第23話 5月27日(土)の日中(part2)~テストランクアップバトル~【※この話、若干長めです。】
ヤマモトくんプレゼンツ『罰ゲーム付き・
まずは、指定されてしまったタナカくん。
タナカくんはトップバッターなんてやりたくありませんでした。だって、あとは待つだけになってしまうからです。それはじわりじわりと真綿で首を絞められるような、そんな立場に追いやられる気がしてならなかったのです。この勝負において一番手を務めることはなんの得もない、そのようにタナカくんには感じられました。
「……っ、……っ!」
「言わないなら不戦敗だ。一位、二位、三位の命令を聞いてもらうぞ?」
口が重く、言葉を紡げないでいたタナカくんに、サトウくんが脅しをかけてきます。嫌な雰囲気が漂っていましたが、言わないわけにはいきませんでした。
「い、言う……っ! ……ま、前は28で、今回は29、だった……っ」
「「「「「は? ……はぁああああ!?」」」」」
タナカくんが順位を明かすと、スズキくん、タカハシくん、イトウくん、ワタナベくん、ヤマモトくんの声が、その数値にたまげてシンクロします。
「た、タナカさん、そ、そんなに頭良かったの……!?」
「う、うわぁ……。なんでそれで渋ってたの――って、ああ、順位落としてるからか……」
「す、すごいねぇ、タナカくん……(ぽとっと菓子パンを落とす)」
「ま、まあ、いくら順位が良くても、これは『どれだけ成績が良くなったか』の勝負だからな!」
彼らはタナカくんの頭の良さを知りませんでした。昇降口付近に張り出された順位表を見ればわかるものなのですが、はっきり言って彼らは頭がよくありません。ですから、自分たちとは縁遠い順位表なんてものに興味は示せなかったのです。よって、彼らにはそれを見に行く習慣がありませんでした。
「お、おい! 鯖読んでるんじゃねぇだろうな!? 自分を良く見せようとかなんとか、って……!」
タカハシくんに至っては虚偽を疑う始末です。嘘だったら承知しない、といった鬼の形相でタナカくんに詰め寄ってきました。けれど、それを証明するのに何も難しいことはありません。タナカくんにはちゃんとした証拠があるわけですから。
「……嘘、ついてない。……なんなら――」
タナカくんがタカハシくんに「昇降口に行けばわかる」と伝えようとしたところ、思わぬところから援護射撃が飛んできました。
「おい、タカハシ。知らないのか? この学校はテストの成績が良かった上位三十人の名前が昇降口辺りに張り出されるのだぞ? そして、その紙は来週いっぱいまでそこに貼られている。それなのに、今、ここで、順位表に載る三十位以内にランクインしたと嘘をつくか? 今からでも確認しに行けるというのに」
サトウくんです。今日はこれまで陥れようとする風潮があったサトウくんが、突然タナカくんを庇うような真似をしてきたのです。タナカくんは呆然としました。何か釈然としません。
「……けどよ! それを見越して嘘をついてる可能性もあるんじゃねぇのか!?」
タカハシくんがまだ納得がいっていなくて食い下がります。それをサトウくんは論破しました。
「いざとなれば個表もあるが……。
――だが、タナカの順位は自分が保証してやろう」
そう言って、サトウくんはスマホを取り出して操作し、画面を全員に見せつけました。そこに映し出されていたのは、順位表を撮った写真でした。
「今、写っているのが今回の中間テストのものだ。29位のところにちゃんとタナカの名前があるだろう? ……そして、これが前回の学年末テストのもの。ここにも28位のところにタナカの名前がある」
全員に確認させたあと、サトウくんは一旦画面を自分の方に戻してスワイプし、操作したあとの映されている写真をまた見せてきました。画像はサトウくんの言う通りに表示されています。
「……ちっ、本当、みてぇだな……」
