第3話学校階段怪談話

 味噌事件の翌日の土曜日、俺はやけに軽い頭で起きた。

「やあ、おはよう、朝君?」

 フジのいつもの胡散臭く微笑む顔がひょこりと俺の顔の前に立ちはだかる。

「なあ?フジ?お前俺に何かしなかったか?」

 あちゃあという顔をフジは浮かべる。こいつ何かやりやがった。

「君の精神に負担をかけないようにするお呪いさ」

 ふと、昨日のことを思い出す。ああそうか、そういうことかと理解した。ごっそりと実感だけが消えている。いつ書いたのかわからないノートのように、あったことの事実だけが無機質に並べられているのだ。しかし、そんな無機質の記録になったところであいつに俺は聞かなければならないことがあることは変わらない。そう強く思ってフジの方に向き直る。

「なあ、フジ。昨日のおじさんの事なんだが。」

「ああ、君が救った人だね」

「殺しただろ?」

「だーかーらー!君は彼を救ったんだっていってるだろう?」

「俺は、暗黒エネルギーに汚染されてしまったおじさんを殺した。そして、俺の剣の作用で「暗黒エネルギーに汚染された」という事実を消したことになり、「彼が俺に殺される」という事実が消えたから、お前は「彼が救われた」って表現しているっていう認識であってるか?」

ありがたいことに(?)フジが記憶の実感を消してくれたことによってためらいなく記憶をさかのぼり、淡々と考察を考えていく。

「おおっ!朝君にしては鋭い考察だ。おおむね正解だよ。」

 いい線行ってたと思ってたのに。

「朝君はきっともう一つ僕に言いたいことあるよね?」

 言い当てられて、びくりとする。こいつはどこまで俺の考えていることが分かっているのだろう。

「ああ、ある。本当に必要な時以外、生者名簿をいじって俺の身代わりを作らないでほしい。」

「どうしてだい?いろいろ便利じゃないか?」

「たとえ相手が人じゃないとわかっていても、人間、それも自分にそっくりな人を殺すのは嫌だし、死の間際の恐怖を何度も味わわなければならないのは俺だって辛い。」

「朝君は優しいなあ。わかった。そこに関しては僕の方で調節してみるとするよ」

 こいつ、使わないという選択肢はないのかよ。と思っていると、フジはおもむろに立ち上がった。

「どこにいくんだ?」

「ちょっと用事にね」

 そういいながら、フジはドアに手をかける。

「なあ、さっきの考察どうしてなんだ?どこが間違ってた?」

 俺はもうドアを半分開けたフジに尋ねる。

「It's not time to know yet」

 そう英語で答えると手をヒラヒラとこちらに振って、部屋を出ていった。早く教えろよと思いながら宿題をしてその日は早めに床に就いた。フジはその日俺の前に姿を見せなかった。



 ――2日後

 「朝君。そろそろ学校の時間じゃないのかい?」

 うるさいなあ。まだ目覚まし時計が鳴って無いじゃないか。そう思いながら、目を開けると眼前にフジのニヤついた顔があった。

「うああ!なんでお前そんな近くにいるんだよ!」

 「いやあなんか楽しみでね」

 なにが。なんか絶対ろくな事じゃないのが分かる。

溜息をつきながら、朝の支度をする。下に行くと、母さんに「フジさんならもう行ったわよ」と言われた。Not単独行動。やめろやと思いながら朝ごはんを食べて家を出る。

「おはよう!朝くん!」

 後ろから声がする。振り返ると、同じクラスの人吉がいた。俺の昔なじみの友達だ。家が近所で小さい頃から一緒によく遊んでいた。

「おはよう、人吉」

 人の良い彼には1つ欠点がある。それは必ず1回は不良に絡まれるということだ。彼と一緒に学校に行く時は気合いを入れなければならない。と思いつつ他愛ない話をしながら歩いていると、スムーズに学校に着いた。校門付近にも不良の影はない。

