天の川に願いごとを 12

 千弦は、教室中を見回した。

「今朝、菊池さんは鈴鹿さんに会っていないと言います。おそらく、その時点では保健室に運ばれていたのでしょう。それどころか、鈴鹿さんが熱中症になったことすら知りませんでした。

 不自然だと思いませんか」

 朝の美羽音の反応からして、瀬那が熱中症になったことを知ったのは、そのときだと思う。

「不自然?」

「仮定としては、鈴鹿さんは緑の短冊から紫の短冊に入れ替え、短冊に願いごとを書き、脚立を上り下りして笹に吊るし、さらに緑の短冊を10枚くらい外すために脚立を上り下りしています。鈴鹿さんが勝手にここまで進めるような人物かどうかはこの際、置いておきましょう。

 しかしながら、教室に入ってくるあなたがつまずきそうなところにギターを置いて作業するでしょうか? 教室の前方などにはいくらでも机が並んでいるというのに」

 今朝の痛い失敗を突かれる。でも、考えてみると私が危うく踏みつけそうになったのだから、ギターを床に置くのは危険だろう。何万もするだろうし。

「さらに、問題はその後です。鈴鹿さんは熱中症になりました。救急車を呼ぶほどではなかったのでしょう、結論としては保健室で休むことになります。

 ですが、鈴鹿さんは果たして保健室に行くという判断を下すものでしょうか」

「なるんじゃない?」と主張しだす岡村さんに、「いやいや」と首を振った。

「瀬那は限界ギリギリまで頑張りすぎる人だから、保健室に行くレベルだったら自分で動けないよ」

「教室にいるならその辺の椅子に座って休むという選択肢もあるんじゃない? 朝早くから、保健室が開いている保証もないのだから」

 口を挟んだ渡會さんの意見の方が、瀬那の取りそうな行動だ。

「ですので、鈴鹿さんを保健室へ連れて行った人がいると考えられます。そして、それは一番に来た菊池さんではない」

 千弦は、まっすぐ白崎さんと中丸さんを見つめた。スマホを眺めていた2人は、みんなの視線に気づくと顔を上げた。

「何」

「あなた方は菊池さんが一番に教室に来た、といいましたが、それは本当なのでしょうか」

「疑ってるの?」

 白崎さんと中丸さんは、顔をゆがめた。

「菊池さんは、教室に来たときにはすでに鈴鹿さんの荷物があったと言っています。つまり、一番に来たのは鈴鹿さんです」

「荷物が誰のかなんて気にしてなかったよ」

「あんなに目立つギターケースが教室に置かれていても、ですか?」

 指摘されて、白崎さんと中丸さんは、あっ、と口を開けた。

 千弦は教室中を見回した。

「どうして誰も鈴鹿さんの方が早く教室に来ていたはずだ、と訂正しなかったのでしょうか。みなさんは、朝一番に来た人物、ということで菊池さんを疑ったのでしょう? その時点で鈴鹿さんの荷物があったことを言えば、菊池さんが無実の罪に問われることもなかったはずです」

 千弦が聞いても、誰も答えようとしなかった。

「私は」

 口を開くと、千弦がこちらを向いた。

「いくら自分が作った冊子の内容と食い違うからって、瀬那が勝手にみんなが書いた短冊を外すとは思えない。もちろん、美羽音が外したとも思えない。茶道部のお茶会のために、クラスのほうの妨害をするなんてありえないもん。

 でも、今朝は誰が一番に来たのかって質問には、私は答えられない。私が来たときには教室には何人か、もちろん美羽音もいて、瀬那のギターケースも置いてあった。ただ、それだけ」

 言い訳がましく、みっともなく理由を述べる。一生懸命作ってきた冊子の内容とかけ離れていたのなら、相談してくれればよかったのに。たった1日しかなくても、短冊を作り直すくらいならできたはずだ。

「そうでしょう」とだけ千弦は言った。

「この質問に対して正確に答えられるのは、2番目に来た人物だけですから」

 はっと、顔を上げた。自分より早く来た人が誰か、なら、そのとき教室にいた人の名前を挙げられる。しかし、白崎さんは真っ先に美羽音の名前を挙げた。中丸さんも訂正しなかった。でも、その時教室には、美羽音がいて、瀬那のギターケースもあったはずだ。

