第27話 対イギリス政策

 さて、パリで王党派による爆弾テロが企てられ、それが我々により暴かれたことを、国内外の新聞は大きく取り上げた。


 其れによりフランスの国内において王党派の過激派や王族に対する批判が高まっている頃、対オーストリアのライン戦線でも、モローがホーエンリンデンの戦いでオーストリア軍を打ち破り、それによりオーストリアとの休戦協定が結ばれた。


「ふむ、大体予定どおりであるな」


 そして年は明け1801年になった。


「うむ、フランスの新しい一年に乾杯」


「乾杯!」


 こうしてフランスは新しい年を明るい雰囲気の中で迎えていた。


 ・・・


 同じ頃イギリスの首相であるピットは追い詰められていた。


 イギリスの海軍は間違いなく強かった。


 それは有能な人材による強さであって船の総合的な性能ではフランスに遅れを取っていた。


 しかし、フランスの逃げ腰的な海軍運用がイギリスに勝利をもたらしていた。


 だが、その勝利の方程式は唐突に崩れた。

 ネルソン率いる地中海艦隊が壊滅した後、イギリスの海軍にたいしてフランスは十分戦えると自信をつけた。


 さらに、ここ最近は艦船の技術でもフランスは常に上を行っていた。


 さらに人口と森林資源の差による木造船の建造能力の差がここにきてはっきり出てきた。


 海戦で勝利しているフランスが建造能力でもイギリスに勝っている状況ではイギリスには勝ち目はない。


 更にもともと陸軍はフランスの方がはるかに優勢である。


 イギリスの人口は面積と農業生産力の関係上多くなくフランスとくらべると、半分程度。


 フランスの人口が1800年の時点ではおおよそ3300万人なのに、イギリスは1600万人に過ぎない。


 そしてこの人口比はすべて国家の生産力や兵員数に如実に現れる。


 さらにはイギリスにはいまだ徴兵制もなく国王の常備軍、志願兵、そして状況によって応じて集められる徴募兵や傭兵で構成されている。


 そのため陸軍の劣勢を補うためにピットは大陸の主要な国々に対仏連合への加入を何度も呼びかけた。


 1793年の第1次対仏大同盟にはオーストリア、プロイセン、オランダ、スペイン、ポルトガル、ナポリ、サルディーニャ、南ネーデルラント(ベルギー)などが参加していた。


 第2次対仏大同盟にはロシア帝国とオスマントルコも参加していた。


 しかし、その国々は現状同盟からほぼ全て脱落していた。


 そんな状態のイギリスの政府は現状財政難に陥っていた。


 同盟国のオーストリアやロシア、フランスの王党派などへの資金援助は莫大な額に達していたし、さらに多数かかえている各地の諜報員に支払う報酬もバカにならない額であった。


 インドやエジプト、カナダ、西インド諸島や希望峰などの権益を失ってイギリスは苦境にあえいでいたがフランスに対して直接的な軍事的対抗手段はもはや殆ど残っていなかった。


 イギリスの国家債務は膨らみ続けて、いまでは8億6千万ポンド(おおよそ120億円)に達し国家は借金で首がまわらぬようになりかけている。


 これはGDP比の200%を超える危険な数字であって、そうなれば行われるのは増税である。


 しかしイギリスの国民はとうぜん不満が募る。


 特に産業革命で没落した職人たちは大きな声で言い始める。


 ”フランスと戦うために、フランスの亡命貴族を養うために、なぜこんなに高い税金を払わなければならないのか!”

 と。


 さらに1799年と1800年のイギリスは天候不順による不作とさらにアイルランドの反乱も重なった。


 フランスの支援を受けたアイルランドの独立運動は激化しており、議会にアイルランド議員を迎える方針をうちだしたのだが、この政府案は国王ジョージ3世とアイルランド人の双方に拒否された。


 ・・・


「イングランドを追い詰めるために、まずはスコットランド、アイルランドとウエールズの独立を支援しよう」


 グレートブリテンはイングランド、スコットランド、ウェールズの連合王国であるがその仲は必ずしも良くはない。


 そもそもウェールズは1536年に、イングランドに併合され、スコットランドは1707年に併合されることで、グレートブリテン王国となった。


 そして現状のブリテン島で支配階級であるのはイングランド人で、当然その他のスコットランド人やウエールズ人はイングランド人を嫌っている。


 その植民地であるアイルランドがイングランドを大嫌いなのは言うまでもないな。


「敵の敵は味方では無いにせよ、敵を分割して当たるのは当然のことだな」


 わたしはタレーランに言う。


「ブリテン島に争いを広げるのですか?」


 わたしは頷く。


「イングランドにこれからもちょっかいを出され続けるのも、イングランドの勢力均衡政策に巻き込まれるのもおもしろくない話だ。

 そしてブルボン王家の最大の支援者がイングランドとオーストリアであることはいうまでもあるまい」


 タレーランは正統な貴族の生まれであってその考え方は少々古いものだが、彼は明晰な頭脳の持ち主であり、時流を読む能力もある。


「オーストリアやロシアとは和平を結びたい。

 ブリテン島のスコットランドやウエールズとも同盟を結びたいものだ」


 タレーランは頭を下げた。


「では、そのように尽力するといたしましょう」


「よろしく頼んだよ」


 おそらくタレーランも、もはやイギリスにはオーストリアほどの価値はないと考えているであろう。


 大陸において軍事的な支配を行おうとしても、もはやカエサルやアレクサンドロスの時代ではない。


 ナポレオンはイベリアとロシアでの失敗で没落した、わたしは轍を踏むつもりはない。


 であればこそ、我がフランスはアメリカのルイジアナやカナダ、西インド諸島やギアナの権益をがっちり固めればよいのだ。


「イギリスでも革命が起これば面白いことになるのだがな」


 とは言えアイルランドはともかくスコットランドは共和政を採用はしないであろうがな。

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