「なあ人吉。今日不良に絡まれなかったな」

「三宅くんと三浦くんと三菱くんでしょ?」

「そうその三三トリオ」

「金曜にいつも通り登校中にあって、ヤ〇ルト買ってきてくれって言うから、元気が出ないのかなって思ったからヤ〇ルト1000買ってきてあげたんだけど。その時に、学校の七不思議を肝試ししに行くって言ってたなあ。」

はぁ……息を着く。コイツが言ってる買ってきて欲しいと頼まれたっていうのは絶対そう言うニュアンスじゃなくて、焼きそばパン買ってこいよォみたいなパシリのはずなのである。俺も一緒にやらされたことがあるから分かる。人吉お前病的なくらいお人好しだよ…いやでも、人吉が彼らのパシリを頼まれたと認識してるのは三三トリオにも要因がある。彼らは言われたもの買ってくると奪い取ってすっごく照れくさそうにボソッとありがとなというのだ。なんなんだあの不良。そんなんがあるからパシリという嫌々行かされるんじゃなくて、頼まれてこいつらの為に動くという人吉の行動にも何となく納得してしまうのだ。まあ、利用されてるのを気づいては欲しいが。

「学校の怪談?」

「木曜日に噂になってたじゃないか。丑三つ時に学校の階段の2階から3階の間の踊り場の鏡の前に立つと、鏡に吸い込まれるってやつ」

「確かにそんなことあったな。」

「それで、その晩それを試しに行った隣のクラスの子が行方不明になったんだ。ほら、金曜に先生が言ってたでしょ?」

うーん…確かあいつから引き継いだ記憶にそんなことがあった気がする。

「そういえばそうだったな」

「僕、なんか三宅くんと三浦くんと三菱くんがすごい心配なんだよね。ほんとに鏡に吸い込まれてたらどうしよう。」

そういうと人吉は何故かきまり悪そうに目を逸らした。こいつは、自分がとめなかったからと罪悪感でも抱いてしまってるのだろうか、それじゃいつか潰れるな。これ。そんなことを思いながら教室に入った。


クラスに入ってホームルームが始まる。担任の先生が来て、その後に何故かフジがクラスに入ってきた。

「おはようございます。本日は新しい先生を紹介するわね。今日から、このクラスの副担任になった羽鳥フジ先生です。」

「羽鳥フジです。よろしくお願いします。」

 フジはにこやかに挨拶をした。女子たちがあからさまに色めきだっている。「めっちゃイケメン」「やばい声までいいって何事?」「最高じゃん」「ミステリアスって感じがたまらん」などという声がボソボソと聞こえてくる。

「はい。皆さん静かにね。皆さんに聞いて欲しい話がもうひとつあります。」

担任の凛とした声がクラスにこだまする。いつも柔らかい先生から、どこか焦りを感じる。

「木曜日の夜にいなくなった子達がまだ見付かっていません。金曜やこの土日にも行方不明者が多発してます。危ないので絶対に皆さん夜の学校に入らないように。」

先生はその話が終わった後は普通に連絡事項を話した。

「これで朝のホームルームを終わります。」

 そう先生が言ったあと、続けて、フジが、

「昼休み手越くんは教員室に来るように」

 と言って教室を出ていった。

 その後、ガタッガタッガタッと音がしたと思ったら女子たちが俺の机を囲んでいた。

「ねえ手越くん。あの先生とどんな関係なの?」

「知り合いなの?いつ知り合ったの?」

「いや、一緒に住んでるだけだけど。」

 どういうこと?どういうこと?と延々と質問してくる女子たちに、ちょっとトイレと言いながら廊下に出る。それを見越したように人吉が廊下で待っていた。

「やっぱり僕、三宅くんと三浦くんと三菱くんが心配だから、今日の夜探しに行こうと思うんだ。ねえ、手越。一緒に行ってくれない?」

「確かに木曜に行方不明になった子達がもし、飲まず食わずでいたらそろそろ限界が来る。しかもこれ、ターゲットは生徒みたいだし。俺も気になるし。でもなぁ、、ちょっと考えてみる。放課後返事するわ。」

