第2話 敵の幹部は妹の彼女
話は一ヶ月ほど前に遡る。
晩ごはんを食べながら、桃が、好きな人ができたのだと俺に打ち明けてくれたのだ。桃を虜にしたのはどこのラッキー野郎だろう、場合によっては死刑で……と思っていたら、相手は九条綾香さんだと打ち明けられた。
「九条さん……まぁ、あの人なら……」
九条綾香は、大企業九条グループのご令嬢で、学校では生徒会長をつとめる全校生徒の憧れの的だ。文武両道で才色兼備。高嶺の花すぎて誰も近づけない、と言われていた彼女に、桃が憧れたっておかしくない。……と思っていたら、実はもう2週間前から付き合い始めたと打ち明けられて俺は驚いてしまった。
「今度うちに招待してもいい?」
「いいけど、九条さんをお迎えするような準備できるかな……」
「いいのいいの、畏まらないで。綾香は、そのままの私でいいって言ってくれてるから……」
「めちゃくちゃノロけるじゃん……」
「あ、なっちゃんと青山先輩にはまだ秘密だよ!」
「はいはい」
そんな会話をした翌日。ゴクアーク団のアクージョが九条グループの傘下が運営する三ツ星ホテルの結婚式場で、式をめちゃくちゃにする騒ぎを起こした。
ライトレンジャーに変身して駆けつけた結婚式場は散々な状態だった。逃げ出す新郎、泣き崩れる新婦、混乱する招待客。桃は、九条グループが被害にあったことで怒りに火がついてしまったようだった。
「ひどいわ、どうしてこんな事するの! 人生に一度の結婚式なのよ!?」
「……私はね、私より醜い者が私より幸せそうにヘラヘラ笑っているのが1番嫌いなのよ」
「何様のつもり!? あんたなんてちっとも美しくなんかないわよ! 鏡を見たことある? 根性がねじくれ曲がった心の冷たい醜い女が映ってるわよ!」
いつになく激しい言葉を浴びせるピンクに、イエローとブルーはちょっと面食らっていた。
「なんか今日のピンク、怒り心頭ッスね〜」
「ああ、珍しいな……」
ピンクの煽りを受けて、アクージョも怒った。
「……お前に何がわかるのよ、このブサイク!」
激高したアクージョは強かったが冷静さを欠き、その隙をついて攻撃したことで、この場のゴクアーク団を撤退させることができた。
……その直後。アクージョが完全に撤退したと思った俺達は、ライトレンジャーのパワーを使って式場の片付けの手伝いを買って出た。
俺は大量に出たゴミを片付けるために廊下に出たところで、ふと気配を感じた。勘を頼りに廊下を歩けば、アクージョのドレスの裾が見えた。
アクージョがまだ撤退していなかった。これはチャンスだ! 俺はアクージョを捕まえる隙を伺っていた。やがて、アクージョが腕輪の宝石を押すと、彼女が黒い闇に包まれて……アクージョが九条綾香に変わるところを見てしまったのだ。
「アッ、ク、九条さん!」
アクージョ、と言いかけたのをなんとか誤魔化した。
九条綾香はたおやかな仕草で振り向き、首を傾げる。
「あら……ごめんなさい、何処かでお会いしましたかしら?」
「俺、赤木桃の兄で、光といいます」
桃の名前を出すと、彼女の顔はぱっと満開の花が開いたように笑顔になった。
「まあ、桃さんにはいつもお世話になっております! ご、ごめんなさい、私ったらお兄様になんて失礼を……」
「いや、いいんだ」
九条さんはお淑やかに謝る。学校でみんなのあこがれの存在である彼女そのものだ。先程の光景は見間違いだったのだろうかと思えてくる。……しかし、アクージョが九条綾香に変わるところを俺は確かに見た。間違いない。
その後、九条さんは変身を解いた桃と会い、親しげに話していた。二人はとても楽しそうで、九条さんが桃を騙しているようには見えなかった。
その後、ゴクアーク団の手先が九条さんに化けているとか、彼女がゴクアーク団に洗脳されている可能性も考えて、組織の調査員さんに調べてもらったが、報告によればそういった様子はなかった。
九条さんは、自らの意思でゴクアーク団に加入しているようなのだ。
何故かはわからないが……思い返せば、アクージョがこれまで暴れまわったところは、どこも九条グループが関わる施設ばかりで(先程の動物園も、九条グループが運営している)、何か実家への怨恨があるのかもしれない。
しかしアクージョに激しい罵声を浴びせてしまった桃に、彼女が九条綾香だなどと口が裂けても言えない。
「桃……九条さんと付き合うのはやめたほうが良いと思う」
「えっなんで!? 九条さんならいいってお兄ちゃんも言ったじゃない!!」
「気が変わったんだよ……九条グループのお嬢様となんて、釣り合わないだろ?」
「ひどい!お兄ちゃんならそんなこと言わないと思ってたのに! 最低! 嫌い!」
「ごめんなさい」
九条との交際を反対したら桃は逆に頑なになってしまって、結局、俺は折れざるをえなかった。
青山と黄島にも、アクージョが九条綾香だと言い出せずにいる。仲間内とは言え、一度誰かに話してしまったら、すぐに桃の耳に入ってしまうと思うからだ。
桃と九条が親密になる一方で、ピンクとアクージョは結婚式の事件以来どんどん険悪になっている。一体俺はどうしたら良いんだ……。
「なーにやってんスか赤木さんッ」
小声で呼びかけられ、俺は驚いて振り向いた。解散したはずの黄島と青山が立っている。
「単に妹のデートの見守り……というには顔が深刻すぎるぞ。何かあったのか」
「青山、黄島……」
「ちょっと水臭いっすよ赤木さん〜あたしたち仲間じゃないんスか」
二人の言葉に、俺はほろりとした。そうだよ、馬鹿だな俺……一人で抱え込まないで、二人にも相談するべきだった。
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