第2話「出会い」
「やめようと思う理由をおしえて」
板張りの小さな部屋。人間の女性が両肘を机に付き、厳しい目つきで目の前に立つ人間の男性を見据えていた。
「この前、同期と会いました。同じ大学の人たちです。それで……」
男性が言い淀んだ。女性は「はあ」とため息をつき、ゆっくりと立ち上がる。
「わかったわ」
女性は男性の後ろに回り、扉を開けた。男性は驚いた目で女性を見る。
「あなたの人生よ、わがままに欲張りなさい」
女性が言うと、男性の目からは涙が流れ出した。
「申し訳ありません」
「大丈夫。私はあなたも含めて、幸せになってほしい」
「ありがとう……ございます」
男性は頭を上げると、鼻を啜りながら部屋を出て行った。女性は扉を閉めて、さっきよりも大きいため息をつく。
「今月で6人か……」
女性の口をついて出た言葉が、誰もいなくなった部屋にただよった。
女性が呆然と緑を眺めていると、ドタドタドタという足音が近づいてきた。すぐにバタン! と扉が開いて、背の低い緑色の生物が部屋に飛び込んできた。ゴブリンのアークだ。
「もしかしていまのって……」
アークが発したしわがれ声に、女性はゆっくりと振り返る。
「うん。やめられちゃった」
「そ、そんな……」
アークは肩を落として、膝から崩れ落ちた。
「公演は一週間後ですよ。特に人間役は貴重なのに……」
「大丈夫大丈夫。ここはトニーシティのど真ん中よ。協力してくれる人だって1人くらい……」
「そうですかね……」
「あとは社長に延期を申し出てみるわ」
「……お願いしますよ」
「任せて任せて」
女性は言うと、逃げるように部屋を出て行った。
☆
厳かな両開き扉の前に、女性は立った。トニーシティでもトップクラスの規模を誇る会社の社長が、この扉の向こうにいる。
トントントン、女性は扉を三回ノックした。
……。
返事はない。女性は表情を曇らせた。さっき受付で社長がいることは確認済だ。
「変ね……」
女性は左右に誰もいないことを確認して、そっと扉に耳をあてた。すると扉の向こうから、何やら言い争っている声が聞こえてきた。
「てめえ……だろ!」
「だから……って!」
扉が厚くてはっきりとは聞き取れないが、社長の声と男性の声が言い争っている。
「もう……な!」
「や……」
ガシャン!
すごい音がして、女性は思わず扉から耳を離した。ただ事ではない。そう思った女性はためらいなく扉を開けた。
「大丈夫ですか!」
扉を開けると、知らない男と社長が床で取っ組みあっていた。男が社長にしがみつき、社長が伸ばす手の先には電話が落ちている。おそらくさっきの音は、この電話が机の上から落ちた音だろうと推察できた。
「助けてくれ! 強盗だ!」
「ご、強盗!?」
女性は悲鳴に近い声をあげ、後ずさった。
「だから強盗じゃないですって!」
男は必死に訴える。男は女性の方に顔を向けると、自分の顔を指さした。
「知ってますよね。中学生俳優のエイトですよ! テレビで見たことあるでしょ!」
「はいゆう……」
「そうそう! 知ってるでしょ!」
女性はしばらくぽかんとした表情を見せた。それから思い出したように口を開く。
「あ、この人うちの新人なんです!」
「新人……?」
社長は取っ組み合う手を止めて、女性とエイトの顔を交互に見た。それから眉を顰めて、エイトに問う。
「本当か?」
エイトは途端に居住まいを正し、高速でうなずいた。
「ごめんなさい、迷っちゃったみたいで」
女性はエイトの腕を掴むと、笑みを浮かべながらエイトを連れて部屋を出て行った。バタン! と閉められた扉を、社長はじっと見つめる。
「……新人ね……」
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