第22話 5月27日(土)の日中(part1)~土曜日の召集と視線の正体~
☆☆☆☆○○○○
始まりはヤマモトくんのこんな言葉からでした。
「なあ、テストの結果で勝負しようぜ?」
……………………
本日は土曜日。ですが、タナカくんたちの通う学校は、午前のみの半日授業があります。そしてこの日は、中間テストの返却日でもありました。
テストの結果が纏めて記された個表も最後に渡され、タナカくんはというと、少し順位を下げてしまっていました。テストが行われたのは、タナカくんの身体が変化する前であったため、それを言い訳にはできません。
この日の授業は全てテスト問題の解説の時間に充てられました。その全ての工程が終了し、何がいけなかったのだろう、と考えながら、タナカくんは昇降口へ向かいます。
この学校は、テストでの成績が良かった上位三十人の名前が昇降口付近の廊下の壁に順位表として張り出されます。帰る前にタナカくんはそこへ立ち寄りました。
タナカくんの名前は順位表の最後の方にあり、上の方には知った名前がいくつかあります。一番身近な人で言えば、この前話したヨシダくんの名前が13位に書いてありました。1位は一年生の時からずっとその地位を守り続けているフカボリさん。そして3位にあったのが――イチジクさんの名前です。
「……」
八教科の合計得点が794点。タナカくんはイチジクさんより上には行けそうになくて気を落としました。
ちなみに、その他に知った人の名前はありませんでした。タナカくんはクラスメイトの顔も名前も碌に覚えていないので、もしかしたらクラスの子がランクインしているかもしれませんが。それと、知らないとは言っても、接点がないだけで順位表ではよく目にする名前は多かったです。
そうしていると、ポケットに仕舞っていたスマホがメッセージが届いたことを音で知らせてきます。見てみると、それはサトウくんからの召集の連絡でした。
……………………
そんなわけで例の空き教室。
全員が集まったのを確かめてから、サトウくんが挨拶をしようとします。
「揃ったな? ……ごほん。今日集まってもらったのは他でもない。この魔法陣についてなんだが――」
「なぁなぁ、そんなことより、テストどうだった? 俺っちはねぇ、今までで一番よかったんだよねぇ!」
「そうなんだ。オレはいつも通りって感じかな? 可もなく不可もなくって感じ」
「ほうほう! イトウはそうなのか。じゃあ、お前らは? どうだったんだよ?」
「……おい、ヤマモト、イトウ……っ」
しかし、サトウくんはいきなり話の腰を折られました。今回のテストの結果のことで盛り上がり始めたヤマモトくんとイトウくんに
「……聞かないでよ。できが良くなかったんだ。ちくしょう、ヤマナシの奴……っ」
「もっちゃ、もっちゃ……。ぼくは前とおんなじだよぉ?」
「……ふん! テストの結果が人生の全てじゃねぇからな。頭悪くても幸せになれる奴はなれるし」
「き、貴様ら……っ!」
「話を聞け」と目に力を込めて訴えていましたが、効果はないようでした。魔法陣の話に誰も興味がないのでしょう。五人には効果が得られないものだと思い込まれていますので。ですので、彼らは違う話をしたがりました。
ここで出てきたのが、最初の発言になります。
「なあ! テストの結果で勝負しようぜ!? みんなで!」
ヤマモトくんのこの言葉に辺りは一瞬静まり返りました。その静寂を裂いたのはワタナベくんでした。
「そういえば、ぼくらって他の人の成績、知らないんだよねぇ。面白そう! ねぇ、やろうよぉ」
それを皮切りに、
「えー、やだよ。今回、あんまりいいデキじゃなかったし……」
「俺様もパスだ。なんか
スズキくんとタカハシくんが意見を述べます。反対の意見です。
勝負したいヤマモトくんとワタナベくん。したくないスズキくんとタカハシくん。賛否が真っ二つに分かれました。
こういう話が決まらない時、彼らは多数決を取ってマジョリティを優先させてきていたので、ヤマモトくんがテコ入れを図ります。
「じゃあ、負けた奴が勝った奴の言うことをなんでも聞くっていうのはどうだ? それならやる気出るだろ?」
ヤマモトくんが罰ゲームを提案したのです。それを聞いたワタナベくんはヤマモトくんの案に手を加えました。
「いいねぇ! それじゃあ、一位の人は五位と六位と七位の人に、二位の人は六位と七位の人に、三位の人は七位の人に、それぞれ一回ずつ命令できるってことにするのはどお? これなら順位をつける意味がでてくるでしょぉ?」
「おお! それ採用!」
ヤマモトくんとワタナベくんはテンションを上げますが、スズキくんとタカハシくんは逆です。
「いやいやいや! 罰ゲームがあるなら尚更やらないって!」
