特別な2人組 7
移動教室の多い午後の授業が重なりその日中には聞けず、星野さんに話しかける機会をようやくつかんだのは、翌日の美術の後だった。
「よっ、星野さん!」
美術室から教室に戻るところの星野さんに後ろから声をかけると、むすっとした顔をこちらに向けてきた。
「……何です」
「いやー、見かけたからつい? 美術受けてる人で一緒に話しながら帰れそうなの星野さんくらいだし?」
星野さんは私の周辺を見回して、「この前はどうも」と軽く頭を下げて、また歩き出す。歓迎している様子ではなかったけれど、断られもしなかったので、そのまま並んで廊下を歩いた。
「来週は、2人組でデッサンするんだってね」
「そのようですね」
「また組もうよ。私、他に組める人いないしさ」
選択科目の芸術で、瀬那は音楽、美羽音は書道を受けている。中学時代からの知り合いもいなくはないが、せっかく話せる間柄になったのだ、星野さんのことについて知りたかった。
星野さんの返事は「構いませんが」だった。
断られなくてよかったけど、もうちょっとうれしそうにしてくれてもなあ。
「そうだ、リモンやってる?
ルームにも入ってないみたいだし」
星野さんは、ああ、あれですか、と小さくうなずいた。
チャットアプリとしてはほとんどの人が使っているから、リモンするね、で連絡するね、とかで通じてしまうのに、星野さんにはさっぱり、という感じだった。やはりスマホを持っていないのは本当なのか。
「部の連絡に必要だということでインストールしましたが」
自分でも大げさだと思うくらい派手にずっこけた。
「何をしているのです」
「いや、だって、星野さん、スマホ持ってないかも、って話を聞いて」
「契約しているスマホプランでは、データ通信量が少量しか使えないので、必要最低限しか使っていないんです。学校で使う用事もあまりないですし。
ただ、電車の中で動画を見てしまったりすることもありますが」
「必要最低限って?」
「家族との連絡や、合唱部からの通知の確認ですね」
星野さんの口調からして、必要最低限の連絡にしか使っていないのがうかがえた。
ついさっき大事なやりとりはリモンだけで済ませるな、と決めたことだし、業務連絡がなくなれば星野さんのいう通りたわいもないことしか話題にならない。
「考えてみれば当然のことですが、クラスの人たち同士もリモンなどのSNSでつながっているのですよね。
もしかして、私が1年F組のSNSに入っていないことで、協調性がないとかクラスの和を乱しているなどと騒がれているのですか」
あまりに辛辣な言い方に体が固まる。
「……そうじゃないよ」
「ならその間は何です」
心配になっただけなのだが騒ぎを起こした手前、昨日の出来事を話したくはない。星野さんにうまい答えが見つかれば、と頭をフル回転させる。
「あ、じゃあ、文化祭とか体育祭みたいな行事の前に入ろうよ。クラス全員と連絡がとれるようにした方がいいと思うんだ」
中学の時も行事の準備や打ち上げの時はスマホでのやりとりも多かったから、星野さんとの連絡が必要になることもあるだろう。クラス全体で協力しあうのに必要だから、とタイミング的にも入れやすい。
「話しかけてきた用件は、1年F組のリモンのルームに入ってほしい、そういうことですか」
「え」
星野さんのいう通り、クラスリモンに入っていないから確認のために話しかけたのだ。ここで入ってもらえればもう私の役目は終わりになる。
うんうん、と操り人形のようにうなずいた。
「スマホが手元にないので教室に戻ってからになりますが」
「いいの?」
あまりにトントン拍子で事が進むので、かえって不安がよぎる。
「必要もなかったので考えてもいませんでしたが、あなたのいう通り、行事の準備が始まるまでには入っておいた方がよさそうです。無用なトラブルは避けたいですし」
トラブルを避けるためにリモンでつながる、なんていう彼女の考えはさみしいような気もしたけれど、入ってくれるというのだ。素直に歓迎しなくちゃ。
教室に着いたところで、次の授業が終わってからクラスリモンに入れる話をつけた。今から入れていたらおそらく間に合わなくなる。星野さんに席で待っててもらうよう約束した。
「それでは」
「国語の後で」
同じ教室で授業を受けるだけなのに、別れの挨拶みたいだ。でも、たった50分の授業時間さえも、はまったドラマの次週を待つときのように長く感じた。
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