第3話 あなた以外すべて壊したい
綾香は生まれながらの九条家の娘。明治時代から続く、九条財閥の後継者。
あらゆる習い事を嗜んで教養を身に着け、日本最高の淑女となること。親が決めた九条家にふさわしい婿と結婚して家を守ること。それが九条家の両親と、周囲の人々の願いである。
綾香は、なんでもできる才女だと言われた。あらゆる芸事に通じ、学業成績も全国模試で上位3位以内に入る成績。美しさに磨きをかけることも怠らず、彼女は常に完璧であった。だがそれは、綾香が人の知らないところで日々たゆまぬ努力を続けていたからであって、最初から何もかもができたわけではない。
……だから、綾香は怠惰なもの、醜いものが許せない。だらしなく肥えた豚のような人間が、自分よりも幸せそうにヘラヘラ笑っていると、内心で軽蔑し、憎悪した。
「その気持ち、とてもよくわかります」
見合いの席で父が連れてきた婚約者の男はそう言った。
「醜いものはすべて滅ぼしてしまえばいい。貴女にそれができる力を与えましょう」
男が綾香の左手をとり、黒い宝石が嵌め込まれた指輪を綾香の薬指に嵌めた。指輪に念をこめると、綾香の清楚な水色のワンピースは黒いドレスに変わり、黒髪は銀髪に変化した。
「私とともに世界を美しくしていこうではありませんか」
こうして九条綾香は、見合い相手として現れた、ゴクアーク団頭領の
この世には醜い人間が多すぎる。たいした努力もしないくせに将来の夢を語るもの、肥え太っているくせに、恋人と浮かれ騒いではしゃぐ者、勉学を怠って楽しそうに遊び呆けている者。
そうした豚どもに娯楽を与え続けている、九条グループのレジャー施設も許せない。綾香の父は「人々の笑顔のために」とメディアで理念を語っているが、綾香は父の経営するようなレジャー施設に連れて行ってもらったことはない。あれは、父が豚どもから搾取するためにつくった豚箱であって、美しい世界には不要なものに違いない。だから、壊すのだ。
世界を美しくするアクージョの活動を邪魔してくるのがライトレンジャー達だ。特にライトピンクはアクージョの行いを真っ向から批難して、生意気な言葉を浴びせてくる。完璧な淑女たる自分が、間違いなど犯すはずが無いのに。次に会ったらあのライトピンクを必ず叩き潰してやると、九条綾香は決めていた。
「綾香さん、どうしたのボーっとして」
傍らにいた桃の心配そうな声に、綾香は我に返った。
赤木桃。彼女は綾香の同級生であり、交際している恋人である。桃は2年生からの編入生なのだが、綾香が九条グループの令嬢であることを知らず、クラスメイトのみんなが遠慮して綾香にあまり近付かないのを、いじめられているのかと勘違いして心配し、声をかけたことが二人の出会いのきっかけであった。桃の天真爛漫さは綾香とは正反対で、それが綾香には好ましく映ったのだった。桃は、数少ない、この世に生かすべき美しい人間だ。
「いえ……みんなが、桃みたいなら、世界はきっと美しいのに、と思って」
「えっ!? なに、急にどうしたの!?」
綾香の言葉に照れて慌てふためく桃。そんな彼女がかわいらしくて、綾香はクスクスと笑った。
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