特別な2人組 2
「次ー、いーち、にー、さーん、しー――」
ペアの間を歩き回る板垣先生のかけ声に合わせて、2人でお互いを引っ張りあったり押し合ったりする。やはり、私が抜けて星野さんと組んだのは正解だったと思う。普段立ったところを見かけないせいか、意外と背が高いことに気づいた。唯一気がかりだったのは、私の力では折ってしまいそうなくらい細い手足。最初は手加減していたけれど、それも杞憂で想像より強い力が返ってきた。ストレッチの相手としては丁度いいのかもしれない。
じゃあ次、長座体前屈ー、と聞こえたので、げっ、と不満を言ってしまった。星野さんに聞こえてしまったようで、えへへ、とごまかす。運動には自信のある私だが、長座体前屈だけは苦手だ。この前の測定の時も体が硬くて、ほとんど前にいかなかった。今回も星野さんに背中を押してもらうたびに、ウシガエルのような悲鳴を上げた。
「苦手なのですか」
交代の合図で苦行から解放されると、星野さんは顔をのぞき込んでくる。ギブギブ、と騒ぐ私に対して平然と力をかけてくる星野さんは悪魔だ。お返しにぐっと背中を押さえつけるも、星野さんの体は柳のようにしなって、私の体重を受け流した。そういえばこの子、長座の測定の時は体が柔らかいって注目を浴びてたっけ。
幸いにも、2人で向かい合わせに座って手をつないで引っ張りあう時には、その柔軟さが私の体の硬さを補ってくれた。
その後も体育館の床に寝っ転がってマッサージしあったり体をたたき合ったり、背中合わせでお互いを持ち上げてみたりと、ペアでの運動が続いた。
「じゃあ、そのまま背中合わせで座って!」
板垣先生の指示に嫌な予感を感じ取ったのか、体育館中がざわめく。ワクワクした目をした板垣先生は、体育館の中央からぐるりと座っている生徒たちをキョロキョロ見回したかと思うと、ペアになった子たちの間をグルグルと歩き回って何かを探している。体育館中を小動物のようにせわしなく歩き続ける先生を見かねたのか、
「そうだね、それじゃあ!」と板垣先生は威勢よく手を叩いた。
「そのまま立ち上がってみよう!」
あちこちで悲鳴が上がる中、私と星野さんは、至って冷静に作戦を組み立てていた。こういうのはコツがある。
「せーの」
2人で声をそろえて、力をかける。手加減なんかいらない。背中同士を押し続けていると、ふっ、と、軽くなる瞬間がきた。そのまま後ろ向きに歩くようにすると、いとも簡単に立ち上がることができた。
「できた! 一番乗り!」
私たちの感動を横取りするようにはしゃぐ板垣先生。おかげで一気に注目の的になって気恥ずかしくなった。けれど、他のペアも負けじと立ち上がっていく中で、星野さんと見つめ合ってクスクス笑い合った。今まで会話すらしたこともなかった2人が一番に成功しただなんて。
最後のペアが立ち上がったところで、体育の授業は終わりになった。
授業終わりによく私の名前知ってましたね、と星野さんに言われたけれど、私からしてみれば星野さんの方がクラスで目立つと思う。
小さな顔に特徴的などでかい眼鏡。元から色素が薄いのだろう。クラスの中で1人だけ、派手というわけではないけれど茶髪をしていて、眉毛も瞳も肌の色さえほかの子たちとはちょっと違う。クラスの中でも最初から誰と仲良くするわけでもなく、いつも自分の席で本を読んだり勉強したりしていたら、嫌でも目につくんじゃないだろうか。
「そういえば、私の名前知ってる?」
押しかけてきてなんだが、2人でペアを作った直後に指示が出されたので、名前も名乗らずにストレッチを始めてしまったのだ。
「
落ち着いた抑揚のない声で答えて、「お友達がお待ちですよ」と後ろを示した。振り返ってみると、瀬那と美羽音がばつが悪そうにたっていた。いつ声をかけようか、私たちの様子をうかがっていたようだ。
「それじゃまた」
星野さんは首をかしげた。
「機会があったら」
私はこう続けると、「よろしくお願いします」と頭を下げてきた。そんなにかしこまらなくてもいいのにな、と思いながら、「ごめーん」と瀬那と美羽音の元へ向かった。
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