第15話 エジプトの戦い・カイロ侵攻とマルムーク殲滅

 さて、私はルクレール将軍に1万の兵をもって守備兵とし、戦列艦などはブリュイ少将に任せ、アレキサンドリアの守備を命じると、アレキサンドリアからフリゲートやコルベットと言った小型の軍用艦と比較的小型の輸送船を用いてナイル川を船で遡りカイロへと侵攻することにした。


「フランスの大陸軍グランダルメには

 暑さに不慣れなものも多いであろうしな」


 副官であるマルモンは苦笑しながらいう。


「まあ、船酔いという敵も居ますがね」


「それでも真夏の砂漠の中を行軍するよりはだいぶマシであろう」


「まあ、それは違いないでしょうな」


 真夏の砂漠を行軍するのは非常に辛い。


 史実のナポレオンはカイロまでの道中の砂漠を歩いて行軍させたが、まだ乾期の7月であった上にフランス歩兵は厚い羊毛の軍服を身につけていた。


 その上、ナイル川は乾期でほとんど干上がっており、井戸も水はほとんど無かった。


 その為飲料水が不足し、兵士たちは頭上から照りつける強烈な日光によって熱中症になった上に目をやられ、昼間の猛暑と夜の寒さに体力をむしばまれて、精神に異常をきたすものすら居た。


 そしてそうやって落伍したものは駱駝ベドウィン騎兵の襲撃によって命を落とした。


 上陸作戦の時もそうだが本来のナポレオンは兵の損失をあまり気にしないで戦っている。


 コルシカで生まれたにも関わらず、そのコルシカを一族で追放され、フランスでは貴族にイタリア野郎といじめを受けたことから自分の帰属する国と言うものを持てない状態だったことはわかるがな。


 我々はゆうゆうと船でナイル川を遡っていく。


 駱駝騎兵の襲撃もなく、食料、飲料水の不足に頭を悩ませることもなく、帆は風をはらみ、南風に乗って順調にナイル川を我々は進んでいた。


 そしてナイル河口の三角州を遡りきったところで、カイロの街が見えてくる。


「さあ兵士諸君 ! ピラミッドの頂きから、

 4千年の歴史が諸君を見下ろしているぞ ! 」


「おおう!」


 私は輸送船から歩兵をおろした。


「マムルークが突撃してきます」


「フルゲートやコルベットのライフル砲で迎撃せよ」


「はっ!」


 フリゲートやコルベットのライフル砲の榴弾でマムルークを迎撃すると彼らは離散した。


 マムルークは、もともとは12世紀から13世紀にかけてエジプト、シリア、イエメンなどの地域を支配した アイユーブ朝のスルタンがヨーロッパの十字軍と戦うためにコーカサス方面から買ってきた奴隷の白人騎兵の戦闘集団で在るのだがマムルークは1252年にクーデターを起こしてアイユーブ朝を滅ぼしてマムルーク朝を建国した。


 このマルムーク朝はカイロを中心に繁栄し、5代目スルタンのバイバルスの代には、当時無敵を誇っていたチンギス・カンの孫フレグのイルハン国と戦ってモンゴル軍を撃破したこともあるらしい。


 しかし、世襲制でないマルムーク朝は軍閥同士の派閥争いによってマムルーク間の内紛が絶えず、1517年にオスマン帝国によって滅ぼされるが、実際にエジプトをその後も支配したのはオスマントルコのイニチェリとマルムークたちだった。


 ベイの称号を有するマムルークの有力者は実質的なエジプトの支配者でその後もあり続け、最終的にはイニチェリを弾圧し、1791年にはムラド・ベイとイブラヒム・ベイがエジプトの政権を奪取してオスマン帝国から半ば自立した二頭政治を開始したばかりであった。


 そのマムルーク騎兵は、騎士に近く、従者4名程を引き連れて、豪奢な格好で戦場に現れる。


 武器は主に短弓や投げ槍とヤタガンと呼ばれる騎兵刀サーベルで、非常に勇猛では在るが、騎士と同じように個人的武勇で戦うため統率にはかけており武装もフランスの陸軍に比べ原始的であった。


 さて、カイロで我がフランスを軍を迎え撃つべくを兵を率いているのは、現在のエジプトの実質的支配者であるムラド・ベイとイブラヒム・ベイである。


「歩兵は10列の方陣を構築せよ。

 そしてその4隅には大砲を配備して迎え撃つのだ」


「はっ」


 我々は方陣を用いてマルムークを迎え撃った。


「敵が突撃してきても、恐れずに十分ひきつけてから射撃せよ。

 最前列は恐れず銃剣を構えよ」


「はっ!」


 馬は神経質で臆病なので尖った物があればそこには突撃できない。


 大きな音などに対するものは訓練でなんとか出来ても、その性質は訓練でも矯正できないのだ。


 やったら馬が死ぬからではあるのだが。


 前列の兵は銃剣をかざしてマムルーク騎兵の突進を防ぎつつ、後列の兵がシャスポー銃で騎兵を撃ち倒して行く。


 勇猛をもってなるマムルーク軍は方陣に突撃を繰り返すがいっこうに方陣は崩れず、フランスの一斉射撃の前にマムルーク騎兵は次々に倒れていくばかりで、マルムークは無駄に損害を増やす。


 従来のマスケット銃よりも装填速度の早いシャスポー銃により、マルムークは近づくことも出来ずに殲滅されていく。


 やがて、浮足立ったムラド・ベイは南に、イブラヒム・ベイは北のシナイ半島へと敗走した。


「ふむ、ほぼ完勝だな」


「ええ、こちらには戦死者はほぼいません」


 私たちはゆうゆうとカイロに入城した。


 支配者であるマムルークの有力者は逃亡してしまったため、カイロは無政府状態となっていたが、イスラム教の長老たちが正式に降伏を認めたため、カイロは無事我々の手に入ったのだ。


「マルムークを追討しますか?」


「いや、カイロ街の治安回復が先だ。

 兵による略奪は禁じよ。

 行ったものは処刑するとふれるのだ。

 これからはエジプトは平穏に治めていかねばならないからな」


「かしこまりました」


 とは言えイスラムの教えを守ろうとするエジプトを平穏に支配するのは難しいかもしれぬが、兵に略奪などを行わせぬのは大事だ。


「そして、スエズ運河を見つけ早めに開通させねばな」


 年1度のナイル洪水の際にかつて有った運河が水で満たされるはずだ。


 砂を取り除く必要は当然あるが、有ったものを利用すれば開通も早まるであろう。

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