サトウくんが提示した物証によってタカハシくんが「タナカくんのが言っていたことが真実である」と認めて下がりました。タナカくんは、サトウくんがこんなことをしてくれる意味がますます分からなくなります。敵に塩を送るような行為なのですから。ですが、その意味はすぐに判明しました。
「ああ、この通りだ。
――タナカの順位は1下落している」
「――っ!」
サトウくんの狙い、それは、
――タナカくんの順位が下がっていることを明確にすること――だったのです。
サトウくんは本気です。本気で、タナカくんに命令を聞かせようとしているのです。そうすることで魔法陣の謎を解明できる、と考えて。
タナカくんは総毛立ちました。寒さを覚えます。両方の二の腕を抱えるようにして擦りました。
「では、次は自分の番としよう」
そして、サトウくんは自分の順位を発表するようにもっていきました。
「前回の学年末では69位だった。それが今回は45位だ。上昇値は24で現時点でのトップになるな。疑うなら個表も提示しよう。自分は全ての個表を手帳に挟んでいるからな」
そう言って、左手に持った生徒手帳から二枚の細長い紙を取り出し、それを右手に持ってひらひらさせるサトウくん。タナカくんの身体は重くなりました。何かに
(このままじゃ、サトウの思惑通りになる……っ!)
なんとかしたかったタナカくんですが、何も思いつきません。ただ天に祈ることしかできることはありませんでした。
この勝負での順位をサトウくんに抜かれて一つ下げたことで、タナカくんの心のゆとりは一気になくなります。あまりこんなことを願ってはいけないと自覚しつつも、恐怖に屈したタナカくんは「他のメンバーの成績が自分より下がっていてほしい」と思ってしまいました。
その思いが天に通じたのでしょうか? 恐る恐るといった様子で挙手したスズキくんが次に発表することになります。そこで、彼が言ったのは、
「もうあんまり望みがないから先に言うよ。サトウくんがそんなに上がってる、なんて聞いたら、ね。……前回は123位だった。覚えやすかったから覚えてたよ。で、今回は156位……。前回の個表はないけど、今回のはここに。……はぁ。流石にこれじゃ勝てないよね? 全部ヤマナシの所為だぁ……っ」
でした。
スズキくんは順位を33下げていたのです。タナカくんは少しだけ希望を見出しました。ですが、真面目なタナカくんですから、そのあとすぐにスズキくんの不幸を喜んでしまったことに気づいて、若干持ち直したテンションはスズキくんの順位の上昇・下落を知る前よりも下がってしまいました。スズキくんが膝をつき、天を仰ぎながら力なく笑っているその様を見てしまうと、喜べるはずがありませんでした。……サトウくんはそんなことお構いなしに喜んでいましたが。
「……ふふっ、あはは……っ」
「よし……っ! よっしっ!」
スズキくんの乾いた笑い声とサトウくんの雄叫びが
「もっちゃ、もっちゃ。……あれれぇ? これ、もしかして、ぼく、命令できるぅ? タナカくんもスズキくんも順位落としてるみたいだしぃ。えっとねぇ、ぼく、いっつも292位だったんだけどぉ、今回は291位だったんだぁ。ねぇねぇ、上位に入れたかなぁ?」
余裕です。落とした菓子パンを拾って食べながら笑って言えるほど余裕でした(※ワタナベくんは特殊な消化器官を持っています。よい子は絶対に真似をしないでください。悪い子も絶対に真似しないでください)。
ワタナベくんの順位の発表にタナカくんとスズキくんは固まり、サトウくんは我慢できずにツッコみました。
「き、貴様……っ。うちの学年は去年の後期中間の時から全員で292人だ! 貴様は後期中間・期末・学年末と最下位だったのか!? よく進級できたな!? というか、今回は291とか、ブービーじゃないか! 誰だ、最下位になった奴!?」