 千弦は、白崎さんと中丸さんのほうに歩み寄った。

「菊池さんからどちらが一番に来たか聞いたわけでもありませんよね」

 美羽音は瀬那の荷物が置いてあるのを知っていたのだから。

「あなた方は意図的に、菊池さんを短冊を外した人物に仕立て上げようとしたのではありませんか」

 千弦がドスを利かせた声で、2人に問いかける。

「何でそんなこと」

「鈴鹿さんと自分たちに火の粉が降りかからないようにするためです。鈴鹿さんが短冊を外した人物と疑われないようにするために」

 後ずさりする2人の目と鼻の先で、千弦は立ち止まった。

「家庭科部ではお菓子を売りますよね」

「……千弦!」

 それじゃ美羽音を疑ったクラスメイトたちと同じじゃないか。

「だから?」

「嫌がらせしようとしたって言いたいわけ?」

 必死に弁明する2人に、「企画段階ではクッキーやマドレーヌといった案もありました」と千弦は詰め寄る。

「マドレーヌ、いいと思ったんですけどね。針山に似てますし」

 ……ん?

「まあ、星の形に似た金平糖が採用されましたし、小麦粉でできたお菓子の中ではチュロスの方が中国の七夕で食べられる索餅さくべいに近いと思いますので、別にいいのですが」

「ちょっと待って、何の話?」

 止めに入ろうとした手前で、脈絡のない話が差し込まれたのでどうしていいかわからなくなった。

「冊子の話です」

「今、完全にカフェメニューの話してたよね?」

 あともう1つお団子に手を挙げていた覚えがあるけど、それは? 自分が食べたかっただけ?

「それから、手芸作品も販売しますよね。七夕は元々、針仕事の上達を願う行事だったとか」

 2人の顔がすっと青ざめる。千弦は、白崎さんと中丸さんの真正面に立った。

「私はあなたたちが熱中症にかかった鈴鹿さんを介抱し、短冊を外したと考えています。

 もしあなた方がメニュー決めの際に、メニュー被りなど家庭科部にとって不都合が生じても声を上げず、反対の表明のために短冊を外し、その上で同じ境遇の菊池さんに罪をなすりつけたのだとしたら、あなた方を許すわけにはいきません。短冊を外された者として、謝罪を要求します。

 でももし、あなたたちと鈴鹿さんの汗と成果と日々のたゆまぬ研鑽の結晶を守るために短冊を外し、やむなく菊池さんに汚名を被ってもらう決断を下した、ということなら、事実をすべて話していただけるという条件で、話だけなら聞きましょう。

 あなたたちの時間を削って作った冊子と、おそらく用意してある白の短冊を、無駄にはしたくないでしょう?」

 白崎さんと中丸さんは、千弦の話をすべて聞くと、砂のように崩れていった。中丸さんが、断りを入れてスマホを操作する。白崎さんのスマホと、岡村さんのスマホに着信音が鳴った。注目の的になった岡村さんが駆け寄ってくる。

「ごめん、さすがにうちらだけで責任を負うのは無理だわ」

 岡村さんは膝を落とした。

「ちょっと待ってて、星野さん。メッセージは確認してるみたいだから、すぐに集まると思う」

「1つ訂正させて。今日は本当に鈴鹿さんは教室には来てないよ」

 白崎さんの方を思わず向く。

「どういうこと?」

「鈴鹿さんは、昇降口に入ってきたあたりですでに具合が悪そうだった。教室に来るのもしんどそうだった。だから荷物だけ教室に運んで、本人を保健室に連れて行ったの。短冊は前日に書いてもらって預かってたのを吊り下げた」

「それなら辻褄が合いますね」

 千弦はうんうんうなずく。

「ねえ、聞いていい?」

 2人の前にしゃがみこんだ。

「白崎さんも中丸さんも、瀬那と一緒に冊子を作っていたんだよね。

 私にも美羽音にも瀬那は冊子作りのことを言わなかったのに、どういう経緯で2人が手伝うことになったの?」

「メンバーは家庭科部、箏曲部、それから書道部といったところですか?」

「あと科学部も。プラネタやるから」

 千弦が指折り数えたところで、白崎さんが補足する。そうですか、と千弦は1人でうなずいていた。

「どういうこと?」

「保健室に鈴鹿さんのカバンを持って行って、できあがった冊子だけ取り出してもらうよう、頼んでもらえますか。

 おそらくその冊子を見れば、すべてわかると思いますから」

 千弦の頼み事に、了解、と瀬那のカバンを持って保健室に急いだ。

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