人吉にあやふやな返事をしたのは、何となくフジがこの後その話をしてくるような気がしたからだ。フジが関わってくるのなら、人吉と動くのは難しいんだよな。でも、こいつは一度言ったら必ずやり通すタイプだ。俺が行かなかったら一人で行くだろう。それはそれで危ない。そうしたもんかなと考えている間に午前中の授業が終わった。


「昼休みだぁ!」

「ねね!あそこでご飯食べよー」

とか軽やかな声が響く教室を後にして教員室に静かにむかう。女子たちに気づかれたらまためんどくさくなるからなぁ。どうしたもんかと思いながら、教員室の戸を叩く。

「失礼します。2年A組の手越です。フ、羽鳥先生いますか?」

危ない危ない。いつもみたいにフジと言うところだった。

教員室にはフジ以外誰もいなかった。

「あー、朝くんこっちこっち」

フジの細くて真っ白な手が奥の方でヒラヒラしているのに気づいてそこに向かう。お気軽だなこいつ。

「んで、用ってなんだ?もしかして学校の怪談の話か?」

「ご名答!今日の夜中に学校に忍び込もうと思ってる」

 あっこいつ勝手に俺の予定決めやがった。俺もそのつもりだったからいいんだが。

「クラスの友達が一緒に行かないかって誘ってきてるんだが…」

一緒にいいか?と聞く前にフジが口を開く。

「人吉くんだろ?いいとも。先生が引率と伝えておいてくれ」

「なあ、その案教員会議で通したのか?」

「いいやぜんぜん!まあ、いざとなったら僕の方で何とかするさ」

すごい不安なことを言いながらさわやかにウインクしやがったフジはつらつらと言葉を連ねる。

「いやぁ、最初は通そうと思ってたんだけどね、ほかの先生方は学校は探し尽くしたから外部犯だって意見が殆どでね。先生方で試してみてもその階段で何も起こらなかったからってさ。それでもとか言おうとしたら佐々野先生?に思いっきり睨まれちゃったんだよな…まあ、生徒たちがこの学校にいるのは僕にはわかってるから、あとどこにいるのかを探すだけなんだけどね。彼らは何らかの結界の中にいるまでは分かるけど場所か分からないんだ。僕に対して結界を貼ってるみたいだね」

 多分それ佐々木先生。人吉の入ってる化学部の顧問。ていうか、人の名前くらい把握してから学校に潜入しようよ、、呆れながらフジの話を聞く。でも佐々木先生そんな先生だったっけ?いつもニコニコしてるイメージしかないな。フジの話は段々愚痴になっていきしばらくして終わった。

話終わると、フジはやれやれという感じに肩を落として、それからこちらに向き直ってにっこりしながら言った。

「だから、行動あるのみだよ!ね!!!!」

ぎゅっと僕の方を掴んでくるのがとても痛い。

「痛い痛い!ちょフジ痛い!!わかった!行くから!!行くから!!!!」

そう言いながらフジの手を振りほどく。跡残ってそうだなと思いながら摩る。そんなに結界はられたの嫌だったのかな。

それから何も無かったかのように放課後になった。

そして、1度家に帰って休んでからフジとともに学校に向かった。

珍しく瞬間移動をしないフジと歩きながらふと訪ねる。

「なんで瞬間移動使わないんだ?」

「この辺だときっと君の友達に会うだろ?」

ほら!と言いながら振り返ると遠くに人吉の姿がみえた。

「おーい!朝くーん!!!」

大きく手を振りながらこちらに駆け寄ってくる。

 あーっやっと追い付いたぁと俺の隣で膝に手をつけながらハアハアと息を整えてから、改めて僕の方を見た人吉は吃驚していた。

「やあ!君は人吉くんだね。僕がいて驚いたかい?」

フジがにこやかに話しかけると、人吉は少し困ったように眉を八の字に曲げながら「いえ、、」とらしくない返事を返す。

「着いたね学校!」そう言いながらフジは伸びをした。どんだけこいつは気を抜いてるのか…。

学校は何も変わりがないはずなのに月明かりが見えないせいで真っ黒の闇がぽっかり口を開いているかのような不気味さがある。もしやと思ってナイフ型にしてしまってる聖剣を見ると俺の懸念に返事をするようにガタッと動いた。

「フジ、ちょっといいか?」

ん?と言いながら、フジは俺の方に体を傾ける。

「なあ、フジ。これって…」

「ああ!そういうことだね」

フジが満面の笑みで答えた。なぜここで満面の笑み?

