天の川に願いごとを 4

 いよいよ明日から文化祭が始まる。今日は一段とクラスの人と顔を合わせて準備だと思うと、気が重くなる。美羽音の担当割り振りが片付け係なのはどうしてなのだろう、と、そればっかりが頭の中がいっぱいになっている。

 そのせいか教室に入った時、腕組みをして険しい顔をしている渡會さんにおはよう、と言われただけで、危うく飛び退いてしまった。

「アイカそれ以上動かないで!」

 叫ぶ美羽音の言うとおり、片足1本立ちでふんばっていると、美羽音は後ろからいくつか荷物を引き抜いた。もう大丈夫、と言われて全身の力が抜ける。美羽音は肩にカバンをかけて、黒いギターケースを大事そうに抱えていた。

「ああ、だからそんなところに置いといたら危ないって言ったのに」

 岡村さんにまであきれられて、ごめんなさい、と謝る。私は、危うく荷物やギターケースを踏みつけるところだった。空手部で体幹を鍛えておいてよかった、とつくづく思う。

「とりあえず、安全な場所に移しておこう」

 ちょうど近くに机が2つ並べられていたところがあったので、美羽音はその机の上にギターケースを乗っけて、カバンを荷物置き場に下ろした。作業場所が減ってしまうけれど、大事な楽器を壊すよりは遙かにいい。

 直後に、「おはようございます」と千弦が登校してきた。

「あ、おはよ」

「何かあったのですか」

「いや、ドジっちゃって、危うくギター壊すところだったよ」

 千弦は、机に載せられたギターを一目見て、「よそ見でもしていたのですか」と言った。

「今、移動させたんだよ。川島さんが来たときにはその辺の床に転がってたから」

 岡村さんの言葉に、千弦は眉をつり上げた。

「持ち主は?」

 クラスの面々が顔を合わせて、「鈴鹿すずしかさんしかいなくない?」と首をかしげていた。考えてみたら、1年F組の中で学校にギターを持ってきそうなのは軽音楽部の瀬那くらいしかいないわけだけれど。

「瀬那がギターをこんなところに置いて遠くに行くとは思えないけど」

 美羽音が心配そうに、教室中を見回す。

「もう少しで朝の出席を取るだろうから、その時に言えばいいんじゃない」と田代さんは離れていった。

 事故が目の前で起こりかけたというのに、渡會さんは相変わらず笹を茂らせた壁を見上げていた。

「渡會さん?」

 隣に並んで上を見ると、紫色の短冊が飾られていた。

【ギターソロ弾けるようになりたい】

 願い事も丸みを帯びた筆跡も瀬那っぽい。おそらく、瀬那が書いたものだろう。私が部活に行った後、もしくは今朝早く教室に来て願い事を書いていったのだろうか。

 よくよく眺めてみると、昨日部活に行く前よりは少し豪勢になっている。壁際に机が寄せられているところを見ると、放課後残ったメンバーで飾り付けしたのだろうか。なんというか、1つ1つの飾りの色彩が鮮やかになって、スッキリしたような――見覚えのある黄色い短冊が目に入る。

 目に入る?

 脚立に上って確認すると、見えていた短冊は【テストでいい点取れますように】だった。

 千弦を呼んで、例の短冊を指さした。

「昨日さ、私、あの辺に千弦の短冊を飾ったよね?」

「正確な場所は覚えていませんが」

 千弦は言いかけて、私の短冊の真下にあった机をどかしてしゃがみこんだ。眺めている辺りには、壁と床しか見えない。

「どこかに吹き飛んじゃったのかな」

 腕組みをして上を眺めていた渡會さんの目が、やっと私たちと合う。

「やっぱりおかしいよね」

 腕組みを解いた渡會さんも、近くの机に上って短冊を探す。その後3人で机を動かしながら丹念に床を探してみたけれど、近辺に短冊は落ちていないようだった。

「どうしたの?」と他のクラスメイトたちも集まってきて、千弦や渡會さんが書いた短冊がないことを話す。やがて、教室のあちこちで自分の短冊を探し始める。何人かが、ない、という声を上げた。

 みんな揃ってるかい、と織田先生が教室に入ってきて、生徒たちがわっとかけよる。

「先生! 短冊がありません」

「短冊? どんな?」

 クラスメイトたちは自分が短冊を飾ったあたりを指さして説明しているが、織田先生は一旦、私たちに近くに座るよう指示した。

「短冊のことは、連絡事項が終わった後で聞こう。

 まず、出席を取るからね」

 織田先生が人数を数え始めると、数人がバタバタを教室に入ってきて、また数え直す。最終的に、40、とつぶやいて不思議そうな顔をする。1年F組は41人。欠席でもいるのかな、とクラスメイトの顔を見回していると、織田先生はすぐに、ああ、鈴鹿か、と1人うなずいていた。

 鈴鹿って――。

「先生!」

 真っ青な顔をして、美羽音が手を挙げる。私の疑問も代弁するように、「瀬那、鈴鹿瀬那さんは?」と聞いた。

「先に言おうとしたんだけど、鈴鹿さんは保健室で休んでいるよ。

 熱中症みたいだから、半日くらいは休ませてください。連絡したり様子を見に行ったりするのも、お昼ぐらいまで我慢して。

 もちろん、みなさんも作業の途中で休憩を入れたり水分補給したりしてください。明日の文化祭で倒れたりしたら大変だからね」

 瀬那が熱中症。開いた口が塞がらなくて、連絡事項など頭に入ってこなかった。この梅雨の合間の蒸し暑さに注意してください、とはいわれていたけれど、まさかとは思っていた。

 昨日はろくに顔も見ていなかったけれど、そんなに大変なことになっていたなんて。

「最後に、昨日飾ったはずの短冊がなくなっているということですが、まず、教室一帯を探してみてください。もしかしたら教室のドアを開けっぱなしにしていて、夜に落ちたものが廊下へ飛んでいってしまったのかも。

 作業の前に、軽く捜索してみてください。部活等の用事がある人は行っていいよ」

 みんな驚きを隠せない様子だったけれど、織田先生に呼び出された渡會さんと武藤さん以外はすぐにあたりを見回し始めていた。

「気持ちはわかるけど、仕事仕事。川島さん、短冊をかけたあたりをもう一度見てみてよ」

 田代さんに肩をたたかれて、しぶしぶ上履きを脱いで近くの机に上る。私と美羽音の分の短冊が飾られたあたりを中心に、笹に飾られた飾りをかき分けて1つずつ見ていく。

「ちょっといい?」

 下の方で声がしたので覗くと、武藤さんが近くでしゃがんでいた美羽音に話しかけているところだった。

「どうしたの?」

 私が声をかけると、合流した渡會さんに「仕事してくれる?」と一蹴された。

 武藤さんが「織田先生に呼び出されてね」と言うと、2人は美羽音を教室から連れ出した。

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