天の川に願いごとを 3
結局工作系は役に立たない私は、買い出しの荷物運びだったり、飾りつけの高所作業だったり、レイアウト決めの机運びだったりに精を出して時間が過ぎていく。
お昼休憩直後に、
「サクラとして、1人1枚、願いごとを書いてください。基本的に何でもオッケーだけど、常識の範囲内でお願いします。お客さんに見られる前提で願いごとを書いてください。名前を書くかは自由です」
武藤さんの前にはあっという間に行列ができて、私たちが作った短冊が配られていった。ピンクか水色がよかったけれど、私は黄色を渡された。
何を書くか悩んでいると、隣で美羽音はサラサラとシャーペンを動かしていく。定期テスト以上に周りのスピードに驚いてしまって、うんうん唸っているうちに、【テストでいい点取れますように】と書いてしまった。
書き上がった短冊は自由に飾り付けしていいらしい。渡會さんから脚立を借りて、自分の短冊と美羽音のものと並べて笹に飾った。
【お茶会を成功させたい】
美羽音の願い事を見ると、私ももうちょっとマシな願いごとあったでしょ、と悔やんだ。隣の水色の短冊と薄緑の短冊は、文化祭成功、と書かれている。1人だけ子供っぽいなあ、とため息をついていると、アイカ、手が空いてたらこれ飾って、と新しい短冊が渡される。薄緑の短冊には丁寧な字で、【無病息災】と書かれていた。
「渋っ」
思わずつぶやくと、無言の圧力を感じたので、さっさと脚立に上って笹にかける。下りてくると、視線の主が待っていた。
「これ以上、願い事もありませんでしたので」
敬語じゃなくていいでしょ、とツッコむことすらできないくらい、千弦が真っ黒な目でガン見してくる。ははっ、健康第一かー、いいねーと笑ってみた。繕った笑みを見透かされているのか、ニコリともしないので、ごめんよう、と謝った。
「本気でお願いしたところで、叶うわけでもありませんから」
あまりに身も蓋もないことを言い出すものだからヒヤッとしたけれど、気にしている様子の人はいなかった。
無言で私の短冊を隠すように笹につるすと、千弦が田代さんに声をかけられていた。近くに行くと、シフトを入れてほしい、と頼まれた。
シフトの表を眺めていると、美羽音と千弦が指を指した。
「こことここは茶道部に行かなきゃならなくて」
「私も合唱部のステージがあります」
美羽音のお茶会は体験してみたいし、千弦の合唱は絶対聞かなきゃいけない。2人のところに行くには、クラスのシフトは外してもらいたい。
「リモンで流したから、明日の午前中までに入れてね。
なる早でよろしく」
田代さんに頼まれた直後に、千弦は文化祭のしおりを片手に、もうスマホを操作していた。
「早っ」
「出ないわけにはいきませんし」
千弦は無情にも、部活にいきます、と荷物を持って行ってしまった。
「美羽音、私たちも入れないと」
「でもまず、瀬那に聞かないと」
そうだ、瀬那のことを忘れていた。朝の集まりで会ったきり、今日は教室で見かけていない。
慌ててリモンでメッセージを送ろうとすると、すでに美羽音が「リモンした」と言って、「ごめん、時間だから」部活の方に行ってしまった。
「あーあ、もう半分になっちゃったじゃん」
「どうしたの急に」
「だって全然終わらないんだもん。文化部のやつら部活に行ってサボってんでしょ」
「そんなことないでしょ」
戸部さんは私の肩をつかんできて、ゴミ袋を押しつけてきた。仕方なくゴミ袋を受け取る。
「家庭科部とか科学部とか全然いないじゃん」
「まあ、そうだけどさ。
でも、ちゃんとできる仕事はしてもらってるわけだし、部活だって準備が必要なんだし」
確か、家庭科部はお菓子とハンドメイドの販売、科学部はプラネタリウムと、文化祭のしおりに書いてあった気がする。
「うちらだってもっと練習時間とってくれたっていいのに」
目の前では吹奏楽部の人たちがあくせく働いている。
「吹奏楽部もごくろうさまです」
紙くずをゴミ袋に投げ入れると、戸部さんは唇をとがらせた。
「だいたい書道部とかは前々からモノは用意できてるわけでしょ?
展示でそんなに時間かかる?」
「……やったことないからわかんないけど」
戸部さんの愚痴を聞いているうちに瀬那からの返事が来て、出られない時間が書かれていた。
”1日目の13時から14時は空けておいてほしい”
このメッセージの直後に、頼み事をするようなスタンプが送られてくる。あれ、と思ったけれど、瀬那の言うとおりの時間と、自分たちが出られない時間以外に丸をつけておいた。
空手部の練習に行く間際、田代さんに声をかけられた。
「川島さん、もしかしたら短冊係になっちゃうかもだけど、いい?」
お客さんに書いてもらった短冊を吊す係のようだ。二つ返事でいいよ、と答えると、よかった、と田代さんに安堵される。
「なるべく男子にやってもらおうと思ったけど、今の感じだと女子しかいないところがあってね。川島さん、さっきも短冊吊してたし、できるかなって。
当日もそのハーパンってわけにはいかないから、黒ズボン、持ってるよね?」
下を見ると、学校指定ジャージとおそろいのハーフパンツが目に入る。
「探せばあるはず」
よろしく、と手を振られて、教室を出る。
「ここに白崎さんと中丸さんをホールで入れよう」
「家庭科部だし大丈夫だよね」
「そうすれば菊池さんは片付けとゴミ係にできるから――」
小さい声だったけれど、壁越しの会話が耳に入ってしまって、廊下の真ん中で立ち止まる。振り向きたいけど戻れない。
美羽音だったらお金係やウエイトレスなど、何でもできるはずだ。蔑むわけじゃないけれど片付け係って……。
勇気を振り絞って、戸口から顔を出す。
「あの――」
渡會さんと武藤さんが何かの打ち合わせをしているところだった。
「何?」
「あ、いや、また明日!」
私はさっと身を引いて、廊下を駆けていく。また、逃げてしまった。まだしこりが残ってるのか、美羽音の能力を買った上での担当割り振りなのかも聞けずに。
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