「なんで、羽鳥先生あんなにニコニコしてるの?」

その場にそぐわない満面の笑みに人吉が困惑したように俺に聞いてきた。それ、俺も知りたい。と軽く返して学校の門に手をかける。開いてるわけないか…これどうやって入るんだ?と思ってたら、後ろからフジがにゅっと出てきた。

「どれ、僕が開けてあげよう」

 フジはそういうと、門の前に立つ。

「羽鳥先生!鍵をお持ちだったんですね!」

人吉がぱあっと顔を明るくしながら聞いた。

「いや?持ってないけど?なんで持ってると思ったの?そんなことやったら先生、職権濫用って怒られるんだけど」

急に真顔で答えるフジにビビった人吉はピャっと言って、俺の後ろに隠れた。「あの先生怖い」と言いながら俺の後ろでガタガタしてる人吉を撫でながらフジに尋ねる。

「またピッキングか?」

「だいせーかい!」フジは爽やかな顔でふりかえって来た。それで良いのか?半ば犯罪行為だぞピッキング。

――ガチャ

鍵の開いた音とともに空いたぞーという気の抜けたフジの声が聞こえた。

いつの間にか俺の後ろから出てきていた人吉と共にフジに続いて中に入る。

夜の学校は外から見てもそうだったが、やはり目の前にすると昼とは全く雰囲気が異なる。いや、異様と言うべきだろうか。何故か開いている構内に入る。


「こっちの階段だよ!」

 いつの間にか元気を取り戻した人吉に続いて歩いていく。

「恐怖は鮮度がある」そういったのは誰だったか。その言葉が頭によぎる。だんだんこの異様さに慣れてきている自分がいた。これなら何が出てきても大丈夫そうだ。

「うあああああああああああ」

「どうした!朝くん!」2人の声で我に返る。

俺ら以外の何者かの懐中電灯の灯りが突然窓に反射したのに驚いてしまった。

「安心するんだ朝くん!あれはお化けじゃないぞ!懐中電灯の灯りだ!お化けじゃないぞぅ!」

フジ……お前人の恥をほじくり返す天才か?あとそのニヤつき顔ムカつくからやめろ。

懐中電灯の主は俺の叫び声でこちらに気づいたようで、コツコツと足音がだんだん近づいてきた。突き当たりの教室から出てきたその人は、佐々木先生であった。

「声が聞こえたと思ったら、君たちでしたか」

 佐々木先生が先に話し始める。

「いやぁ、こいつらが忘れ物したからどうしても学校に戻りたいって言うもんですから……なんでも明日の宿題らしくて。」

「なるほど。でもどうやって構内に?校門は閉まっていましたよね?」

「まあ、なんかたまたま開いてたんですよね……それはそうとなんで佐々木先生はここに?宿直室では?」

「いや何となく……宿直室落ち着かなくて巡回してたとこですよ」

この2人にこにこしながら腹を探りあってる。佐々木先生意外に食えないやつなのかもしれない。

「……」気まずい間が二人の間に流れる。

「なあっフジいや羽鳥先生。早く荷物だけとって帰ろうぜ」

思わずフジに話しかける。すると、フジはこちらを向いてにっこりした。

「佐々木先生すみません。手越くんが夜の学校にビビって早く帰りたいようなので、急いで荷物を取りに行ってきますね。」

こっちは空気読んだのになぜ俺が怖がってることにされなきゃならない。思いっきりフジの足を踏みつけていると佐々木先生が口を開く。

「おふたり仲が良いのですね。早めに帰ってくださいね。おやすみなさい」

そういうと、ぐるっと後ろを向いて来た道を戻って行った。

「ふぅ」と息をついたあと、フジは「痛いじゃないか!君が怖がってるのも本当のことだろ?」と顔を覗き込みながら言ってくる。

「怖くない」真顔で答えてフジの目を見る。

 バチバチしてるように見えたのだろう。人吉がおろおろしてから、ようやっと声を出した。

「ね、ねぇ!早く行ってみない?」

 そうだな。と返して先に歩き始めた人吉について行く。


 2階と3階の間にある踊り場は尋常なく明るい月明かりに照らされて異様な空気を漂わせていた。鏡からはつんざくような死に近い匂いと大量の暗黒エネルギーが漏れ出ている。もう少し近づいて見ようとすると鏡の中からドンッドンッと叩いているのがわかった。

