第11話 フリュクチドールのクーデターとイギリスとの決戦準備
さて1797年も半分ほどが終わった夏、地中海の島々やナポリ王国はフランスの勢力下に入った。
これによりイギリスはスエズ陸橋経由での情報伝達や輸送は不可能になった。
これは綿の栽培をインドで行わせているイギリスにとっては大きな打撃なはずだ。
しかし、1797年と言う年はフランスの社会は相変わらず揺れていた。
インフレが進行し政府はそれまで発行していた紙幣を廃止し、硬貨への復帰を宣言した。
硬貨も不足していたが、私がマルタ島などから奪ってきた戦利品が総裁政府の財政再建に役立ったらしい。
その一方で、ロベスピエールなどの死により国内の革命の機運も鎮まって、国外に亡命していた貴族や聖職者たちがこっそりとフランス国内へ戻ってきていた。
彼らは偽りの身分をえて当然自分達の身の安全のため、フランス
に残っている王党派に加担した。
私が地中海で戦っていた1797年の4月に行われた選挙では大方の予想通り王党派や立憲君主制派が大きく勝利し、右翼がほとんどの新しい議席を獲得し、216名の改選議員の内、再選されたのはわずかに13名で、新しく当選した新人の議員は大部分が立憲王制の賛成者か王党派で名高い王党派のバルテルミーが総裁に加わった。
それにより総裁政府の総裁間の確執が強まり、王党派はカルノーと結び、共和主義者と対立した。
ここで日和見主義のバラスは反右翼の立場を取り、フリュクチドール十八日のクーデターが起きた。
フリュクチドール十八日(1797年9月4日)、パリは軍隊の制圧下に置かれ、総裁カルノーと王党派のバルテルミーを含む13名の議員の逮捕が命じられ9月5日には198名の議員の当選を武力で無効にし、カルノーらをギアナに流刑にした。
共和派のクーデターは確かに成功し、再起しようとする王党派に対して決定的な打撃を与えた。
しかし、これにより軍隊の力という暴力で議会で選出された議員を逮捕するという自分たちが憲法を否定する愚挙を犯した総裁政府はますます拠り所を失っていくのだ。
「やれやれ、馬鹿な連中だ。
そんなことをしている場合ではあるまいに」
トゥーロンに戻った私は、そんな中で作戦に参加した船の整備補修やフリゲート艦の新型艦船への入れ替えを行いつつ、新型フリゲートへ搭乗する士官や水兵を中心に地中海の海上での演習を行わせている。
ネルソン艦隊との海戦の結果、新型コルベットや改造フリゲートの性能の高さは多くの士官や水兵に認識され、搭乗希望の士官も増えた。
それに加えて新型コルベットを用いての地中海におけるイギリスの通商破壊も当然おこなっている。
蒸気機関を搭載している新型コルベットから逃げられる木造帆船はおらず、砲の性能にも大きな差が在るから拿捕した船の荷物は政府に献上したり、逃げるものは撃沈したりしている。
海上の航路というのは海は広いが基本的にはある程度決まった場所を通るものだ。
長年の航海の結果比較的安全な場所と言うのはわかっているからな。
航路から外れて航行した場合、無風地帯だったり、藻が繁茂していて舵が取れなくなったりして洋上で立ち往生するわけだから船乗りは好き好んでそういった場所には行かないのが普通だ。
まあ、私の麾下にあるものでも大艦至上主義者で120門のカノン砲を備えた戦列艦こそが至上という考えは崩さない者もいるようでは在るが、まあ頭の硬いものはいつの時代でもいるものだ。
そういったことを行いながら革命期の包囲やその後の虐殺などでに壊滅的な打撃をうけたこの街の工業生産力の回復も図っている。
そして、私のもとにもたらされた新たな情報があった。
「閣下、ロバート・フルトンと言うものが閣下に面会を求めています」
「うむ、会おう」
「お初にお目にかかりますナポレオン閣下。
私はロバート・フルトン。
閣下のために役に立てると思っております」
「ふむ、具体的にはどのようなことで私に役に立てると思うのかね」
「はい、こちらをご覧ください」
彼が見せたのは世界初の手動式潜水艦の設計図
「このノーティラスがあれば閣下がイギリス艦隊を打ち負かすことは容易になるでしょう」
「ふむ、なかなか興味深い話では在るな」
「本来であれば、英国侵攻の為の兵員輸送用曳き舟として蒸気船も売り込もうとしたのですが、
そちらはすでに実用化されておられる」
「ふむ、良かろう。
私の元で設計技術者として働くが良い」
「はい、ありがとうございます、して報酬の方は?」
「お前の発明したものの実績次第だな。
とりあえず衣食住は不自由の無いように約束しよう」
「ありがとうございます」
「所で、炭鉱のトロッコ列車を大陸の陸上にて蒸気機関で走らせることは可能だと思うかね?」
私の問いに彼はニヤリと笑った。
「閣下、それはなかなか面白い考えですな。
潜水艦が完成しましたらそちらも考えてみましょう」
「うむ、よろしく頼むぞ」
実際、鉄道はイギリスではもうすぐ実用化されるはずだ。
鉄道があれば物資輸送や人員輸送が楽になるはずだからな。
そして別の日また別の報告が入った。
「閣下。
ニコラ・アぺールが提案し、閣下が改善なさった
保存に便利な瓶詰めと缶詰の見本が出来上がりました」
「うむ、すぐ見に行くとしよう。
瓶詰めはフランスの、缶詰はイギリスのそれぞれこの時代における重大な発明で、煮沸殺菌した瓶詰めや缶詰は油漬けの肉や魚、シチューやスープなどの長時間の保存を可能にした。
「ふむ、良く出来ているな。
これ等を工場で大量生産できるか?」
「は、早速行わせます」
この発明を行ったニコラ・アぺールの実家はホテルで、彼はその厨房でジャム、リキュール、砂糖菓子などを担当するパティシエだった。
そしてパリに店を構え、個人でジャムの瓶詰めを開発していたのを私が引き抜いたのだ。
缶詰や瓶詰めは後の時代でも軍用食料や日常の保存食として重宝されていたな。
パンはバタールのような皮が固くて長い物をバックパックする方法があるが、パンだけではやはり栄養として不十分だ。
パンにジャムを塗れるだけでもだいぶ違うしな。
無論、この間にも兵には半舷上陸しての休息が許可され、家族のいるものは家族の元へ、家族や恋人の居ないものは娼館へ向って英気を養っているぞ。
無論、私も愛しの妻のもとに戻ることも在る。
「やあ、デジレ、今戻ったよ」
私はデジレをギュッと抱きしめた。
ゆったりした服を着ていたからわからなかったが少しお腹が出ているな。
「うふふ、実はいいお知らせがあるの。
私、子どもが出来たみたい」
私はデジレの言葉に驚いた。
「おお、子どもが出来たのか。
生まれる予定はいつくらいなのだ?」
デジレは嬉しそうだった。
「10月くらいの出産の予定よ。
貴方に、似た賢い子にきっとなるわね」
「ああ、女の子なら君のような優しい女子になるだろう。
では君とわが子のためにもますます頑張らないとな」
デジレはニコリと笑った。
「ええ、頑張ってね、あなた。」
そうして夕方には久しぶりに彼女の手作りの料理を味わった。
まあ、子どもが無事に生まれてきて欲しいが、その時側にいれるかはわからない。
そろそろジブラルタルへ向かわなければならないからな。
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