サトウくんが叫んでしまうのも無理はないでしょう。何故なら、サトウくんの言っていることは事実なのですから。
タナカくんとスズキくんは顔を見合わせます。二人とも、定義上はワタナベくんに敗したということになるわけですが、ワタナベくんがあまりにも酷いランクアップをしていた事実に、この結果を快く受け容れるなんてできるはずがありませんでした。ただ、その酷さは抗議する気力さえ削ぐほどのもので、タナカくんとスズキくんは言葉を失ってただただその場で硬直していました。
同様に何も言えなくなって直立していた人物がもう一人います。
「……え? 嘘、だよね? オレ、そこまで酷くないのに、あれに負けたってこと? ええー……」
イトウくんです。彼はぼやいていました。
そんな魂が抜け出たような状態になっているイトウくんに、サトウくんが尋ねます。
「イトウ、貴様はどうだったのだ?」
「……オレ? ああ……。実は、変わらなかったんだよね。前回も今回も156位。下がってはないけど、上がってもないから……これ、ワタナベくんに負けたってこと、だよね? なんか、納得いかないんだけど……」
サトウくんが聞くとイトウくんは答えました。その順位にスズキくんが反応します。
「……ん? 156位? ……一緒じゃん。まさか、イトウくんと一緒なんてね」
「そういえばそうだね。あ、これ個表ね。こんな狭いコミュニティで同順になるなんて、そんな偶然あるんだなぁ……。なんかいいことがありそうだよ」
スズキくんとイトウくんはまさかの同じ順位でした。ちょっとした奇跡にイトウくんは幸福の到来を予感し、スズキくんはイトウくんに妙な仲間意識みたいなものが芽生えます。
「なんかウチもイケメンに仲間入りできた気分だよ。まっ、欲を言うならタナカくんと一緒なのが一番よかったけどね」
「それは言えてるね。……でも、あの順位は流石に無理かな?」
「そっかぁ。上位の一割に入ってるんだもんなぁ……」
二人が何故か和気藹々なムードになるかな、タナカくんはというとそれどころではありませんでした。
これまでの結果を纏めると、
一位・サトウくん(24上昇)
二位・ワタナベくん(1上昇)
三位・イトウくん(上昇・下落なし)
四位・タナカくん(1下落)
五位・スズキくん(33下落)
なのです。
要するに、残りのタカハシくん、ヤマモトくんの二人がどちらも成績を悪くしていてくれないとタナカくんは罰ゲームを免れないのです。
命令を聞かなければならなくなってしまったら、特にサトウくんの命令に従わなければいけない状況に陥ってしまったら――。飢えた猛獣がいる檻の中に餌を撒かれればどうなるか、なんて答えはわかりきっているでしょう。それと同じことです。タナカくんが下位に沈んだ場合、待ち受けているのはそのような運命なのです。タナカくんは助かりません。
(か、神様――っ)
タナカくんは神頼みをしますが、現実は優しくはありませんでした。
「おう、
「ふ、ふん! テメェが先にやれよ、ヤマモト! 最後は俺様が飾ってやる! 俺様が一位なんだからな!」
ヤマモトくんもタカハシくんも自信ありげに話しています。タナカくんは絶望して頭の中が真っ白になりかけました。ですが、結果はまだ出ていません。靄に埋め尽くされそうだった思考を、タナカくんは頭を振って払いました。そして、藁にも縋る気持ちで二人のやり取りを見届けることにしました。
お互いに自信があり一歩も引く様子がなかったため、サトウくんが提案してじゃんけんをすることになりました。その結果――
「くっそぉ! あそこでチョキを出してたらぁ!」
タカハシくんが勝利し、次に順位を発表するのはヤマモトくんになりました。
「まあ、いいや! よし! 聞いて驚け! 俺っちの学年末テストの順位は291位だったんだが、それがなんと! 今回の中間テストでは194位まで上がったんだぜ!? どうよ!? すげぇだろ!?」
