異世界アクター!
空木 種
第1話「異世界へ」
眩しいライトで照らされた舞台の上。2人の男が睨み合っていた。片方は年配で、もう片方は少年だ。
「おい、ガキ」
男は言うと、腰に携えていた刀をすっと抜いた。
「母ちゃんだけどな、もういねえよ。俺がやっちまった」
「……」
少年は何も言わずに、男を睨みつける。深い紺色の和服に身を包んだ少年は、まさに「若き侍」の出で立ちである。
年配の男はすっと刀を上げて、刃先を少年に向けた。
「すぐ母ちゃんに会わせてやるよ!」
男はそう言うと、少年めがけて駆け出した。
「……もう一つ」
少年が小さく口を開く。
「ああ!?」
「もう一つ、ある」
男が刀を振り上げて、少年に斬りかかる。
「しねぇぇぇ!」
ガキン!
金属と金属がぶつかる音が鳴り響いた。少年が刀を引き、男の一太刀を受けたのだ。
「……やるじゃねえか」
男が苦笑いを浮かべる。
「……もう一つ、ある」
少年は淡々と言葉を継いだ。
「なんだよ、もう一つって」
「……お前が、死ぬ」
カキン!
途端、少年は刀を振り抜いた。男の刀は鋭い金属音とともに宙に舞い上がる。
「これで」
少年は男の首に刀をあてた。
「終わりだ」
少年の声が響いた。
☆
「三日間の連続講演、お疲れ様でしたー!」
舞台裏。監督が拍手とともに声をあげた。それにつられるように、他の人たちも手を叩く。
「特に今回の主役は史上最年少、エイトくん。お疲れ様! よかったよ!」
監督が言うと、人々の視線と拍手がエイトに集まった。
「ありがとうございます」
舞台衣装の和服姿のまま、エイトは照れくさそうに頭を下げた。
「よかったぞ。本当に殺されるかと思ったよ」
そう言ってエイトの背中を叩くのは、さっき舞台の上でエイトと対峙していた男性だ。
「そんな、まだまだですよ」
「はっはー! 中学生は素直にありがとうございますでいいんだよ!」
男はもう一度エイトの背中を強く叩いた。エイトは十五歳で、世間では「天才少年」としてもてはやされている。
「それじゃあ、おじさん・おばさんたちは打ち上げかな」
どこかから、そんな声があがった。
「賛成ー!」
男は子供のように右手を高く上げる。
「それじゃあ、お子ちゃまは家でゆっくり休みな。お疲れさん!」
「はい、お疲れ様です」
エイトは溌剌とした笑みでこたえた。
☆
裏で盛り上がる大人たちのもとをはなれ、エイトは衣装のまま舞台の上に戻っていた。誰もいなくなった広い客席がエイトの前に広がっている。ともすれば呑み込まれてしまいそうな奥行きと圧迫感に、エイトは対峙していた。
俳優だった父が事故で死んでから7年。ついにここまで来たかという想いがエイトの胸を満たしていた。
――演技は自分を何者にでも変えてくれる。そのお礼として、お客さんの人生と世界を変えるのが僕の使命だと思うんです。
これは父が生前、雑誌記事のインタビューで語っていたことだ。エイトはその記事をページが破れるほど何度も読み返した。そして父の死に顔を見たとき、エイトは誓ったのだった。
父の使命を、果たさなければ。
エイトは腰に下げた刀を抜き、観客席の奥めがけて突き上げた。
そのときだった。掲げた刀のちょうど延長線上にある奥の扉が、ゆっくりと開きだしたのだ。
……?
エイトは目を凝らした。誰か入ってきたのかと思ったが、人の気配はない。その代わり、開こうとする扉からは強い光が漏れ出していた。
なんだ……?
エイトは刀を下ろし、ますます目を凝らす。途端、扉の向こうの光が強まって、エイトを照らした。
「うっ……」
あまりの眩しさに、エイトは腕で目を覆い隠した。
「誰か! 照明で遊んでるんですか!」
大声で問いかけてみるが、返事はない。光はますます強くなり、エイトは光に包まれていった。
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