天の川に願いごとを 10
美羽音の無実を証明すると啖呵を切った千弦は、まず教室中を見回して、クラスメイトの数を数えた。
「姿が見えないのは、菊池さんと鈴鹿さんを除くと、
「みんな部活だね。蒔田ちゃん、寺内、高野っち、戸部さんは吹奏楽、長谷ちゃんは書道、柴田と吉山が科学部」
田代さんが補足してくれる。
スマホの着信があったので見ると、電話だったので断りを入れて教室から出た。
「もしもし?」
”柴田と吉山が長谷といちゃついてるから電話してやった”
「そんなこと報告しなくていいから。こっちは大変なことになってるんだよ」
”大変なこと?”
電話の主は、戸部さんだった。クラスの準備にあまり見かけない3人にいらついて私に当たってきたのだろう。何人かが書いた短冊がなくなっていること、なぜか美羽音が疑われていることを話すと、ふーん、と流された。
「ふーん、って」
”気に入らないやつをもぎとっただけじゃないの。嫌なやつとか”
「でも、名前書いている人ほとんどいなかったよ」
”まあそうか。そもそもあのちっこい短冊を上の方に飾るんだ、デカデカと文字が書かれてない限り、何書いてあるかなんて見えないもんね”
じゃ、と一方的に電話が切られる。全く、あの日からずいぶん勝手だなあ。
教室に戻ると、短冊がなくなった人から、「甲子園だめかあ」とか、「新しい時計欲しかったんだけどな」とか、「一億当たりますようにじゃだめだったか」などと不満を垂らしていた。宝くじだったら買えないはずなんだけど。
改めて笹に吊された短冊を見上げてみても、色なら判別できるが、ほとんど文字は読み取れない。自分が書いて吊したものならともかく、短冊を間近で見ないと願い事や誰が書いたかはわからないのだから、特定の人や願い事ではないのでは、ということを伝えた。
千弦からは、短冊がなくなったのは8人いたと聞いた。
「まず、みなさんはどこに下げたのでしょう」
「俺は、あのあたりだ」
飯田が窓側のど真ん中を指さす。それぞれ指を指してもらうと、みんなてんでバラバラな方向を指さした。
「千弦のは結構ちゃんと下げたはずなのになあ」
千弦の短冊があったあたりを見上げる。前の扉の近くだが、奥まで通したはずなので自然に落ちるとはまさか思わなかった。
「私も一番に飾ったはずなのにね」
渡會さんがつぶやく。そういえば、一番に短冊に願い事を書いた私たちが短冊をもらう時には、渡會さんは、笹に短冊を吊り下げていた。どう考えてもベストポジションに下がっているはずだ。
「じゃあ、飾り付けした人も関係ないのね」と田代さんがうなずく。周りがうんうんうなずいている辺り、特定の人が飾ったものがなくなっている、というわけでもなさそうだ。飾り付けした身としては、一安心した。
「ところで」
千弦は飯田の方を向いた。
「菊池さんが短冊を取り外したのだとしたら、いつ、どのように取り外したとお考えなのでしょうか」
指名された飯田は、「そりゃあ、朝早く来て、どっかに上って取ったんだろうよ」と、私が使っていた脚立を指さした。
「昨日最後まで残ってたのは私たちで、教室の中が1人になることはなかった。巡回に来た織田先生が確認しているはずだし」
渡會さんが言うと、何人かの女子がうなずいていた。
「では、飯田さん、もう少し詳しく。できれば実際にやってみていただければと」
唇がひん曲がっていて嫌そうなそぶりを見せたが、クラスのみんなの視線を感じて観念したのか、飯田はおとなしく脚立に上りだした。1つ短冊を取ると、辺りを見回すようなそぶりを見せたが、短冊のヒモを持ちながら恐る恐る脚立の支えを握りしめて、下りてきた。
「つまり、菊池さんは1人で脚立に上って短冊を笹から外し、短冊を指なりにかけて脚立を下りたということですね。バランスを崩さぬよう1回1回慎重に」
「短冊を地面に落としてから下りた可能性だってあるだろ! さすがにこの状況じゃやらないけどさ」
飯田の訴えをさらりとかわして、千弦は、武藤さんを呼びつけた。
「机に上ってみてください」
武藤さんは顎で使われるのをよしとは思わないだろうが、文句も言わずに上履きを脱いで、机の上に立った。
「ほいよ」
「短冊に手は届きますか」
武藤さんが少しかかとを上げて短冊に手を伸ばす。一番上に飾られたものでも、つかむことくらいならできそうだ。千弦は武藤さんにお礼を言って、脚立から下りてもらった。