「ふふん!」と鼻を鳴らしながら仰々しく発表したヤマモトくん。その上昇値は驚愕するものでした。なんと97ものランクアップ。この異常とも受け取れる上がり幅にヤマモトくんは総ツッコミを受けます。
「な、なんだ、その上がり幅は!? というか、291位って貴様も大概だな!?」
「ヤマモトくん、もしかしてぇ、カンニングしたのぉ?」
「いや、よくないよ、ヤマモトくん。そういうの。一緒に謝ってあげるから職員室行こ?」
「まあ、ヤマモトくんだしなぁ。いつかはやらかすって思ってたけど……」
「なんだ、ズルしたのかヤマモト!? なら、こいつが最下位ってことでいいのか!?」
「……」
あまりの急成長に、サトウくんが感嘆し、ワタナベくんが不正を疑い、イトウくんが教師たちに謝りに行くことを勧め、スズキくんがまるでテレビの報道番組か何かで知人が捕まってインタビューを受ける人みたいなことを言い、タカハシくんがこの勝負でのヤマモトくんの順位を気にします。タナカくんもヤマモトくんがカンニングをしていてほしい、と少し思ったり。
他の人たちからの認識はあんまりでしたが、ヤマモトくんがこの成績を残せたのにはちゃんとしたわけがありました。
「違わい! 前回ヒドイ点数取っちまったからサナが見るに見かねて、強制的に勉強漬けにさせられてたんだよ!」
ヤマモトくんは幼馴染のシメさんに勉強を教わっていたようです。なお、教わった、というより、覚えるまで解放されなかった、と言った方が正しいのは、この際些事とします。
あと、他のメンバーの中のヤマモトくん像があまりにもあんまりだったために、動転したヤマモトくんは普段苗字呼びにしているシメさんのことをつい名前で呼んでしまっていました。
「兎も角! こんだけ上がってるんだ! 俺っちを上回れねぇだろ!? って、ことで俺っちが優勝ってことでいいよな!? むふふ……っ! タナカに何させよっかなぁ?」
「――っ!?」
先ほど、一つ前のヤマモトくんの発言で重要なのは、ヤマモトくんが成績を上げたのはどうも実力だったということの方です。それは詰まるところ、
――タナカくんが下位に沈むことが決定した――ということを意味するのですから。
タカハシくんの結果が悪かったとしても五位止まり。タナカくんは罰ゲームを回避できる四位以内にはどう足掻いても入れないことが確定してしまったのです。
少し前の、タカハシくんの自信のありようからして、彼の成績が悪くなっているとは考えにくく、タナカくんには「タカハシくんがサトウくんよりランクアップしているのではないか」と思えました。そうしますと、タナカくんはこの勝負において六位ということになり、ヤマモトくんとタカハシくん、二人の命令を聞かなければならない立場になります。
何かを企んでいそうなサトウくんの命令を聞かなくてよくなったのは、それだけは救いかもしれませんが、危機が去ったとは言えない状況でした。ヤマモトくんもタカハシくんも、タナカくんの性別を疑っているからです。タナカくんは
――『裸になれ』と命令される未来が鮮明にイメージできてしまって――
……いいえ。それだけで済めばまだ幸運な方かもしれません。命令権を持つ者は二人になる可能性が大です。一人がそれを命じたとして、すると、もう一人は――。
「うぅ……っ!」
それ以上の惨状になることが予想できてしまって、タナカくんは嗚咽を漏らしました。
涙が、涙が溢れてきます。他の人に気づかれないように俯きますが、それはタナカくんの目からとめどなく流れ出てきて……。タナカくんにはもう、止めることができませんでした。
(それなら、「女の子の格好をしろ」って命令される方がよっぽどマシ……。それで「彼女っぽいことをしてくれ」って言われても喜んでする……っ。だから、どうか、どうか変な命令はさせないで、か、神様……っ!)
