天の川に願いごとを 11

 本当に知らない私に呆れかえった武藤さんが、けだるげに説明を始めた。

「七夕の由来や風習、カフェのメニュー説明なんかをまとめた冊子を作ってもらってたの。期限に間に合わなかったり、ボツになったりしてもいいって本人の了承を得て、作ってもらってたの。できなかった場合は混乱を招くから、みんなには黙ってたけど」

「瀬那が、そんな大層なものを」

 文化祭期間中、顔を出さないとは思っていたけれど、きっと忙しい軽音楽部の合間を縫って、1人でその冊子を作ってたんだ。自分の発案の企画だから頑張りたいと言っていたから、1人で頑張りすぎたのかもしれない。その疲れが出て、熱中症になっちゃったのだ。

 ああ、なんて間抜けなんだ私は。連絡の1つくらい入れて、手伝いに行けばよかったものを。

「今日の朝が締め切りだったから先生に相談したのよ。

 手伝いを頼むとしたら菊池さんだろうから聞いてみたんだけど、彼女も知らなかったくらいだから、本当に1人で作っていたのね。

 こちらとしては、なければないでいいんだけど」

「……なければないでいい?」

 瀬那が倒れるまで頑張って作ってた冊子を? クラスのためになればと一生懸命作っていたものを?

 私は精一杯にらみ返した。

「どういう意味?」

「いる? 席に置いておくと回転率悪くなりそうだし、さすがに文化祭のカフェで行列ができたりしないだろうし」

「あー、それはある」

 田代さんたちがうんうんうなずいているので、彼女たちにも気分が悪くなった。

「でも、織田先生からは、せっかくやるなら七夕の起源とかメニューとの結びつきがわかるようにするべきだって言われたんだよね。七夕飾りだけしても、それは飾りがあるだけのカフェだからって」

「なるほど」

 千弦がなぜかうなずいたので、どうして? と聞いた。

「モチーフが七夕というのは伝わりますが……」

 千弦は言葉を濁した。

 教室はこれだけ笹が生い茂っていて、メニューも七夕に寄せたもの、テーブルクロスは百均で買ったモノトーンの星柄、クラスTシャツは天の川をイメージ。精一杯頑張ったのはうかがえる。

「不十分?」

「七夕というアイデアが一人歩きしているように思えます。

 せめて七夕の由来がわかる説明を用意して、メニューとの結びつきくらいはほしいですかね。どうしてこのカフェが七夕を名乗るにいたったのか」

 千弦は、教室の笹飾りを見上げた。2人で作業していた時に、千弦は織田先生から目をかけられていたのを思い出す。1年F組の中で一番七夕のことを知っていて、動いてくれるのを期待していたのかもしれない。

「今、メニュー表とかって、どうなってるの?」

 白崎さんと中丸さんが、メニュー看板を見せてくれた。段ボールでできているはずなのに、おしゃれなカフェのメニュー看板の雰囲気が出ている。描いたスイーツのイラストを見ていると、どれも食べてみたくなる。

 メニュー名はというと、わかりやすいのが一番。とはいえ、メニュー名自体はシンプルにお菓子の名前そのものなのもあって、チュロス、ゼリー、まんじゅう、お団子、とスイーツが並ぶ。お客さんが、どうして七夕? と疑問に思うのもわかる気がした。

「鈴鹿さんが熱中症で倒れたっていうから、織田先生から事情を聞かれていたの。冊子を1人で作らせていたの、さすがに怒られたけどね。だから、菊池さんなら作業状況を知ってるかな、と思って聞きたかっただけなんだけど。あと1日しかないのに、1から作んなきゃならないのはやばすぎでしょ。

 それでなくても、今日はお菓子やジュースが届くからそれを売れる状態にしたりとかしなきゃならないし、お客さん対応の練習だってしなきゃいけないのに」

 武藤さんはふくれっ面で、時計を見上げた。瀬那を半日休ませるとなると、時間が足りない、というのもわかる。

「もうさ、ぶっちゃけ短冊は書き直せばよくない?」

「はあっ?」

 飯田が、今度は武藤さんに食ってかかる。2人の間でにらみ合いが続いた。私が仲裁に入る。

「でも武藤さん、自分のがなくなった人は心配だと思うよ。ゴミ箱に捨てられていたりとかしても嫌だし。

 犯人捜しをする必要はないと思うけど、もうちょっと探してみてもいいかな?」

「私も同感。飾ってある短冊を勝手に取っていかれたのは気分が悪いと思う。あと30分くらいみんなで探して、なかったら書き直すとかでいいんじゃない?」

 田代さんが加勢してくれたので、武藤さんは、渋々うなずいた。

 短冊を書き直す手間やものの用意は微々たるものだ。でも、そんなに簡単に諦めていいものとも思えない。

「でも、これ以上どこを探すんだよ」

「教室の隅まで手分けして探し尽くしたし、ロッカーとかは開けられないようになってるし」

「後は個人の持ち物くらいしかないし……」

 クラスメイトたちが口々に不満をつぶやく。時間がないんでしょ、とクラスメイトたちが散らばっていく。この雰囲気に乗じて短冊探しが打ち切られかけそうになる。私だけでも探さなきゃ。でも、どこを?

