天の川に願いごとを 6
文化祭の企画は、クラスみんなで決めるものだから、どうしたって全員を納得させることは難しい。瀬那も、美羽音も、千弦だってそれぞれ好きなものが考え方が違うように、違う考えを持つクラスで意見を1つにまとめることの難しさを知ったのは、企画段階のことだった。
1年F組の企画が七夕カフェに決まった日、何をやると知らされていないゴールデンウィーク明けのLHRは、クラス中に緊張が走っていた。
担任の織田先生は、本当は前回の椅子取りゲームの時にはクラスの絆を深めてほしかったんだと思う。クラスの中で5人も途中退出して、泣きじゃくって、誤解を解いて、秘密を守って、ジェットコースターのような1時間になってしまった。先生、思い通りにならなくてごめんなさい。親睦が深まった、とは言い難いけれど、1年F組の中でできたわだかまりが解けただけ、許してほしい。
文化祭実行委員の武藤さんと渡會さんが呼び出されると、教卓に立った武藤さんは手にした用紙を見て、こう言った。
「今日は文化祭の1年F組でやることを決めます」
直前まで五月病でだらけきっていたクラスが、一気に沸き立つ。
年に一度の、高校生活初めての、そしてこのクラスでは最後の文化祭。待ちに待ったと言わんばかりに歓声が上がった。
「ですが、注意事項があります。
調理が必要な企画はできません。届け出や監督の都合上、2年生以上と決められました。
また、お化け屋敷も全体で2クラスまでということになりました。希望するクラスが多い場合、上級生が優先となります。
委員会で決まったことなのでよろしく」
熱気を帯びた空気が、一気に冷めていく。
瀬那が手を挙げた。
「どこまで調理に入りますか? 例えばかき氷とかキュウリ串は?」
「かき氷は調理です。食材や飲み物を自分たちで直接扱ってお客さんに提供すると、調理に当たります。果物の缶詰を開けるだけ、紙コップに飲み物を注ぐだけ、という場合でもうちの高校の場合は調理に含めます。
それから、野菜や果物そのものは扱えないので、キュウリ串はそもそも文化祭で出せません」
ルールを説明しているだけなのだけれど、渡會さんはバッサリと切り捨てるように言った。
「なら、カフェとかもできなくないですか」
田代さんの発言に、「言い忘れてましたー」と武藤さんが答える。
「かき氷の場合、スーパーやコンビニで売ってるカップのものを、開けずにお客さんに売るなら調理じゃないです。冷凍庫を借りるなりして用意できればオッケー。
もしカフェをやるなら、ペットボトルや缶の飲み物、袋や容器に入った食べ物を仕入れて、そのまま売ることになりまーす」
クラス中から、「それってカフェなの?」とヒソヒソ声が聞こえてくる。
「食品を調理して提供するには保健所に届け出を出さなくてはならない。衛生の観点から見ても慎重になるべきだよ。
高校生なんだし、スマホも持っているんだから調べなさい」
織田先生がぴしゃりと言うと、しんと静まった。
「他に何ができるの?」
誰かのこの質問には織田先生も眉をひそめたけれど、クラスから上がった質問に、渡會さんは淡々と答えた。
「去年のクラス企画には、バザー、縁日、人探し、迷路、カジノ、アイスやジュースの販売などがありました。
演劇や映画の上映、音楽ライブなどのパフォーマンスをしたクラスもあります」
ちらりと瀬那の方を見た。音楽ライブ、と聞いて緊張したのだろう。少しだけ背筋が伸びている。
1年F組の中で音楽系の部活に所属しているのが、軽音楽部に所属する瀬那と、吹奏楽部の何人か、確か岡村さんが箏部、そして、合唱部の星野さん。楽器演奏ができるメンバーを中心にパフォーマンスできたらいけるんじゃないか、と思うけれど、この数人に負担が集中してしまう。瀬那だって自分たちのバンドを組んで念願のライブのために頑張っているのだ。それをクラスの企画というだけで邪魔したくない。
質問が途絶えたところで、近くの人と話し合ってもいいから、と考える時間になった。