タナカくんはもう一度、今度は切に願いました。
一方で、ヤマモトくんの思わぬ善戦にサトウくんが唸ります。
「ば、馬鹿な……。まさかヤマモトに負けるとは予想外すぎる……っ。こ、これでは自分がタナカに命令して魔法陣の謎を解き明かすという計画が……っ! ……いや、なにも命令するのが自分でなければならない決まりはないな。こいつは変態なのだからタナカに命令するとすればそっち方面になるはずだ。そうなれば、自分が確かめたかったことは知れるはず……(ぶつぶつ)」
相変わらずの不穏さです。不気味なオーラが醸されていました。
この発言でわかる通り「サトウくんが何を思って行動しているのか」をタナカくんは見事に当てていたわけですが、今のタナカくんにはこれを聞き取れるだけの余裕はありません。神様に祈りを捧げることで忙しかったからです。
そうしていると、パチンッ! と高い音が鳴り響きました。ヤマモトくんが指を鳴らしたのです。注目を集めたヤマモトくんは言いました。
「よし! 決めた! 俺っちがタナカに聞いてもらいたいのは――」
「ちょぉぉぉぉっと待ったぁぁぁぁっ!!」
ヤマモトくんがタナカくんに命令をしようとした時、タイムが掛けられます。止めたのはタカハシくんでした。
「おいおい! 忘れてんじゃねぇだろうな!? 俺様のことを!」
大分焦った様子でヤマモトくんの正面へ回り込み、啖呵を切ったタカハシくん。
「ま、まさかテメェも勉強を教えてもらってたとは驚きだったが! 俺様も教えてもらってたんだよ! フカボリに! で! 順位は256位だったのが156位になった! つまり! 俺様の方が上、ってことだ!」
「「「「「――ハァッ!?」」」」」
「――ッ」
タカハシくんはドヤ顔をつくって仁王立ちになります。その顔はほくそ笑んでいるからか左右で非対称になっていました。
タカハシくんの順位の発表に戦慄が走ります。
「えっ!? なっ!? はっ!? お、俺っちが一番じゃ……!? ひ、100も上がってるだってぇ!? じ、冗談きついぞ、おい!?」
「上がったモンは上がったんだ。残念だったな」
この勝負で一位になれたと思っていたヤマモトくんはもはや錯乱していました。それをタカハシくんは一蹴します。
「それで何故、最初、あれほどまでに渋っていたのだ? 命令できる権利をもぎ取れる結果だったというのに、勝負をすることに消極的だった意味がわからん……」
「そ、そんなの、テメェがルールを変えなきゃ、勝ち目なんかなかったからに決まってんだろうが! いくら順位が上がってるっつっても、半分以下なんだからよ! テメェがルール変更したの、始まる直前だったじゃねぇか!」
サトウくんに「行動が矛盾していないか?」と指摘されるタカハシくん。しかし、タカハシくんは理由をつけて言い返しました。
「……タカハシくんも156位? そんなことって……。いや、じゃあなんでウチがイトウくんと『同じ順位だぁ!』って盛り上がってた時に出てこなかったのさ?」
「……っ! そ、そりゃ、テメェ、テメェらと違って、俺様は順位がかなり良くなってたからな! 最後の最後で発表して、喝采をかっさらいたかったんだよ! その思惑は見事に成功したって形だな!」
タカハシくんが言った順位を、スズキくんが訝しみます。それはスズキくんやイトウくんと同じ順位だったので。イトウくんが発表した時に便乗しなかった理由を、タカハシくんは「勝てると思ったから」と言いました。
「でもぉ、タカハシくんとフカボリさんって仲良かったっけぇ? 勉強、教えてもらえるくらい?」
「し、知らねぇよ……。頼んだら教えてくれたんだからよ……っ」
ワタナベくんが核心を突きました。タカハシくんが狼狽えます。
タナカくんはその様子を見て思いました。
(――これ、嘘ついてる――)と。
タカハシくんは明らかにきょどり始めていたのです。タナカくんだけでなく、誰もがそれを感じ取っていたことでしょう。ですから、