「飯田さんに取り外す手順を行ってもらいましたが、あの通り、笹に飾られた短冊を取り外すためには、一回ずつ脚立に上るか、あのように壁際に並べられた机の上を上り下りしなくてはなりません。少なくとも9枚の短冊が外されているのですから、9回は上り下りがあったはずです。
このように無作為に短冊を外すというのは、口で言うほど容易なことではありません。ましてや、武藤さんと同じくらいの身長の菊池さんが。おそらく時間もかかるでしょう」
「……確かに」
「これ巡回の先生が来たり、他の誰かが登校してきたらアウトじゃない?」
田代さんたちが口々に言うと、賛同するような声がちらほら聞こえてきた。険しい表情のままのクラスメイトもいたけれど、多くの人は冷静になってうなずいている。実際にやってみることで、美羽音を疑ったのが短絡過ぎたと気づいたようだ。完全に疑いが晴れたわけじゃないけれど、短冊を外された怒りや悲しみがクラスから薄らいでいくのがわかった。
「短冊を1人でどうしても取り外さなければならない特別な理由がない限りは、彼女が短冊から笹を外すようなことはしないのではないでしょうか」
「もう美羽音じゃない、でよくない?」
千弦に小声でささやくと、冷たすぎるまなざしを向けてきた。
「あなたは考えないのですか。外された短冊の意味を」
「え」
「嫌がらせで短冊を外したのだとすれば、笹から無理矢理引きちぎったり、とある1画だけから短冊を外したりしてもいいわけです。ですが、外された短冊の位置はバラバラ。労力に対して釣り合いません。
おそらく外された短冊には、何か共通点があったはずです」
「あの」
岡村さんがすっと手を挙げた。
「何でしょう?」
「これ、間引きした可能性はない?
すごく密集しているところから短冊を取って、後から別のところに下げようとしたとか、お客さんが下げる場所がなくなりそうだからちょっと取っちゃったとか」
「そもそも勝手に作業しないでほしいのだけれど」
渡會さんが手厳しい意見を述べた。
「私が来たときに作業している人は誰もいなかったから、作業途中というわけではないはず。後で別の場所に下げようだなんて考えていなかったってことでしょ。誰かに聞くつもりだったとしても、川島さんのギター騒ぎの前にでも声をかければここまでの大騒ぎにならなかった。
それから、短冊を40枚下げた程度で間引きしなきゃいけないのなら、2日分の短冊を吊せなくない?」
渡會さんの言い分も、理にかなっている。壁いっぱいに笹を用意したのはお客さんに短冊を飾ってもらうため。いくらなんでも40枚飾って間引きしなきゃいけないのなら準備不足だ。
岡村さんはしゅんと小さく縮こまって、ですよね、とうなずいた。
「何より、あの紫の短冊は何なの」
渡會さんが、【ギターソロ弾けるようになりたい】と書かれた短冊を指さす。
「そういえば、瀬那は今朝教室に来たってこと?」
渡會さんがこっちを睨む。
「やっぱり、あれ、鈴鹿さんが書いたのかしら。書いてもらってないのたぶん彼女だけだし」
実際に短冊を書いたり飾ったりしたところを見たわけではないけれど、あの文字は絶対に瀬那のだ。
「でも、あの色の用紙を用意した覚えはないんだけど。
誰か見覚えある?」
武藤さんに聞かれて、ない、と答える。私も一応作った人だけれど、用意したのは、ピンク、水色、黄色、薄緑の4色で、紫の用紙があった記憶がない。千弦も「見覚えありません」と答える。
「っていうか、あれってコピー用紙を切ったものでしょ? 紫ってわざわざ買わないとないんじゃない?
まさか鈴鹿さん、自腹で買ったの?」
田代さんの指摘で、武藤さんと渡會さんの顔が青ざめる。
「もうっ!」
「あの子勝手なことばかりして!」
一瞬で怒りにまみれた2人に、落ち着いて、となだめる。
「さすがにこれ以上好き勝手させるわけにはいかない」
「へ?」
急に2人は、ずかずか歩き出す。
「ちょっと待って、どこ行くの?」
「決まってるでしょ、鈴鹿さんのところ」
武藤さんが吐き捨てるように言った。
「私たち、あの子に聞きたいことが山ほどあるの。午後になってからじゃ間に合わない。あの短冊に使ってるコピー用紙もだけど、作るって言い出した冊子だってまだ受け取ってない」
そう言い残して教室を出て行こうとする2人に「待って!」と叫んだ。
「瀬那が作ってるっていう、その、冊子って何?」
2人はぐるりとこちらを向いた。
「あなたたち、本当に何も聞いてないのね!」
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