「これをね、押すと中に入れるんだ」

 人吉はそういうと鏡向かって右端をグイッと押した。人吉が鏡に手をつけた時にその鏡がマジックミラーであるとこがわかる。

「なんでお前知ってるんだ?」人吉に問いを投げるが返事はない。

鏡の中に入るとすぐのところに三三トリオの1人の三宅がいた。

「手越に人吉!!なんでお前らがここに!??」

「お前、鏡の中から見てたんじゃないのか?」

「ここの鏡、マジックミラーなのはいいんだが外側はっきりとは見えないんだ。そんなことより案内するぜ」

「ああ助かる」

フジは案の定結界があったようで入れていないようだった。

鏡の中は案外広くて少し行ったところに大きめの広場があった。そこだけひとつの電灯で薄暗く明るくなっており、沢山の行方不明の生徒が静かに座っている。それぞれ暗黒エネルギーを出しており、たくさん出している子はとても弱っているようであった。

「水も飯も1日1回、あの鏡の前に置かれるだけでほとんど食べられねーんだ。結構前からいるやつはもう限界だ。元気があるやつで出る方法を探してたんだがみんな諦めちまってな」

三宅がしおしおと言う。三宅からもうっすら暗黒エネルギーがではじめてるのがわかった。

「これ食べてくれ。ここの人の分はあるはずだから。」

そう言いながら、持ってきたカバンからおにぎりとお茶を取りだして渡した。

「いいのか!!」

「おにぎりは1人2個でお茶は1人1個だ」

「それじゃあ、2人分足りねーよ?ここにはお前ら含めて13人だぜ?」

「俺と人吉は大丈夫だから、みんなでたべてくれ。」

「ありがとうな!おいみんな!飯だぞ!!!並べ!」

 三宅が言うと直ぐに辛そうに横になっていた生徒たちがフラフラと並んで、おにぎりを受け取りにきた。動けなくなってる奴には届けに行き、その場の全員がおにぎりにがっつき始める。少しだけその場の暗黒エネルギーの濃度が薄くなる。

「なあ三宅。あの奥には何があるんだ?」

 先程からずっと気になっていた疑問を投げた。みんなの暗黒エネルギーが部屋の奥に向かって流れているのがずっと気になっていた。

「あの奥は開かずの間だ。ドアがあるんだが鍵がかかって開かねぇし、中から不気味に物音が聞こえんだよ」

 隣でおにぎりを貪るように食べていた三宅がふと頭を上げて答えた。


 

「なあ手越。人吉どこいった?」

 おにぎりを食べ終わって手についた米を取りながら三宅が聞いてきた。さっきまでいたはずの人吉がいつの間にか消えている。あいつどこ行った?

「三宅。お前はここで休んでてくれ。人吉探しに行ってくる。」

「わ、わかった」

 俺の勢いにたじろぎながら三宅が答えた。

 入口には行ってないだろう。直感的にそう思う。とりあえず、あの開かずの間の方に行ってみよう。そう思ってなんとなく手をポケットに入れると、かつんと何かが手に当たった。なんだこれと思いながらつまみ上げるとそれは鍵であった。