「
イトウくんがタカハシくんの肩を掴んで振り向かせ、イトウくんの手のひらをタカハシくんの目の前に突き出しました。
「そ、それは……、今、手持ちにねぇんだよ……っ」
苦しい言い訳を繰り出すタカハシくんに、イトウくんは動きました。
彼のポケットの中を
そして、そこから一枚の紙を引っ張り出して確認し、タカハシくんに突きつけました。
「……259位。
イトウくんの手にあったもの、それは今回の中間テストの結果が記された個表です。
「
タカハシくんは虚偽の申告をしていました。
……………………
「と、いうわけで、一位がヤマモト。二位が自分。三位が遺憾だがワタナベ。四位がイトウ。五位がタナカ。六位がスズキ。最下位がタカハシという結果になった」
「ち、ちょっと待て! 俺様は
「知るか! 如何様しようとした罰だ! 反省しろ!」
サトウくんの結果発表に異議を唱えるタカハシくん。ですが、インチキをしようとしたのはタカハシくんですから、一喝されて終わりです。
「うーん……。タカハシくんだけかぁ……。じゃあ、無難に菓子パンを奢ってもらおうかなぁ? 二十袋ほど!」
「……っ!? テメェ、食いすぎだ!」
ワタナベくんによるタカハシくんへの罰ゲーム内容、少しお金が張りそうです。
「自分のはナシでいい。スズキとタカハシにしても仕方ないからな」
サトウくんはスズキくんとタカハシくんに命令できる権利を放棄しました。二人は罰ゲームが一つなくなってホッとします。
「俺っちも
なんとヤマモトくんもスズキくんとタカハシくんには何も求めない、と言ってきました。そのため、スズキくんは別ゲームを全回避したことになります。タカハシくんもちょっとお金がかかるだけです。タナカくんは合点がいきません。
ヤマモトくんの口から告げられる言葉に、タナカくんは固唾を呑みました。
「俺っちのこと『はるちゃん』って呼んでくれ!」
「――え」
思ってもみなかった命令に、タナカくんは目を
「いやあ、俺っち、サナ……シメっていう幼馴染がいるじゃん? でもあいつ、俺っちのこと『あんた』としか言わねぇんだよ。だから、呼ばれてみたかったんだ!」
この内容の重要性を力説するヤマモトくん。彼は意外にも初心でした。
「お、おい……! ヤマモト!?」
これに面食らったのはサトウくんです。彼はヤマモトくんならエロい命令を下すと思っていましたので。予想が大きく外れてしまって大慌てです。
サトウくんからヤマモトくんに変な入れ知恵をされては、タナカくんは困ってしまいます。折角の遂行可能な罰ゲームなのですから。変えさせるわけにはいきません。
タナカくんはそそくさとヤマモトくんの元へと向かいました。一息ついてから彼を見上げ、そして――
「……『はるちゃん』……」
「ぐはぁ!?」
――「いちげき ひっさつ!」――。ヤマモトくんは「頑丈」ではありません。タナカくんの可愛さを直視してしまったヤマモトくんは倒れました。
「……や、やっぱ、『ヤマモト』でいい……」
ヤマモトくんは名前の呼び方を元に戻すようタナカくんにお願いし、がっくりと意識を手放しました。
「……?」
タナカくんには、どうしてヤマモトくんがこうなってしまったのかがわかりません。罰ゲームも結果的にはナシでいい、という形になったので嬉しい誤算ではあったのですが、その理由がわからないため少なからずもやっとします。
実際、ヤマモトくんが名前呼びをやめさせようとしたのは、タナカくんにそう呼ばれるのは身が持たないと判断したためです。彼は意外や意外、想像以上に初心でした。
こうして、なんやかんやありましたが、結末としましてはタナカくんの祈りが天に通じた形で、ヤマモトくんプレゼンツ『罰ゲーム付き・
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