特別な2人組 9

 星野さんはたぶん、他のクラスに行ってお昼を食べるような人じゃない。手始めに非常階段を回ってみようとしたけれど、出入り口には鍵がかかっていたし、ガラス越しには姿は見えなかった。となると空き教室か。まさかトイレ? それだけはないと考えたい。

 合唱部だと言っていたので音楽室へ。本が好きそうなので図書室へ。美術室や家庭科室も見に行ったけれど、生徒の姿はなかった。私の焦りとは裏腹に、ポケットの中のスマホは通知を知らせる振動を続ける。

 ほかに何か手がかりはないだろうか。

 最後に、個人的に食事の場所としてはトイレの次に嫌な理科室の前の廊下を巡る。化学系の教室では飲食禁止と言われたよな、と通り過ぎようとすると、廊下にピポン、と電子音が鳴り響いた。

 廊下の先には、教室の前の椅子に座って手元を眺めている星野さんがいた。

「星野さん!」

 ピポン、とこだまする。私は星野さんの元に走って行った。私のことをぼうっと見上げる星野さんに、「まずそれ貸して」と手を伸ばす。スマホを借りると、クラスのルームも女子のルームもミュート設定にした。

 星野さんにスマホを返すと、「こんな機能があるんですね」とつぶやいていた。

「ごめん、星野さん。無理にリモン誘っちゃって」

「いえ。決めたのは私です」

 星野さんはスマホを眺め続ける。右手の人差し指がスマホの上をさまようように動いている。

 私は星野さんの手からスマホを取って「まずご飯食べよう」と詰め寄った。返信はそれからでいい。どうせこんな大量のメッセージ、昼休み中に返せない。

 スマホを奪われた星野さんは、自分のお弁当の袋と私のミニバッグを交互に見た。

「お昼」

「ん?」

「まだ食べてないんですか?」

 まあ、そうだけど、と答えると、星野さんから突然、持っていたお弁当の袋を突きつけられた。私が受け取ったのを確認すると、「ちょっと待っててください」と教室の引き戸を開けて中に入っていく。わけもわからずプレートを見上げていると、どうやらここは物理室の前らしい、ということが判明した。すぐに星野さんが座っていた木の椅子と同じものを持って現れた。自分が座っていた椅子の隣に並べると、どうぞ、と指し示した。

「いいの?」

「差し支えなければ。中では食べられるかわからないのでここで、ですけど」

 まあ、そうなんだろうけれど。

 星野さんはもうお弁当箱を広げている。誰も注意しにこないから、いいことにしよう。私もミニバッグからお弁当箱を取り出した。

 お昼の場所について聞いて怒らせたばかりの私に、お昼を一緒に食べようって、誘ってくるなんて変な感じだな、とも思いながら黙食すること15分。2人ともお弁当箱の中身が空っぽになったところで、星野さんが話を切り出した。

「悪くはないでしょう。ここからの景色も」

 そうかなあと星野さんが指さす窓の外を覗いてみると、裏門付近の花壇が見えた。花の種類はわからないけれど、赤や黄色や紫の花なんかが咲いている。

「知らなかった。部活でランニングする時に通るのに」

「そういえば聞いていませんでしたね。

 川島さんは何部に入っているんですか?」

 不意打ちのように私のことが話題にあげられる。これって、ちょっとは心を開いてくれたってこと? だよね?

 感極まったせいか、空手部、とうわずった声が出てしまった。

「小学生の時やってて、高校に入ってまたやりたくなってね」

「空手部、なのですか?」

 驚いたように私を見上げる。慌てて付け加えたところよりも、空手部自体が気になったようだ。

「よく言われる。テニスっぽいのは中学でやってたからだけど、陸上選手っぽいとか、バレーやってた? とか」

「いえ、昨日の柔道で悲鳴を上げてましたから、武道は苦手かと」

 ああ、直央ちゃんと組んだときのことか。

「あの子も同じ空手部で、特別強いの」

「まあ、そっちの方がしっくりきます」

「そういえば、星野さんこそ、誰と組んでたの?」

「気になりますか」

 そんなにもったいぶっちゃって、と冷やかそうとしたが、目が笑っていなかったので、たぶん、あなたそんなこと気にするんですか、という侮蔑的な意味だと思う。

「気になる」

 負けじとじっと見つめていると、星野さんは「合唱部の人がいたので、その人と組みました」と、業務連絡のように言った。ほっとするような、それはそれでモヤモヤするような。

「そういえば合唱部なんだよね。何やるの?」

 リモンに誘う時に星野さんが既にリモンをインストールしているのも驚いたが、正直、部活に入っているのも予想外だった。だから、どんな部活なのか少し気になったのだ。

「合唱の練習です」

 そりゃあそうでしょうけど。

「昨日の昼休みに何があったのですか」

 唐突な話題変更に、ビクッと肩が震える。星野さんの目は、逸らしそうになる私の目を見つめていた。

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