「なぜ、鍵?」

 思わずつぶやいきながら歩きを進める。

  開かずの間の扉の前に立つと、佐々木先生の声が聞こえてきた。

「あと少しで、あと少しで美幸にまた会える。ああ、人吉君。本当に感謝しているよ。もう聞こえていないと思うけどね。」

 人吉に何かあったのか!?焦って思わず音を立てそうになる。

「鍵だ。鍵を使え」

 頭の中で、いつもの声が聞こえてくる。なんだか、独りでないことに安心する自分がいる。

 言われたとおりに、開かずの間の扉に鍵を刺す。ガチャリと音がして、扉が開いた。カバンの中のナイフを袖の中に入れて中に踏み込む。

 切れかけの白熱灯が薄明るい光の中に、佐々木先生がこちらを睨みつけるように立っていた。部屋の隅に倒れている、人吉に駆け寄る。

「おい!人吉大丈夫か?」

 んんっと声を上げて人吉はうっすらと目を開けた。

「朝……君?」

 どうやら大丈夫そうだ。しばらくぼうっとしていた人吉が突然焦った声で叫んだ。

「朝君!後ろ後ろ!!!」

鈍い痛みと共に、意識が遠のいていった。


「朝君、朝君!起きて!起きて!」

 人吉の声がする。ずきずきと痛む頭をさすろうとして気が付く、手が縛られている。人吉も同じ状態のようだった。

「佐々木先生!これはどういうことなんだっ?」

 こちらを見ながらパイプ椅子に座っている佐々木先生に問う。先生の隣には、金色の甕がおいてあり、そこに部屋の外からの暗黒エネルギーが集約しているのが見える。

「君が僕の計画を邪魔しようとしてるって思ったからだよ」

「先生は何をしようとしてるんだ?」

「妹を取り戻すんだ。3日前横断歩道が青なのに食中毒で注意散漫なトラックが突っ込んできて、妹は引かれたんだ。呆然と眺めていた僕にある男が声をかけてきた。「お前の妹は死んでいない。魂は俺が預かった。返して欲しければこの本の通りにするんだな」そういうと、水晶玉を見せてきた。そこに妹が映ってたんだ!泣き崩れる妹が!だから僕はあの悪魔の言う通りにやってやる。僕の魂なんぞくれてやる!妹を取り戻すんだ」

 先生は駄々っ子のようにそう言って1度口を噤んだ。そしてまた口を開く。

「なのに、君は、君は!!僕の計画を消そうとした。悪魔は茶色の髪で青い目の男子には気をつけろといった。それは君だろう?それは。だって君は何故かここに入ってこられるんだから。なぁ、邪魔しないでくれよ。僕は妹を取り戻したいだけなんだ。あいつがいないと僕は生きていけない。」

 怒気と悲しみを帯びた声が耳をつく。

「先生」

 口を開いたのは人吉だった。

「先生。僕はあの日あの事故を横断歩道の対岸で見ていました。何回も言っていますが妹さんは即死なんです。亡くなっているんです。忘れないでください。」

 人吉ははっきりと言い放った。

「妹は死んでなんかいない!君はまた殴られたいのかい?」

 先生はこちらをギロりと睨んだ。いつもの温和な先生とは思えない、凶器のような視線だった。

「妹は死んでいない。あの日僕は見たんだ。水晶に閉じ込められて泣いている美幸を!」

恍惚とした表情で語る先生は狂気じみていていた。

「人間はただのエネルギーの塊だ。全ての元を辿ればエネルギーに行き着く。だから、肉体が壊れたのなら作り直せばいい!」

 そう言いながら先生は甕を指さす。

「このエネルギーが溜まったら、妹の肉体を作ればいいんだ。この本にはその方法さえも書いてある。ああ、嗚呼!これは救いの本だ!蜘蛛の糸だ!」

「なあ先生。それは本当に先生の妹なのか?」

 俺は思わず聞いてしまった。

「何を言っているんだ?魂が妹であるのならそれは僕の妹だ。」

「そんなおぞましいものでできたものがお前の妹なのか?妹はそれを望んでいるのか?」

「ああ。そうだとも。どんなものでできていようが、臓物があって血が通っているのなら人間だ。妹だってもっと生きたかったはずなんだ」

「先生は妹の物語を否定するんだな」

 思わずそんな言葉が口についで出る。

「先生の妹さんは生きてそして亡くなった。人生は物語みたいなものだ。始まりがあって終わりがある。それは変えられない運命だ。それなのに貴方は今、勝手にその終わりに文句を言って、その物語を汚そうとしているんだ。」

