リアルにリア充爆発した~おモテにならない男子たちのやりすぎ儀式~
第14話 5月24日(水)の放課後(part2)~テンパったコバヤシくんとどうかしているタナカくん~【※コバヤシくんの弟の名前を変更しました】
第14話 5月24日(水)の放課後(part2)~テンパったコバヤシくんとどうかしているタナカくん~【※コバヤシくんの弟の名前を変更しました】
「……あ」
コバヤシくんとの関係が壊れなくて安心しきっていたタナカくんでしたが、現状にハッとさせられます。タナカくんの頭の上にはコバヤシくんの手が乗せられているのです。この構図はあまり男同士の間で展開されるものではありません。
「……ち、ちょっと、ソウ! 頭、撫でないで……っ!」
これは主に男女間で行われるものであり、加えて言えば、撫でられるのは女性側というのが多数派でした。実情を言えば、大半の女性が彼氏でもない人からいきなり頭を撫でられることを良しとしないのですが、男の子だったタナカくんがそれを知る由はありません。即ち、この反応が女性っぽいことにタナカくんは気づいていないのです。
自分が女の子扱いを受けていると感じたタナカくんはコバヤシくんに抗議の目を向けますが、コバヤシくんが手を退けることはありませんでした。
何故なら、コバヤシくんは呆気に取られていたのですから。
上目遣いで、照れもあって頬を染め、口を尖らせているタナカくんの姿は、本人は無自覚なのですが、男性から見ればそそる仕草の究極形。それをちょっと、いえ、尋常じゃないほど可愛らしいタナカくんが天然でやってのけてしまっているのです。普段、タナカくんは表情の変化に乏しいものですから、破顔は特別なもの。タナカくんはどんな顔をしても画になり、その可愛さは破壊力満点なのです。まさに「いちげきひっさつ!」です。幼馴染でもなければあまりの甘さに脳が蕩けていたことでしょう。
「……ソウ? ……ソウ!」
「っ!」
タナカくんが呼びかけで、コバヤシくんは我に返しました。
「ご、ごめんっ」
慌てて手を離したコバヤシくん。それでタナカくんは、女の子扱いをやめさせられた、と謎の達成感を得ていましたが、ふと、自分のことを棚上げしていたことに気づきました。タナカくんは今、コバヤシくんに密着しているのです(と言っても、主に密着しているのは腕で、胸は絶対にくっつけていなかったのですが)。これも男同士ではあまりやらないスキンシップの一つでした。女性の間ではわりかしよく見られる光景なのですが。タナカくんもコバヤシくんからバッと二、三歩離れました。
俯く二人。気まずさがお互いの間を漂います。それに耐え兼ねたのはタナカくんでした。
「……うう。……もう、撫でられない、って思ってたのに……」
コバヤシくんの手があった位置にタナカくんは手を添えて俯き加減で言いました。
タナカくんは昔、コバヤシくんによく頭を撫でられていたのです。というのも、当時、タナカくんはいじめられていて、毎日のように誰もいなくなった教室で声を殺して泣いていたからです。その姿を偶々見かけたコバヤシくんが見過ごせずに行動に移したわけです。
小さな子が頑張っていたり悲しんでいたりしたらとりあえず頭を撫でる――それがコバヤシくんの癖でした。
コバヤシくんには年の離れた弟がいたので、労ったり慰めたりすることは恒例化していたのです。
「あはは……。なんか懐かしいね。そういえば、ミナトの頭撫でたのって小3のあの時以来だっけ?」
タナカくんの言葉を受けて、コバヤシくんは少し恥ずかしそうにして頭を掻きながら、その時のことを思い出すようにして言いました。
『あの時』――というのは、タナカくんがいじめられていた時のことです。
「ミナト、すごく小さかったよね……。だから、あの時の僕はミナトを
懐かしくなって微笑むコバヤシくん。
コバヤシくんはその日からいじめの首謀者を探し出し、正論をぶつけていじめをやめさせるまでの一週間足らずの間、毎日タナカくんのことを慰めていました。当時のタナカくんはコバヤシくんのこの行動を、純粋に力になろうとしてくれているのだと受け取っていましたが、まさか、本当はあやされていたのだとは知りもしませんでした。
コバヤシくんの妙な癖のお陰でタナカくんたちは仲良くなれたのですが、その癖が「七歳も年下の弟」と過ごすことで培われたもので、当時のタナカくんがその弟と重なって見えたから放っておけなかった、と全てが終わったあとに知らされたタナカくんは驚愕しました。知りたくなかった事実を知ってしまったタナカくんは、その日から頭を撫でられることを拒否しています。小さい、小さい子と思われるのは嫌だったので。
それから小学校高学年にもなると、どこからかは覚えていませんが、タナカくんは頭を撫でられるのは女性が多数派である、という情報を仕入れたことで、徹底的に頭には触れさせないようにしてきていました。
それなのに今、不意に撫でられてしまって――
あまつさえ、温かいとか、嬉しいとか、思ってしまうなんて――
タナカくんは顔から火が出そうなほどに熱くなります。
「……ホント、おかしい。……あの時は、一人じゃない、って感じたから、温かった、はず。……それなのに、今の方がよかったなんて、思うなんて……!」
タナカくんは理解しきれない感情を思わずぽろっと零しました。両の頬を両方の手で包んで吐息を漏らすように呟く様は、見るものを魅了するほどに
「……え? ミナト?」
「――っ!?」
タナカくんの独り言を聞き取れなかったコバヤシくんが聞き返します。そこでタナカくんは妙なことを口走ってしまっていたことに気づき、反射的に口を塞ぎますが、意味はありません。その行動が却ってコバヤシくんに不審に思われます。ここで何も言わないのはまずいと直感したタナカくんは急いで口を開きました。
何も考えずに出した言葉は――、
「……なんでもない! ……そ、そんなことより、ソウ――
――こういうの、頭を、撫でるの、他の人にはしないで――
……って、え? ……あ、あれ……?」
今までで一番よくわからない感情の言葉でした。
ただ話を逸らせてごまかせればそれでよかったのです。しかし、紡がれた言葉は、口にした本人ですら予期していないものでした。
(な、なに、これ……!? まるで、他の人にされたら嫌、みたいな言い方……!)