「まったくだ! そんでもって、なんで罰ゲーム受ける奴を増やすんだよ!?」
しばらくの間、四人は問答を繰り広げていましたが、そこにサトウくんの怒声が響き渡ります。
「いい加減にしろ、貴様ら!」
サトウくんは無視されて怒り心頭でした。
「今日集まってもらったのは、この魔法陣について明らかにしておきたいことができたからだ! だというのに、テストの報告会など……! そんなものは余所でやれ! こっちの方が重大だと何故わからんのだ!? これはもしかしたら凄い道具かも――」
がみがみ言い始めたサトウくんでしたが、その言葉を遮る人物が現れます。それはイトウくんでした。
「ねえ、なんでもいうことを聞くっていう罰ゲームがあるなら、オレはやりたいんだけど」
「!? イトウまで!?」
このメンバーの中で緩衝材の役目を果たすことの多いイトウくんが、テストの成績での勝負に意欲を見せたことで、サトウくんは驚きのあまり言葉を失います。
一方でヤマモトくんとワタナベくんは歓喜します。
「おっしゃ! ナイス、
にんまりと嫌な笑みを浮かべるヤマモトくんと満面の笑みのワタナベくん、それに彼らについたイトウくんにサトウくんは鋭い眼光を向け、罵声を浴びせるように言いつけました。
「イトウ、貴様……っ! そんな低俗な遊びなどやらんに決まっているだろう! なあ、タナカ!」
そして、サトウくんはタナカくんに話を振りました。まだ、賛否を明らかにしていないタナカくんに。
「いやいや! 面白そうだろ!? なあ、タナカ!?」
ヤマモトくんも自分の方が多数になるようにタナカくんを勧誘しました。
タナカくんの答えは、
「……別に、やりたくない……」
です。
「ほら見ろ! やりたくないのが多数派だ! ……ふう。では、予定通りこの魔法陣の不明な点を明らかにしていこうと思う」
タナカくんが否定したことで反対派が四票となり、テストの成績で勝負することは否決されました。
そのことに、「これでようやく話が進められる」とホッと息をついたサトウくんでしたが、黙ってタナカくんのことをじぃっと見詰めたあと、何やら閃いたのかその目と口を大きく開きます。どうしてかはよくわかりませんが、タナカくんはこのサトウくんの動作に背中がぞくりとする感じを覚えました。
それは悪寒でした。
タナカくんは嫌な気配がしました。よくないことが起こりそうな、そんな予感が。そしてそれは、すぐに当たることになります。
「いや! やろう!
――
サトウくんが数十秒前にした自身の発言を途端に翻したのです。いきなりのことにその場は「なんだ?」、「どうしたんだ?」とざわつきました。
急な方針転換でしたが、賛成派の三人にはその経緯はあまり関係なく、自分たちのやりたいことができるならいいか、と嬉しさ余って小躍りを始めます。否定派の三人はわけもわからず放心することしかできません。気にならなくなっているのか、気にする余裕がなくなっているのか、という理由は別にして、誰もが視野が狭くなっていました。
タナカくんもそんな状態になっていましたが、偶々捉えてしまいます。サトウくんの口が動いていたのを。声は賛成派の三人が騒いでいたため聞こえませんでしたが、何故か読み取れてしまいました。
――『これでタナカに何があったのかを見定めてやる』――
唇は、そう動いていました。
タナカくんが見ていたことに気づかれて、サトウくんに視線を向けられます。その視線にタナカくんは覚えがありました。昨日の体育の時に感じたものと同じだったのです。
同じ――突き刺すような視線。
「……ッ!」
あれを送ってきていたのがサトウくんであったことをタナカくんはこの時、理解しました。
サトウくんの言動から推察すると、サトウくんはタナカくんの身に起きた異変に気づいているようでした。しかし、どこまで把握されているのかが、タナカくんには判断できません。探りを入れたいと思ったタナカくんですが、それで墓穴を掘ったなら目も当てられない状況になります。結局のところ、監視と警戒をするという選択しかタナカくんには取ることができませんでした。
「何がしたかったんだよ、あいつ……。だああああ! やるのかよ! やりたくねぇ!」
「諦めなよ、タカハシくん。さっさと終わらせよ?」
「はぁ、そうだな……。ヤマモトと
サトウくんが賛成派に寝返ったことで決定は引っ繰り返り、スズキくんとタカハシくんの意見は通らなくなりました。諦めムードで仕方なしにやる気を出します。そんななか、タナカくんだけはどうしても気になっていました。
サトウくんが意見を覆した理由が。
――ふう。では、予定通りこの魔法陣の不明な点を明らかにしていこうと思う
――いや! やろう!
