第2話「出会い」

「やめようと思う理由をおしえて」


 板張りの小さな部屋。人間の女性が両肘を机に付き、厳しい目つきで目の前に立つ人間の男性を見据えていた。


「この前、同期と会いました。同じ大学の人たちです。それで……」


 男性が言い淀んだ。女性は「はあ」とため息をつき、ゆっくりと立ち上がる。


「わかったわ」


 女性は男性の後ろに回り、扉を開けた。男性は驚いた目で女性を見る。


「あなたの人生よ、わがままに欲張りなさい」


 女性が言うと、男性の目からは涙が流れ出した。


「申し訳ありません」


「大丈夫。私はあなたも含めて、幸せになってほしい」


「ありがとう……ございます」


 男性は頭を上げると、鼻を啜りながら部屋を出て行った。女性は扉を閉めて、さっきよりも大きいため息をつく。


「今月で6人か……」


 女性の口をついて出た言葉が、誰もいなくなった部屋にただよった。

 女性が呆然と緑を眺めていると、ドタドタドタという足音が近づいてきた。すぐにバタン! と扉が開いて、背の低い緑色の生物が部屋に飛び込んできた。ゴブリンのアークだ。


「もしかしていまのって……」


 アークが発したしわがれ声に、女性はゆっくりと振り返る。


「うん。やめられちゃった」


「そ、そんな……」


 アークは肩を落として、膝から崩れ落ちた。


「公演は一週間後ですよ。特に人間役は貴重なのに……」


「大丈夫大丈夫。ここはトニーシティのど真ん中よ。協力してくれる人だって1人くらい……」


「そうですかね……」


「あとは社長に延期を申し出てみるわ」


「……お願いしますよ」


「任せて任せて」


 女性は言うと、逃げるように部屋を出て行った。



 厳かな両開き扉の前に、女性は立った。トニーシティでもトップクラスの規模を誇る会社の社長が、この扉の向こうにいる。

 トントントン、女性は扉を三回ノックした。


 ……。


 返事はない。女性は表情を曇らせた。さっき受付で社長がいることは確認済だ。


「変ね……」


 女性は左右に誰もいないことを確認して、そっと扉に耳をあてた。すると扉の向こうから、何やら言い争っている声が聞こえてきた。


「てめえ……だろ!」


「だから……って!」


 扉が厚くてはっきりとは聞き取れないが、社長の声と男性の声が言い争っている。


「もう……な!」


「や……」


 ガシャン!

 すごい音がして、女性は思わず扉から耳を離した。ただ事ではない。そう思った女性はためらいなく扉を開けた。


「大丈夫ですか!」


 扉を開けると、知らない男と社長が床で取っ組みあっていた。男が社長にしがみつき、社長が伸ばす手の先には電話が落ちている。おそらくさっきの音は、この電話が机の上から落ちた音だろうと推察できた。


「助けてくれ! 強盗だ!」


「ご、強盗!?」


 女性は悲鳴に近い声をあげ、後ずさった。


「だから強盗じゃないですって!」


 男は必死に訴える。男は女性の方に顔を向けると、自分の顔を指さした。


「知ってますよね。中学生俳優のエイトですよ! テレビで見たことあるでしょ!」


「はいゆう……」


「そうそう! 知ってるでしょ!」


 女性はしばらくぽかんとした表情を見せた。それから思い出したように口を開く。


「あ、この人うちの新人なんです!」


「新人……?」


 社長は取っ組み合う手を止めて、女性とエイトの顔を交互に見た。それから眉を顰めて、エイトに問う。


「本当か?」


 エイトは途端に居住まいを正し、高速でうなずいた。


「ごめんなさい、迷っちゃったみたいで」

 女性はエイトの腕を掴むと、笑みを浮かべながらエイトを連れて部屋を出て行った。バタン! と閉められた扉を、社長はじっと見つめる。


「……新人ね……」

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