あわあわし出すタナカくん。
「えっと、ミナト? それって、どういう……?」
そこに追い打ちをかけるかのようなコバヤシくんの追及。
「ち、違う! 違うから! えっと、えっと、今のは、そういうのじゃなくて……! そ、そう! 嫌がられるかもしれないから、女の子の頭撫でるのはやめた方がいいと思って! ち、忠告……!」
それをタナカくんはなんとか齟齬のないようにそれっぽい返答で躱しました。
コバヤシくんはタナカくんの説明に納得して頷きます。
「え? ……あ! う、うん、そうだね! 相手のことは考えないといけないよね! その意見は重要かも。イチジクさんに嫌われたくないし」
「――っ」
コバヤシくんがその人の名前を出した瞬間、胸の辺りがチクリと痛みだしたタナカくん。そして、どす黒い靄のようなものがタナカくんの心を呑み込むように生まれてきました。
「……ソウ、
――僕といる時に彼女の話なんてしないで――」
「……ミナ、ト?」
声に出してしまってから、タナカくんはハッとします。そのようなことを言うつもりなんて全くありませんでした。それなのに、それはタナカくんの制御を外れ、声色は低く、言葉はとげとげしく発せられてしまったのです。そのことにタナカくん自身が戸惑わされました。
困惑していたのはコバヤシくんも一緒です。彼は、タナカくんがどうしてそんなことを言ったのか理解できませんでした。驚いて、ただただ瞬きを繰り返していました。
「……い、今のは……っ! ……ほ、ホント、今日の僕、おかしい! ……え、えっと、違くて! ……べ、別にイチジクさんのこと、悪く言ってるわけじゃ……!」
「う、うん、それはわかってるけど? ミナトがそんなことするはずないって知ってるし……」
タナカくんは取り乱します。言わなくてもいいことを言ってしまって、それを取り繕おうとすればするほど墓穴を掘り続け、言い訳を繰り返したタナカくん。タナカくんはドツボに嵌まっていました。
今のやり取りで、タナカくんの心境に大きな変化をもたらす何かがあった、ということはコバヤシくんに確信を与えたことでしょう。だって、普段のタナカくんとは明らかに反応が違うのですから。そのことをタナカくんは予想できておらず、ただただどうして自分が、コバヤシくんとの関係をぎくしゃくさせられなければならないのか、と心で嘆くばかりでした。
自分の中に芽生えてしまった謎の感情を恨むように思い返します。
――コバヤシくんに頭を撫でられたのが何故か嬉しくて
――コバヤシくんが他の人の頭を撫でるのを想像するだけで気分が沈んで
――コバヤシくんがイチジクさんの話をするのは何故か聞いていたくなくて
それを整理してみると、タナカくんはこの気持ちを抱いている理由を見つけてしまいました。
(――僕、ソウのこと、独占したいんだ……っ)
タナカくんは、コバヤシくんに彼女ができてから彼と過ごす時間が減っていたことにどこかで不満に思ってたのです。自分は昔からの付き合いなのに、コバヤシくんはイチジクさんを優先させるものですから、面白くありません。もっとこっちに向いてほしい、という願望を、タナカくんは心に秘めていました。
それを、「ソウに初めてできた彼女だから」と自分を納得させて心の奥底に追いやって、タナカくんは気づかない振りを続けていたのです。
しかし、タナカくんは身体が変化したことに伴って精神のバランスを崩してしまい、隠していた思いが急浮上、発露するに至ってしまいました。
自分の感情に気づいてしまったタナカくんは、顔をリンゴのように真っ赤にし、コバヤシくんから視線を外します。その際、周りにいた人たち(運よくお客さんはいませんでしたが他のテナントの店員さんたち)に注目されていたことに気づきました。彼らに微笑ましいものを見る目を向けられており、タナカくんは今すぐにでも店内へ逃げ込みたい気分になります。ですが、今はコバヤシくんと話している最中です。彼の話を遮って一人で逃げ帰ってしまうと、また誤解で関係が拗れてしまい兼ねません。
タナカくんは一旦話を切り上げて、タナカくんの働く喫茶店の中にコバヤシくんを誘導することを思いつき、それを実行しようとしました。
「……え、えっと、ソウ――」
ですが、コバヤシくんは周りの目に気づいておらず、続けてしまいます。
