第3話「協力」
「なんかよくわからないけどありがとうございます。警察呼ぶって言われて。あの……」
廊下を歩きながら、エイトが先行する女性に言った。
「アーバックス・レイラ。レイラで大丈夫よ」
「アーバックス……」
「ねえ」
レイラは立ち止まって、エイトを振り返った。
「……はい」
「あなた、俳優なの?」
「まあ、一応……」
ここまで自分が認知されていないことに、エイトは内心ショックを受けた。
「あの……」
突然、レイラはその場に膝をついた。
「私たちの劇団に、力を貸してくれませんか」
「え……」
「人間役を務めていた男性が辞めてしまって、どうしても一週間後の公演までに人手が必要なんです」
「人間……役?」
レイラは顔をあげて、真剣な眼差しで答える。
「はい。うちの劇団はほとんどが獣人たちで構成されていて、人間役が足りないんです」
「獣人?」
エイトはレイラが言ってる意味がわからなかった。しかしその表情の真剣さから、ふざけているようにも思えなかった。
「わ……わかりました」
エイトは混乱する頭を整理しながらこたえる。
「とりあえず、東京の事務所に問い合わせてください。お仕事はそこから受けます」
「……トウキョウ?」
レイラは首を傾げた。エイトは構わず言葉を継ぐ。
「じゃあ僕からもお願いが。あの、ここは何県ですか? できれば東京まで送ってもらいたいんですけど……」
エイトは言いながら、すぐ隣にあった窓の外に視線を投げた。そして言葉を失った。
窓の外には、西洋風の町があったのだ。そして人間と、明らかに人間ではない生物が道を行き来していく光景がそこにはあった。
「その『県』っていうのがよくわからないけど……」
レイラは静止するエイトの隣に並んだ。
「ここはトニーシティ。ネアン帝国の中心都市よ」
☆
目を開けると、板張りの天井が目の前にあった。
夢だったのか……?
エイトは僅かな期待を胸に、上体を持ち上げてあたり見回した。するとその期待は見事に砕かれた。
「あ、目覚めましたか?」
エイトの看護をしていたのは、サイを擬人化したような生物だったのだ。全身灰色の肌をしていて、鼻からは一本の太い角が伸びていた。
「いま、レイラさん呼びますね」
サイはそそくさと部屋を出て行った。
しばらくして、レイラが部屋に入ってきた。
「急に気絶してびっくりした。大丈夫?」
レイラはベッドの隣の椅子に腰を下ろす。「なにをそんなに驚いたの」
エイトはなんと答えていいかわからなかった。違う世界から迷い込んでしまった、と説明しても信じてもらえる気がしなかったのだ。ともすれば、頭がおかしいと思われてさらに厄介なことにもなりかねない。
「あの、確認なんですけど」
エイトは慎重に言葉を選びながら口を開く。
「今日の日付と、ここはどこか教えてくれますか」
レイラは少し不思議そうな顔でエイトを見た。
「今日はネアン56年の6月5日で、ここはトニー・リムシティ。さっきいたトニーシティのはずれ。あとここは劇団会場で、同時に私たちのお家」
ネアン、トニー、リム。やはりどれも聞き馴染みのない単語だ。
「トウキョウっていうのは故郷の名前?」
レイラはエイトの言葉をしっかり記憶していた。エイトはため息をついて口を開く。
「……はい。でもそんな地名、知らないですよね」
「ごめんなさい。でもそれ探すの、協力する」
レイラの語気が強まった。エイトは顔をあげる。
「その見返りに、私たちの劇団に協力してくれませんか」
レイラは深く頭を下げた。そういえば気絶する直前、そんな話を振られた記憶があった。
「……」
エイトはレイラを見つめた。何か悪意を感じることはないし、その様子からかなり深刻な事態なのだろうということは見てとれた。
「……わかりました。協力します。それで、何をすれば?」
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