「パフォーマンス系は無理じゃね。練習時間とか絶対足りないし」
「放課後毎日練習はマジ無理だわ。部活の方もあるのに」
隣から聞こえてくる
「てか、オレは人前に出るとか絶対ヤダし」
柴田君がぽつりとこぼす。人には向き不向きもある。不得意なことをクラスの出し物だからと言って強制的にやらせるのも違う気がした。すぐに吉山君が「お前、プラネタどうするんだよ」とじゃれ合い始めたので、一瞬でかわいそうでもなくなったけれど。
「何かを舞台で披露するっていうのは難しいかもね」
席替えで斜め前になった美羽音が話しかけてくる。
「まあ」
「全員が何かしらできるならいいけど、例えば音楽演奏ってなると、楽器持ってない人はリコーダーや鍵盤ハーモニカ? だって買えないでしょ、楽器はさすがに」
美羽音の指摘で気づいたけれど、物が必要な場合は購入もできるだろうけれど、さすがに楽器までは買えまい。
合唱部の星野さんの方を見る。今は渡會さんに何やら話しかけられている。合唱だったら全員でできるだろうけど、あまりいい思い出もない。
私たちは結局バザーか縁日かねー、という不毛な話になったところで、アイデアを発表していくことになった。やっぱりみんな考えることはみんな一緒で、ほとんどが縁日かバザーの2択だった。
射的の担当がいいかな、と考えているところで、最後の話し合いグループが名指しされた。瀬那たちのところだ。
「えっと、七夕はどうでしょう」
七夕? とクラス中から不思議がる声が上がる中、瀬那が続けた。
「文化祭の2週間後に、七夕があります。
これに合わせて、例えば短冊に願い事を書いてもらって飾ってもらうとか。
ただ、飾りだけだと味気ないので、縁日とかを合わせてやることになりますけれど……」
瀬那が言いよどむ。ちらほら声が聞こえてくるが、七夕に縁日といえば、地元の商店街のお祭りをどうしても想像してしまう。
「最初言ってたカフェっていうのは?」
「七夕っぽいスイーツが出せればな、と思ったけど、ペットボトルか缶の飲み物を売って終わり、ですかね」
武藤さんの質問に、瀬那の声が小さくなっていく。最後の方には、机の方に目線を落としていた。
「いいと思う!」
私は手を挙げた。みんなの冷ややかな視線から馬鹿丸出しじゃん、と今になって気づく。
「ええっと、縁日やバザーもいいけれど、ちゃんと具体性があって、おもしろいと思います」
言いつくろったけれど、やっちまった感は拭えない。赤くなる顔を両手で隠す。
「私もいいと思います」
ハキハキと次に手を上げたのは、田代さんだった。
「ただただ縁日やバザーやカフェをやっても、おそらく他のクラスと被ってしまうと思う。七夕、というテーマでメニューや出し物を考えれば差別化できるし、短冊に願い事を考えるのは手軽だから、喜んでもらえるんじゃないかな。
あと、そんなにお金かからなそうだし」
さすが、学級委員らしく、他のクラスとのことや、費用などのことも視野に入れて考えて補足をしてくれた。私の発言とは、同じ高校生なのに天と地ほどの差がある。
どうする? とクラス中がざわめき出す。
渡會さんはみんなを見回して、「多数決をとります」と言った。
「今出た意見だと、縁日、バザー、七夕カフェの3つ、でいいですか」
「普通の縁日と七夕の縁日で分けて聞いた方がよくない?」
黒板に、縁日から枝分かれの線が引かれて、「七夕」と付け足される。
「では、多数決をとります。普通の縁日がいい人――」
私は、七夕カフェに手を挙げた。調理ができないとはいえ、七夕のスイーツってわくわくしない?
私の思いが通じたように、クラス中から七夕カフェに手が上がった。LHRの後の、瀬那のこぼれるばかりの笑顔を、今でもハッキリ覚えている。その時は、美羽音も本当に嬉しそうだった。
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