 私がまごついている間に、白崎さんと中丸さんが壁際に寄せられた机の1つを傾けて引き出しをのぞき込んだ。

「もしかしたらと思ったけど」

「ないね」

 意外にも盲点だった机の中を、田代さんたちも手分けして見ている。

 千弦は、教室の前のほうに並べられた机に向かっていった。白崎さんたちのように机の引き出しを見るのかと思いきや、机の上に乗っている菓子箱を開けた。

 その中にはないでしょ、と言おうとして箱の中をのぞくと、4色の短冊が入っていた。ピンク、水色、黄色、そして紫。

「え?」

 他の色に比べて半分くらいだけれど、紫の短冊が束になるくらいに用意されている。昨日の午後の時点では紫の短冊は用意されていなかったはずだ。誰が作ったのだろう。

 そしてその代わりに、薄緑の短冊が消えている。

「あれ、緑の短冊は?」

 どこかに放置されているということもない。まさか使い切ったのか。私は笹飾りを見上げた。

「どこにも入ってないね」

 あちこちでふたを開ける音がする。クラスメイトたちが手分けして道具入れや缶などの入れ物を開けて、中を見てくれたらしい。

「ない」

 え? と田代さんたちが聞き返してくる。

「緑の短冊が1枚もない」

 脚立を上って笹の間をかき分ける。手の届く範囲を探してみたけれど、緑の短冊は1枚も見当たらない。

「本当ですか」と、千弦が聞いてくる。笹飾りを見上げていた渡會さんとも、目が合った。

 千弦の言う通り、なくなった短冊には、ちゃんと共通点があった。千弦の短冊は薄緑。おそらく渡會さんの短冊というのも、あのとき飾り付けていた薄緑の短冊。

 疑う飯田に脚立を貸して、考え込む千弦のそばに駆け寄る。

「緑の短冊はどこ行っちゃったんだろう」

「みなさんがあれだけ探してもないというなら、誰かが隠し持っているか、もう教室にはないかのどちらかでしょう」

 クラスメイトたちも、突然現れた紫の短冊の束をのぞき込んではただただ困惑している。

 武藤さんが盛大なため息をついた。

「どうしてわざわざ作った緑の短冊から紫に差し替えるわけ? 色なんて気にする人もいないだろうし、わざわざお金かけてまで――」

「いえ、大いに関係あります」

 千弦はスマートフォンを操作して、とあるウェブサイトを見せた。

「元々短冊は青、赤、黄、白、紫の5色ありまして、それぞれ意味があります。願い事に合わせた色の短冊に書くことで、願い事が叶いやすくなるそうです。

 このうち紫は学業向上ですから、技術の向上を願う鈴鹿さんの願いごとは紫の短冊に書くべきでしょう」

 瀬那は七夕にまつわるカフェの冊子を作っていた。当然、七夕の由来や作法なんかも調べていただろうけれど。

「わざわざ瀬那はそのために紫の用紙を買って、願いごとを書いたっていうこと?」

「になりますね」

 千弦が淡々としゃべるほど、瀬那が1人で抱えこんでいたものの重さを突きつけられる。

「じゃあ、短冊を外したのは鈴鹿さんってこと?

 緑じゃ七夕本来の風習に合わないから、緑の短冊を取った。しかし、熱中症になり、私たちへの説明ができなくなった、と」

 渡會さんがまとめる。それを聞いたクラスメイトたちは、短冊を探すのをやめ、おしゃべりを始めたり座り込んだりしていた。中には白崎さんと中丸さんのように部活に行くと言って、教室を出て行く生徒もいる。

 今のところはそうですね、と千弦は簡単に言ってのける。

「ですが」

 千弦は、私の顔をのぞき込んだ。

「あなたでも菊池さんでもないとするなら、鈴鹿さんは誰を頼ったのでしょうか」

 引き戸の音が止まる。クラス中が息をのんで私たちを凝視していた。

「それは……わからないよ」

 瀬那の行動を逐一確認しているわけでもないし、一番の友達だからといって何でも知っているわけじゃない。だからこんなことになってしまったのだ。

「冊子を誰かが一緒に作っていたってことよね?」

 詰め寄る渡會さんに、千弦は「ええ」とうなずく。

「1人で行える作業量を超えていますし、不可解な点があります」

 私は顔をあげた。

「不可解?」

 聞き返すと、千弦の目線は、引き戸を開けて手を止めていた白崎さんと中丸さんに向いていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る