異世界アクター!

空木 種

第1話「異世界へ」

 眩しいライトで照らされた舞台の上。2人の男が睨み合っていた。片方は年配で、もう片方は少年だ。


「おい、ガキ」


 男は言うと、腰に携えていた刀をすっと抜いた。


「母ちゃんだけどな、もういねえよ。俺がやっちまった」


「……」


 少年は何も言わずに、男を睨みつける。深い紺色の和服に身を包んだ少年は、まさに「若き侍」の出で立ちである。

 年配の男はすっと刀を上げて、刃先を少年に向けた。


「すぐ母ちゃんに会わせてやるよ!」


 男はそう言うと、少年めがけて駆け出した。


「……もう一つ」


 少年が小さく口を開く。


「ああ!?」


「もう一つ、ある」


 男が刀を振り上げて、少年に斬りかかる。


「しねぇぇぇ!」


 ガキン!

 金属と金属がぶつかる音が鳴り響いた。少年が刀を引き、男の一太刀を受けたのだ。


「……やるじゃねえか」


 男が苦笑いを浮かべる。


「……もう一つ、ある」


 少年は淡々と言葉を継いだ。


「なんだよ、もう一つって」


「……お前が、死ぬ」


 カキン!

 途端、少年は刀を振り抜いた。男の刀は鋭い金属音とともに宙に舞い上がる。


「これで」


 少年は男の首に刀をあてた。


「終わりだ」


 少年の声が響いた。



「三日間の連続講演、お疲れ様でしたー!」


 舞台裏。監督が拍手とともに声をあげた。それにつられるように、他の人たちも手を叩く。


「特に今回の主役は史上最年少、エイトくん。お疲れ様! よかったよ!」


 監督が言うと、人々の視線と拍手がエイトに集まった。


「ありがとうございます」


 舞台衣装の和服姿のまま、エイトは照れくさそうに頭を下げた。


「よかったぞ。本当に殺されるかと思ったよ」


 そう言ってエイトの背中を叩くのは、さっき舞台の上でエイトと対峙していた男性だ。


「そんな、まだまだですよ」


「はっはー! 中学生は素直にありがとうございますでいいんだよ!」


 男はもう一度エイトの背中を強く叩いた。エイトは十五歳で、世間では「天才少年」としてもてはやされている。


「それじゃあ、おじさん・おばさんたちは打ち上げかな」


 どこかから、そんな声があがった。


「賛成ー!」

 男は子供のように右手を高く上げる。


「それじゃあ、お子ちゃまは家でゆっくり休みな。お疲れさん!」


「はい、お疲れ様です」


 エイトは溌剌とした笑みでこたえた。



 裏で盛り上がる大人たちのもとをはなれ、エイトは衣装のまま舞台の上に戻っていた。誰もいなくなった広い客席がエイトの前に広がっている。ともすれば呑み込まれてしまいそうな奥行きと圧迫感に、エイトは対峙していた。

 俳優だった父が事故で死んでから7年。ついにここまで来たかという想いがエイトの胸を満たしていた。


――演技は自分を何者にでも変えてくれる。そのお礼として、お客さんの人生と世界を変えるのが僕の使命だと思うんです。


 これは父が生前、雑誌記事のインタビューで語っていたことだ。エイトはその記事をページが破れるほど何度も読み返した。そして父の死に顔を見たとき、エイトは誓ったのだった。

 父の使命を、果たさなければ。

 エイトは腰に下げた刀を抜き、観客席の奥めがけて突き上げた。

 そのときだった。掲げた刀のちょうど延長線上にある奥の扉が、ゆっくりと開きだしたのだ。


 ……?


 エイトは目を凝らした。誰か入ってきたのかと思ったが、人の気配はない。その代わり、開こうとする扉からは強い光が漏れ出していた。


 なんだ……?


 エイトは刀を下ろし、ますます目を凝らす。途端、扉の向こうの光が強まって、エイトを照らした。


「うっ……」


 あまりの眩しさに、エイトは腕で目を覆い隠した。


「誰か! 照明で遊んでるんですか!」


 大声で問いかけてみるが、返事はない。光はますます強くなり、エイトは光に包まれていった。

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