「あっ! そうだったのか……! ごめんね、気づかなくて。僕、ミナトだから大丈夫って勝手に思い込んでたよ。でも、ミナトも、そう、だもんね……。そりゃ、イチジクさんの話をされたら、気分悪いよね? 本当にごめん。ミナトの気持ちを蔑ろにしてた。今度からは気をつけるよ。ミナトに嫌な思いをさせたくないしねっ」
……いや、言い方……。コバヤシくんは「彼女がいないミナトに彼女の話を聞かせるのはつらいだろう」という意味で言っていたのですが、オーディエンスの方たちは身内でひそひそと話し始めました。彼らは「コバヤシくんを巡る三角関係が勃発している」と解釈したみたいです。彼らの目がにやにやしたものに変わっていくのを、タナカくんは見逃しませんでした。人間は本当にそういう話が好きですよね。
コバヤシくんはテンパっていました。ですから、周りの目も気にならなくなっていましたし、いつもならしない勘違いを連発していました。というのも、普段とは異なるタナカくんの言動を目の当たりにしたからです。その所為で若干暴走気味になっていました。
タナカくんが周りの目を気にして店内に案内しようと躊躇いながらも手首を掴みますが、
「……ち、ちょっと! ソウ――」
「手……。そういえば、最近は
コバヤシくんはその手をタナカくんの頭へもっていこうとしました。注目を集めているその場で。コバヤシくんの言葉に何故かすごく嬉しい気持ちになっていたタナカくんですが、恥ずかしさには抗えず手に力を入れてそれを制止させます。
「……え? ミナト? やっぱり駄目なの?」
「――っ。……いや、ダメじゃ、ダメじゃ、ないけど……っ」
しかし、拒まれて捨てられた子犬のような目でコバヤシくんに訴えられたタナカくんは折れました。コバヤシくんの手首を掴んでいた手の抵抗がなくなって、されるがままに頭を撫でられます。見られていてめちゃくちゃ恥ずかしいのに、それでも嬉しいと感じてしまうのですから、タナカくんは自分の感情なのにもう本当にどうしていいのかがわかりませんでした。できることといえば周りの視線から逃れるために俯いて目を瞑ることくらいです。
タナカくんが頭を撫でられると、周りから「おーっ」という歓声が上がり、その声にコバヤシくんも見られていたことを理解したようです。おそっぱくれではありますが、パッと手を引きました。タナカくんはコバヤシくんの手の感触がなくなることに後ろ髪を引かれる思いがありましたが、コバヤシくんがやっと気づいてくれた、と溜息を零します。
タナカくんが目を開けると、そこには羞恥で赤くなっているコバヤシくんの姿がありました。その工程は、タナカくんは既に経験させられていました。ですので、旅の道連れができたと思えば心にゆとりが生まれてくるというものです。しかしながら、依然として注目をされていることに変わりはありませんから、仲間が増えたことが良かったことなのかどうかは判断し兼ねますが。むしろ、二人して赤面しているこの状況は余計に恥ずかしさが増していると言っていいかもしれません。
「――っと! 僕、用事思い出したから帰るね! またね、ミナト!」
「え!? ……あ、うん……っ!」
注目の的状態であるこの環境に耐えられなくなったコバヤシくんはその場から逃げていきました。しかし、その去り際、姿が見えなくなる角の手前で、
「あっ、そうだ! ミナト! お弁当、楽しみにしてるから!」
「――っ!?」
大声でそんなことを言って手を振っていったのです。再度注目を集めるタナカくん。言いたいことは山ほどあったタナカくんですが、呼び止めれば更にややこしいことになるのは必至です。そのため、タナカくんはコバヤシくんへの恨み言を心の中でとどめ、震えながら俯くことしかできませんでした。
ただ、それでも、コバヤシくんが見えなくなって少し経ったら、自然と口角が上がってしまうのですから、本当にタナカくんはどうかしてしまったとしか言えません。
「……ばか」
……………………
そのあと、顔見知りである同じフロアのテナントの従業員さんに軽く説明をし、バイト先に戻ったタナカくんでしたが、仕事の途中で抜け出してしまったため、店長であるミナイさんにお小言を言われたのは言うまでもありません。
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