第28話 ロシアの暗雲とアミアンの和約成立
さて1796年に行ったフランスのアイルランドへのユナイテッド・アイリッシュメンへの支援によるアイルランドの独立以来、我がフランスとアイルランド共和国は友好関係を築き上げている。
ブリテン本島に対しての牽制役としてアイルランド共和国は重要なパートナーだからな。
「わがフランス共和国はアイルランド共和国との対等な同盟国として友好的な関係をこれからも続けていく方針である。
これからもよろしく願いたい」
アイルランド独立の立役者であり、フランスとアイルランドの仲介を行っているテオボルド・ウルフ・トーンに私はそういう。
「ええ、これからもよろしくお願いします」
アイルランドとの関係はこれで問題ないであろう。
フランスに続いて独立した共和制国家でもあるアイルランドに細かく干渉するつもりはない。
スコットランドに関して言えば革命戦争中はイングランドに従わされていたため、フランスはイングランドもスコットランドもその区別なしに船を沈めたりしていたわけではあるが、もともとフランスはスコットランドの独立を支援したり、交易を行っていた間柄であってもともとその関係性は決して悪くない。
スコットランド人は、イングリッシュ(イギリス人)と言われればノー、わたしはスコティッシュ(スコットランド人)というくらいだからな。
一方のイギリスの支配階級であるイングランドとフランスは不倶戴天の敵とも言うべき関係である。
フランスとブリテン島の間はイングランドは「ドーバー海峡」となどとかってに呼んでいるが、フランスは「カレー海峡」と呼んでいる。
要はこの海峡は自分たちのものだとお互いに主張しあっているわけであるが、その原因は100年戦争までさかぼる。
本来的にはイングランドはフランスの属国のようなものであったのだが、その属国にフランスの国土を一時占領されたりしたわけだ。
現状では第2次百年戦争と呼ばれるイングランドの継承権をめぐるプファルツ継承戦争から始まったスペイン継承戦争、オーストリア継承戦争、七年戦争、アメリカ独立戦争から現状のフランス革命戦争に至るまで、イギリスとフランスは同盟相手を変えてずっと戦い続けた。
結果としてみれば七年戦争の時点でほぼフランスは敗北が決定していた。
しかし、その後の米国独立戦争でフランス・スペイン・オランダが相次いでイギリスに宣戦布告し武装中立同盟がロシア・プロイセン・ポルトガル・スウェーデン・デンマークによって結成されたことで、イギリスはヨーロッパのオーストリアをのぞいた主要各国を敵に回したことで独立戦争には敗北した。
その結果、長期にわたる英仏の抗争は、フランスにおいては財政破綻を引き起こし、それに対して聖職者や貴族に課税をしようとしのがきっかけでフランス革命が起こった。
一方のイギリスも多額の戦時債務をかかえ、もはや富も力もなく、デンマークやスウェーデンなみの二流国にすぎないと酷評される有様だった。
本来であればイギリスはオランダやフランスなどの海外の植民地などを奪っていき、それによって経済を盛り返すのであるが、現状では南米はがっちりスペインが抑えているし、アフリカ、インドなどの主要な場所はフランスが抑えている。
そういった状況ではスコットランドもイングランドと一緒にいる旨味がない。
「ならばスコットランド人の独立運動にも期待して良いかな」
スコットランドやウェールズへの独立運動をそそのかす工作はまあうまく行けば、というところではあるがな、ウェールズがイングランドに併合されたのは結構昔であるし。
だがここで、面倒なことが起こった。
ロシアの皇帝パーヴェル1世が暗殺されたのだ。
私が第一執政に就任した頃には、パーヴェルとの関係は悪くない状態にあったのだが、ロシアでは近衛将校たちによるクーデターが勃発して、パーヴェルは殺害され、そしてその後は彼の長男のアレクサンドルがアレクサンドル1世としてロシアの帝位に就いた。
アレクサンドル1世はその家庭教師であるスイス人のジャコバン主義者で政治家でもあったフレデリック・セザール・ド・ラ・アルプの影響によってアレクサンドルは自由主義的傾向を持っているはずではあるのだが、現状の私をどう思っているかは不明だ。
「ふむ、ロシアのアレクサンドルはこれからどう出るだろうね」
私は皇帝になるつもりはないし、血で権力を子どもに移譲させるようなやり方をするつもりもないのだがな。
結局、イングランドの四面楚歌のピットは、責任をとるかたちで辞任した。
その後継者で対仏柔軟派のヘンリー=アディントンは首相に就任早々、フランスと和平交渉をはじめたいといい出し、我々フランス政府はこれを歓迎した。
「まあ、向こうが和約を言い出した以上は無理して戦争を起こす必要もあるまいな」
タレーランは頷く。
「そうです、適当なところでお互い手を結ぶことが重要です」
フランスとイギリスの和平交渉は順調に進み、10月1日に「平和予備協定」がロンドンで締結される。
批准書を携えたフランス代表のローリストン将軍がロンドンに到着したとき、大勢のロンドン市民が歓声を上げて迎え入れた。
フランスの市民が王族の統治にうんざりしていたように、イングランドの民衆も貴族優先の政策に嫌気が差していたのだろう。
イングランドの群集は「ボナパルト万歳!」と叫びながら、馬車を外務省まで押して行き、女たちは窓から馬車に向かいハンカチをふって歓迎した。
そして翌年の1802年3月に、フランス北部の都市アミアンにおいて平和条約は正式に締結された。
「この平和が長く続くと良いのだがね」
イングランド、プロイセン、オーストリア、そしてロシア。
私には彼らと無理に争うつもりはないのだが。
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