 言葉を必死に紡ぎながら気づく。俺と先生は少し似ているのかもしれない。俺も、味噌の時の「暗黒エネルギーに汚染された世界線」のおじさんの死を受け入れられなかった。たとえ、因果のゆがみで生じた人であっても命を感じた。生を奪ったのは俺だ。その俺がそれを認めないでどうする。受け入れなければならないんだ。そう自戒して言葉を続ける。

「連綿のような人生は一度途切れたらもうそこで終わりだ。無理やり続けてももうそれは連綿の布ではなく違うものになってしまう。そして、それは貴方のエゴでしかない。その死を受け入れるしか俺らにはないんだ」

 「聞きたくない。聞きたくない!僕は妹を取り戻すんだ」

 先生はわめいている。

 畳みかけるように、俺は1つの疑問を先生に投げた。

「先生。その水晶玉に本当に妹さんはいるんでしょうか。真偽とか確かめたんですか?それって騙されてるんじゃ」

 口をつぐんだ。暗闇の中から足音が聞こえたからである。コツコツとこちらに近づいてきている。

「なかなか鋭いことを言ってるなあって来てみたら、君だったのかぁ。どうもこんばんは。手越朝君?」

 フジに少し似ている黒い長い髪を後ろに束ねている男は、金色の目でこちらを見据えていた。何故俺の名前を知っているんだ。

「ふふっ。何で名前を知ってるのかって疑ってるんだね。まだそれは君が知らなくていい話さ。僕の事は謎のイケメンとでも覚えておいてくれ。」

 そこまで言ってその謎のイケ……謎の男は先生の方に向いた。

「やあ!久しぶりだねぇ。暗黒エネルギーもたくさんたまってきてるみたいだ。早く妹に会いたいよねぇ?」

 そういいながら水晶玉をこちらに見せてくる。水晶玉の中で女の子が泣いていた。

「あっあれ先生の妹さんだよ」

 いつの間にか俺の足元に隠れていた人吉が小声で教えてくれた。

「妹を妹を返せえええええええええ!」

 そう叫びながら先生は謎の男に飛びつく。男はそれをひらりとかわし、わざと水晶玉を床に落とした。

 パリンという音を立てて、玉が割れる。それは水晶ではなく唯のガラス玉だった。

「妹は……どう…なったんだ?」

 割れたガラス玉を茫然と見ながら先生はそう呻いた。

 「君の妹は最初からこのガラス玉の中にはいないよ。生き返すことももともと不可能だったのさ。君の妹は死んだからね。」

 先生は膝からがくんと崩れ落ちた。

 謎の男はこちらをくるりと向いてにっこり笑いながら言い放った。

 「さあ!お手並み拝見と行こうか!」

 そしてまた闇に消えていった。


 男が行った後すぐに先生がふらりと立ち上がった。そして、ふらふらとした足取りで暗黒エネルギーがたっぷりたまった甕を持ち上げた。

「何をする気だ!やめろ!」

 という俺の声もむなしく、先生はその甕の中身をすべて飲み干した。

 やばい。そう強く思ったその時、聞きなれた声が入口の方から聞こえた。

「朝君!!」

 フジだ!フジが扉の前に立っていた。

 「フジ!」「羽鳥先生!」

 人吉と二人でフジに駆け寄る。

「今どういう状況かい?」

 フジが尋ねる。

「先生が甕いっぱいの暗黒エネルギーを全部飲んだんだ。」

 俺が答える。

「あーうん。それはちょっとやばいかなあ。朝君。剣を出すんだ。剣の彼と協力しないとあいつには勝てない。今までは剣の力で何とかなっていたけど、今回は君の力が必要さ。あいつは今もこの鏡の裏の子供たちの暗黒エネルギーを吸い続けてる。早く倒さないと全員死ぬことになる。やってくれるかい?」

