めざしたのだ。


 そして三十年戦争で疲弊した神聖ローマ帝国を尻目にフランスはアルザス=ロレーヌ地方を併合した。


 ところがフランス領となっても住民はアルザス語というドイツ語の方言を話していた。


 そして後のフランスの第二帝政末期にナポレオン3世が普仏戦争に破れ、両地方の大部分はドイツ帝国に割譲され、ドイツはこの地の鉄と石炭で、第2次産業革命を達成し、アメリカとともにイギリスの脅威となっていくのである。


「アルザスのフランス化を早急に進めなければな」


 そこへ待ったをかけたのがオーストリアである。


「アルザス=ロレーヌは元々神聖ローマ帝国の領土である。

 それ故にフランスは即座に返還すべきである」


 と、そしてその背後にはロシアとイングランドが居たのである。


「またしても対フランス同盟を結ぶつもりか。

 性懲りもないことだ」


 こうして平和には暗雲がもたらされつつあった。


 となれば軍政改革にもそろそろ手を付けるべきか。

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