天の川に願いごとを 5

 教室の扉が閉まると、周りのクラスメイトたちが、こそこそとしゃべり出した。

「昨日は最後まで私たちが残って作業してたし、渡會さんもいたから短冊を外してたらわかると思う。

 今朝一番に来た人に話を聞きたいね」

 脚立を押さえている田代さんが言うと、「確か、菊池さんだよ」と声がした。

 気づくと、白崎さんがこちらを見上げている。一緒についてきたらしい中丸さんもうんうん、とうなずいた。

 一触即発の張り詰めた空気が、教室中に広がっていく。緊張を破ったのは、リモンの通知音だった。すぐに白崎さんと中丸さんがスマホを確認している。

「スマホ確認するの机から下りてからにすれば?」

 隣で机に乗って笹飾りを見ていた岡村さんに田代さんが注意すると、すぐに机から降りて岡村さんもスマホ画面を眺めていた。

「で、まさかだけど、菊池さん疑われてるってこと?」

「短冊の件とは、関係ないことで呼び出されたんじゃないかな」

 教室の扉が開いて、美羽音たちが戻ってくると、クラスメイトたちはさっと目を背けて、床や笹を見つめ出した。

 どうして美羽音が短冊泥棒みたいに思われているんだろう。そんなことするはずないのに。

「ごめん、アイカ、私そろそろ部活に」

 美羽音が話しかけてきたので、「行ってらっしゃい」と手を振った。

「いい身分だな」

「誰のせいでこんなことになってるんだよ」

 後ろから男子たちの声が聞こえた。たぶん声の主は飯田いいだたちだ。武藤さんと渡會さんが、しかめっ面をした。

 美羽音は、声がしたほうを向いた。

「こんなことって?」

 飯田はイライラした口調で、「おまえが短冊を隠したんだろ」と言った。

「私、そんなことしてないけど」

「そうだよ、いくらなんでも証拠もないのに疑うのはひどすぎる」

 脚立から身を乗り出して、男子たちに反抗する。危ない、と田代さんに注意されたので、私は一旦脚立から降りた。

「だって、今日一番に来たんだろ?」

 白崎さんと中丸さんの話を盾に問い詰める男子たちの前に、美羽音は自分のカバンを引っ張り出した。何をするのかと思えば、ファスナーを開けてカバンをひっくり返した。カバンの中から制服やペンケースや財布が全部教室の床にぶちまけられる。

「美羽音っ」

 駆け寄る私にも構わず、美羽音は空になったカバンを振って、中まで広げて見せた。

「少なくとも隠し持ってないのはこれでわかったでしょ? ポケットの中も見せようか?」

 美羽音、もういいから、と言うのも聞かずに、男子の前に仁王立ちしている。一方で目の前の光景を目にした男子たちは、ごにょごにょとまだ何かつぶやいていた。

 床にぶちまけられたものを一緒に拾い集めている田代さんたちが「わかったから、菊池さん」となだめる。

「私はね」

 美羽音はさらに、一歩前へ出た。

「自分には全く関係ないのに、私のために行動してくれる友達がいるから、不満はあっても絶対に友達には協力する。

 だから、飾ってある短冊を取って隠すみたいな卑劣なことはしない。友達を裏切るようなことは絶対にしたくないもの。

 いいよ。逃げも隠れもしないから、思う存分調べてちょうだい」

 美羽音は、どかっとみんなの前に座り込んだ。誰も文句を言えないくらいの潔さに、目から滴が流れ出した。

「いいえ、菊池さん」

 座り込んだ美羽音の前に、千弦がそっと文化祭のしおりを差し出した。

「部の集まりなのでしょう? それは行くべきです」

「仕方ないでしょ。私にはやるべきことがあるから」

「部活でもあなたを待っている人がいるでしょう。約束は守るべきです」

「いいから」

「私ならあなたの無実を証明できます」

 真顔で宣言した千弦に、さすがに美羽音も驚いたようで、顔をゆがませた。

「だからあなたは茶道部へ行ってください。こんなつまらない事件であなたを拘束したとなれば、このクラスが恥さらしになりますから」

 おい、と誰かが言うも、千弦はリアクション一つせず、美羽音を見つめた。

 美羽音がしおりを受け取って荷物をまとめていると、「最後に1つだけ」と千弦は呼び止めた。

「今日は鈴鹿さんに会わなかったのですか」

「顔も見てないの。朝来た時からそこに荷物だけあって」

 ギターケースが置かれていたあたりを指さしていた。美羽音は「ありがとう」と、カバンを背負って、教室から出て行った。

「大丈夫なの?」と千弦に耳打ちすると、涼しい顔で立ち上がった。

「難しくはないでしょう。菊池さんが短冊を外していないことを証明すればいいだけのことですから」

 千弦の話を聞いて、外野が文句を垂れだした。

「菊池さんを疑っているのは、単なる偏見からではありませんか。彼女がこの七夕カフェに対して反対意見を出したから」

 男子たちが「ああ?」と怒鳴る。

「ですが、この件が嫌がらせかどうかは、まだ決まってません。

 様々な可能性を考慮すべきです」

 食ってかかりそうな勢いの飯田たちを、別の男子たちが引き留める。

「千弦……」

 ゴクリとつばを飲み込んだ。この件、絶対に解決しなきゃ進めない。美羽音の次に疑われるのは、きっと千弦だ。おそらくその覚悟で、みんなの前に出てきてくれたのだ。

 私は、瀬那と、美羽音と、千弦の思いを絶対に踏みにじりたくない。

 なんとしてでも、真実を明かさなくてはならないのだ。

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