第2話 VR身体

「久志、今日も学校行かないの?」

「……ごめん」

「謝ることなんてないわ。悪いのは久志をダンジョンに無理やり連れて行った相手と、守ってあげなかった学校、それに……自分のことばっかりでいじめに気付いてあげられなかった私なんだから」

「……ごめん、母さん」

「だからっ! ……ううん。お母さんもう仕事に行くから。何かあったらすぐに連絡しなさいね」

「うん。ありがとう」


 母さんはそう言うと急ぐ足音を立てて部屋の前から去って行った。


 あんな目に合ってからもう1週間。


 最悪な事件だったけどこうしてまた母さんと話せるようになったのは不幸中の幸い、かな。


 若いうちに離婚した母さんは1人で俺を育て、俺が高校に入学するその年に再婚。


 それ以来俺と話す機会は減って、再婚相手とその娘に愛想を振り撒くことで必死になっていた。

 そんな、高校生の息子がいるにしてはまだ若い母さんの必死な姿を見て邪魔はしたくない、そう思っていたのに……。


 最悪だよ。俺。


「……。ごはん、か」


 部屋の扉を開けて料理の乗ったトレイを部屋に運ぶ。


 豚の生姜焼き。小学生の頃俺が好きって言ったからか、早起きして弁当に毎回入れてくれるようになった生姜焼き。


「……。やっぱり、美味い。美味いなあ……」


 ここ数年は忙しい母さんに変わって早めに家に帰ってくる義父さんが料理をしてくれていた。

だから俺がこれを好きなことなんてすっかり忘れてたと思った、けど……。


「ずっと、俺のこと考えて、頑張って、それなのに……。それなのに俺足引っ張てばっかりで……」


 自己嫌悪に陥りながらも生姜焼きを1口また1口と運んでいく。

 その度涙が溢れ、鼻は詰まって……それでも生姜焼きは美味しかった。


「……。ごちそうさまでした。なんか、泣いたらすっきりしたな。学校へ、はまだ行くの怖いけど……久しぶりにパソコン開くか」


 もう1週間。

 事前予告もせずに配信を止めていたからきっといつもの人たちは心配してくれてる、と思う。


Vtuber配信。

 溜めたお年玉でアバターを作ってもらって、バイトで比較的スペックの高いパソコンを買って……配信を始められるようになってからは毎日欠かさなかった俺唯一の趣味で癒しの場。


 チャンネル登録者はたった20人だけど、生配信には欠かさず見に来てくれる人がいて、俺からしたらこっちが現実で学校が非現実……は言い過ぎか。


「……ちょっと緊張するな」


 生配信用の枠を立てると待機が1人、2人、3人……。


 いつもの人たち、こんな時間だっていうのに見に来てくれるとか友達より友達じゃん。


「アバター用意して、音量もマイクもこれでよし、じゃあ配信始め――」


『スキル【VR身体】の発動条件が整いました。強制的に初回確認発動。ダンジョン1階層に透明ドローンを2台展開。さらにモニタードローン1台を展開。VR身体に既存のアバター情報を伝達。ハイスペックハイクオリティ版に改造。アバター視点、本体視点、の切り替え可能。チャンネルとの連結完了。コメント読み込み、正常。パソコン内部カメラにて本体の情報をモニター画面内に展開。アバター生成完了まで残り6秒。初期視点の変更なし。アバター視点で確定。残り3、2、1……。本体から意識をコピーしました。切り替え速度コンマ1秒継続中。……。……。……。切り替わります』



 ――ヴン。



 機械音が流れると、目の前がちかっと煌めいた。


 一瞬。そう、それは一瞬でしかなかったのに……。


「ここ……ダンジョン?」


 俺は間違いなくダンジョンの中にいた。

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