特別な2人組 10

 星野さんのリモン騒動も、元はといえば私が発端なのだ。正直に言うべきかどうか迷っているところで、「あなたを責めているわけではありません」と星野さんは言ってきた。

「なぜ、今日リモンに誘われたのかについては検討がついています。

 昨日の昼休みが終わった頃から、クラスメイトたちから妙な視線を感じていました。午前中の授業でトンチンカンな発言をしたりおかしな行動を取った覚えはありません。後ろ指を指されるようなことはないはずだと普段通り過ごしていたところで、今日の美術の後にあなたが現れて、リモンの話が出ました。

 おそらく、昨日の昼休みの教室で、私がリモンに入っていないという話題が持ち上がったのではないでしょうか。そして、今のあなたの反応を見るに、その話題について持ち出したのが、川島さん、あなただと考えています」

 いずれは誰かが話しているのが聞こえたりしてばれてしまうかもしれない、とは思っていたけれど、まさか本人から問いただされるとは思いもしなかった。いいわけもできずに、星野さんの話の続きを聞いた。

「クラスの人たちと積極的に交流しない私でも、どこかのタイミングではつながっておくべきでしょう。入学当初を逃したのですから、次のチャンスとしては、あなたが目安として出した行事の前などが妥当なように思えます。ですが、どうにかそれまでにクラスの輪に入れてもらえるような友人を作らなくてはなりません。あなたの誘いは私にとって渡りに船というものです。

 しかしながら、クラスの結束を図るイベントとしては、直近だと6月の文化祭。当然、準備期間前の方が都合はいい。ですが、疑問を覚えたのも事実。

 なぜ、文化祭の話すら出ていない今なのか。

 そして、学級委員でも実行委員でもない川島さん、なぜあなたが誘ってきたのか」

 自分の立場を省みる。学級委員でもクラスの人気者でも星野さんの友達や親友でもなんでもなく、ただ体育の授業でたった1時間ペアを組んだだけのクラスメイトなのだ。証拠に、私は星野さんのことを何にも知らなかった。

「たまたまルームのメンバーを見てたら気づいただけだよ。大げさに私が騒ぎ立てただけ。

 ごめんね、いないところで騒ぎ立てて、軽い気持ちで誘って」

 たまたまクラスのルームを見ていたら違和感があっただけなのだ。41人のクラスのはずなのにリモンのルームには40人しかいないのには気づいただけなのだ。

 星野さんは私の顔をじいっと見て、「本当にそうでしょうか」と聞き返した。

「昨日の昼休みといえば、鈴鹿さんと菊池さん、それから武藤さんと戸部さんが体育の板垣先生に呼び出されました」

 嫌な汗が背中を伝う。

「なんでその話?」

「おそらく4人が呼び出された理由については、違う組同士でペアを組むよう指示をしたにも関わらず、F組同士の人間で組んだからでしょう。

 あの日も、鈴鹿さんと菊池さんは、2人で組んだために、あなたが私と組むことになった」

「そうじゃないよ」

 星野さんは少し誤解している。ちゃんと訂正しようと思った。

「あの日は、私が勝手に2人から離れたの。2人組にならなきゃいけないなら、瀬那と美羽音が組んだ方がやりやすいだろうと思って。そしたらちょうどいいところに星野さんがいたから、一緒に組もうって言っただけ。

 瀬那も美羽音も、2人組を組むために3人の誰かが離れる時にはじゃんけんで決めようって言ってくれた。ウチのクラスは41人だから3人組が絶対にできるからそのときは3人で組もうよ、って言ってくれた。

 2人は誰かを仲間はずれにするような人じゃない。絶対!」

 自分でもびっくりするくらいの大声を出している。感情全部を表に出してしまった途端に、自分が怖くなった。

「ごめん」

 星野さんは驚いているようだったけれど、いたって冷静に言葉を発した。

「自分が1人なのは自覚しています」

 星野さんが冷静にいうのを見て、とても失礼なことを言ってしまったことに気づいた。

「ごめんなさい」

「あなたに悪気はなかったのはわかっています。事実ですから」

「事実でもそんな言い方しちゃいけなかった」

「私も憶測で言っていいことと悪いことがありました」

 お互い頭を下げ合って、無言の時間が続いた。

「わかってもらえないかもしれないけど、もう1つ訂正させて。

 瀬那と美羽音は、宍戸久実ちゃんっていうC組の子と3人で組んでた。C組の子に1人お休みの子がいたのを覚えていたかどうかはわからないけど、でも、3人は誰も余っていないのをちゃんと確認して組んでたみたいなの。

 だから先生の指示を無視して組んだわけでも、誰かを仲間はずれにしようとしたわけでもないの」

 星野さんが信じるかはわからないけれど、私は2人の言葉を信じている。たまたま的場さんがあぶれていたのに気づいていなくて、3人で組んでしまったのだと。

 星野さんはうつむいて、何かを考えている。やはり怒らせてしまったのかと、ビクビクしながら様子をうかがっていると、予想もしなかったことをつぶやいた。

「なるほど、その方が筋が通ります」

「え?」

「リモンについては、あなたの話を信じることにします。そもそも同じ時間に起きたからといって、関係があると言い切れないのは百も承知です。関係あるかどうか伺いたかっただけなので。

 ですが、板垣先生の呼び出しに関して本当に問題だったのは、武藤さんと戸部さんのほうだったのかもしれません」

 どういうこと、と聞き返す前に、星野さんは立ち上がった。そろそろ昼休みが終わりになるようだ。

 星野さんはテキパキと椅子を片付ける間、私が2人分の荷物を持つ。星野さんが出てきたところで、物理の先生らしき人があれ、と私たちを不審そうに見てくる。行こ、と私は星野さんのバッグも返さずに、星野さんの手を握る。こんにちはー、と先生に明るく挨拶だけして、物理室の前から去る。

 何です、という星野さんに、危なかったじゃん、と微笑みかける。何が危ないのか自分でも説明できないが、バッグを返した時の星野さんの顔が、少しだけ和らいでいるように見えた。

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