 そう言い終わると、フジは人吉の方に向かって行った。おでこに手を当てて、「君は少し寝ていてね」というと人吉はふらりとしてそのまま座った。寝たみたいだ。

 俺は、ナイフを鞘から取り出して、構える。ナイフが強い光と共に剣に変わった。

 「お前、覚悟はあるのか?」

 脳内でいつもの声が聞こえて答える。

「受け入れなきゃならないって気づいたから。」

 脳内の声は思いっきりため息をついて言った。

「お前もその結論を出したんだな」

「じゃあ行くぞ!」

 脳内の声がそう言うと体がすっと軽くなった。

「次、右!次は左!走って回り込め!」

 脳内の声に合わせて打ち込んでいく。

 相手の斜め前に入った時脳内の声が「いまだ!」と叫んだ。

 剣をぎゅっと強く握って力を籠める。剣をまとっていた光がぱあっと強くなる。

 相手の首を狙って振りかぶりながら、脳内の声と声を合わせて叫ぶ。

 「unchanging story!《不変の物語》」

 剣の光が一段と強くなり、そして相手の首を撥ねた。剣の光はさらに強くなって、暗黒エネルギーを浄化していく。そして、目の前には先生の首と体が落ちていた。

 フジがすぐ呪文を唱えようとしているのを見て、待ってと静止する。

 フジは首をかしげてこちらを向いた。

「少し人吉と話がしたい。」

 フジはにっこりしていった。

「すぐ戻るんだぞう!」


 人吉を先生を見せないように壁側に動かして揺り起こす。すると人吉はすぐに眠そうな目を開けた。

「あっさ君!髪どうしたの?」

 なんだか寝ぼけているような人吉にまじめな顔で尋ねる。

「何で先生を手伝ったんだ?大勢をこんな危険な目にあわすのに」

「先生が困ってたからだよ」

 人吉はきっぱりと答えた。

「お前は一般的に悪と呼ばれる人でも助けるのか?自分も悪人になるし、沢山迷惑かけるのに?」

「僕だって絶対悪には手を貸さない。でも先生のは違う。先生なりの正義があった。僕は僕に助けを求める人全員を区別なく助けたい。それだけだよ」

 人吉は俺の目をまっすぐに見て語った。

「教えてくれてありがとう」

 フジに目配せすると、フジは指を鳴らして人吉を眠らせた。俺は倒れてきた人吉を抱きとめて足元に寝かせる。

「Causa et effectus. figura ad rectam」

 フジの声が響く。部屋全体、そして鏡の裏のほうまで強い光に包まれて、俺は意識を失った。

「おーい朝君終わったぞー。」

 フジの声で目を開ける。先生はパイプ椅子で丸まるように悲しそうな顔で寝ていた。

「帰ろうか」

 そう言うフジに首肯して人吉を抱えて部屋を出る。鏡の裏にいる生徒たちもみんな眠っているようだった。


 人吉を家に届けて、フジと二人で帰路につく。

 「あの味噌の事件はなかったことにはならないんだな」

 俺はぼそりと呟く。

「ああ、あの事件は製造の過程で使った野菜と水が原因の食中毒事件になったはずだよ。味噌が強くて食中毒の原因にはならなかったみたいだね。多分この事件も心神喪失の先生による生徒監禁事件になるんだろうねえ。精神鑑定で罪は軽くなると思うけど。」

「そっか」

「今日は口数が少ないな、朝君」

 フジが俺の脇腹をつつきまくる。

「ちょっやめろって!いや……受け入れんのはやっぱり大変だけどやらなくちゃいけないんだなって思ってな」

 フジにはまだ謎の男の事は黙っておこうと思った。

 フジは少し考えてから口を開いた。

「受け入れられない運命はいつか出会うよ」

 そう言って白み始めた空を見上げた。

 家についてシャワーを浴びに行く。鏡に映った自分に悲鳴を上げた。

「なんだこれぇ!」

 髪の毛が!髪の4分の1が!白く変色していたのだ。

「力を使ったからねぇ」

 いつの間にか来ていたフジが笑いながら答えた。

「そういうの先に言えよ」

「いやあ聞かなかったからねえ」

 フジと一戦交えたのち、急いでシャワーを浴びてすぐに寝落ちてしまった。

                      

                      3.学校階段怪談話≪完≫

 

 

 

 

 

 

 

 


 

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