――これでタナカに何があったのかを見定めてやる
タナカくんはこれまでのサトウくんの発言を思い返しました。テストの順位での勝負など低俗と称してまったくやる意思を示さなかったサトウくん。彼はそれよりも魔法陣の不明な点を明らかにしたいと考えていたはずです。
(それなのに、急にテストの順位での勝負をすることに前向きになった……)
それは何故かと考えれば、真っ先に思いつくのは、それには「罰ゲーム」が設けられていることです。ですが、サトウくんが罰ゲームという言葉に目が眩んだのか、と言われると、タナカくんにはそんな感じには受け取れませんでした。なんというか、熱量が違うのです。言うなれば、そう――
(「罰ゲーム」で、魔法陣の不明な点が明らかにできる、って考えた……?)
この考えがしっくりきました。
それでは、サトウくんが誰に罰ゲームをさせたがっているか――その可能性が最も高いのは、
(――僕……っ!)
これが、タナカくんが導き出した答えです。
――サトウくんはタナカくんの様子に違和感を覚えていて、
それは魔法陣の影響によるものではないかと推理し、
自分の推理が正しいかどうかを「罰ゲーム」を使って確かめようとしている――
そうすると、
――サトウくんはタナカくんに異変が生じていることには気づいていますが、
女の子になっているかも、という疑惑の段階にいて断定はできていない――
ということになります。
この場合、「罰ゲーム」は「服を脱いで裸になれ」であると、タナカくんは推定できました。何故なら、それが一番言い訳ができないからです。もし、それが実行させられたとしたら、サトウくんのみならず他のみんなにもタナカくんが女の子になってしまっているということがばれることになります。女っ気のない男子の集団の中に裸の女の子が一人という構図を想像して、タナカくんの背中は冷汗でびっしょりになりました。
ただこれは、タナカくんが負けたら、という前提条件が付きます。幸いにもタナカくんはここにいる他のメンバーの誰にも学力で劣ってなどいませんでした。それは順位表で確認済みです。
それなのに、どうしてかタナカくんは不安を拭いきれませんでした。どういうわけが身震いがするのです。タナカくんが眉を
サトウくんの口角が上がったのを。
瞬間、タナカくんは悟りました。何かよくないことが起こる――と。
「ただ、普通にやってもタカハシ、ヤマモト辺りは詰まらないだろう! どうせ自分には勝てないのだからな! だから、
――判定基準を『今回の順位』ではなく、『前回からどれだけ上がったか』にしてやる!
そうすると、
「――っ!?」
タナカくんが行動を起こす間もなく、開かれたサトウくんの口。発せられたのはとんでもない言葉でした。
――判定基準を『今回の順位』ではなく、『前回からどれだけ上がったか』にする
それは今回、順位を下げているタナカくんには最悪と言っていいほどのルール変更でした。
誰かが否定してくれないかと期待したタナカくんでしたが、
「俺っちはそれでいいぜ?」
「うん。その方が勝率は上がるかも……」
「ぼくはどっちでもいいよぉ」
ヤマモトくん、イトウくん、ワタナベくんの賛成派三人がまたもや賛成し、ルール変更に支持する者が多数派に。ルールを維持することができなくなってしまいました。
もう一度サトウくんを見ると、笑い皺を更に深めている姿が目に映ります。タナカくんは気づきました。
――サトウくんは自分を負かそうとしているのだ――と。
この勝負に負ければ一巻の終わりです。タナカくんは逃げ出したい気持ちに駆られました。
しかし、出入口のドアに向かおうとしたところ、ガタイがよすぎるタカハシくんに立ちはだかれてしまいます。
「おい。どこ行くんだよ、タナカ? ははーん? テメェ、さては順位かなり落としたな?」
そこまで落としてはいませんが、低くなっているのは事実です。下がっている以上、下位に沈む可能性は十二分に考えられるのです。それが予測できるため、タナカくんは勝負なんてしたくありませんでした。
「……お、お願い! そ、そこを退いて……っ!」
タナカくんは立ち塞がるタカハシくんに頼み込みますが、
「却下だ。俺様だってやりたくねぇのにやらされるんだからよォ。腹括れ!」
「――っ! い、いや……っ!」
タカハシくんに手首を掴まれてサトウくんたちがいる場所、魔法陣が敷いてある教室の中央へ連行されてしまいます。
「――ひゃっ!?」
ちょうど六芒星の上に放られて、両手を前についた前傾の横座りのような体勢になったタナカくんはまるで生贄にされるかの如く。
周りは六人の男子に囲まれて、タナカくんは退却できなくなりました。
恐怖が、尋常ではない恐怖が押し寄せてきます。
否応なしに自覚させられます――自分が今、女の子である、ということを。
こんな状況で、無情にも戦いの火蓋は切られました。
「さて、それじゃあ、タナカから発表してもらとしよう」
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