第52話 ただ、下ろした。




「今宵はこのような沢山の人にお集まり頂き、誠、恐悦至極である。まずはコロッセオの誉れ高き勝者を紹介しよう」


 西の国王は脇に立つ青年を一歩前へ歩かせた。


「オータ!」


 国王がその名を口にすると大広間はわっと沸き立ち、拍手喝采が起こる。

 礼装に身を包んだオータはゆっくりと一礼をした。


「彼は狂暴なドラゴンをも一人で倒した事があり、ドラゴンキラーの二つ名を持っている類い稀なる勇気と強さを持った、我が国自慢の宮廷騎士であり、勇者である」


 恐れ入ります、とでも言わんばかりにオータは軽く頭を下げた。


「さてこれよりは無礼講。存分に楽しい夜をお過ごし下され」


 それを合図に宮廷の音楽家は演奏を始める。

 西の国王は座し、脇にオータが立ち、その場所には各国からの使者が休みなく勝利の祝いと共に国王への挨拶に訪れた。

 国王とは少し離れた所に席を設けられた法王は、そちらに腰かけて、こちらもまた挨拶に訪れる客人の対応に追われていた。


 前日までに挨拶が済んでいる南の国としては、居合わせた他国の方が重要であった。

 レンは美しいドレスに身を包んだ貴婦人達からのダンスの誘いを軽やかに受け流しながら、集まった面々を観察していた。

 そのほとんどが小国へと分裂した、元々は西の国だった国々の代表達のようだった。

 そのうち南の国との国境付近の国々は、放っておいても向こうから顔を見せに来るだろう。

 そんな事を考えて程なく、予想通りとある国の使者に声を掛けられ、それを皮切りにレンは幾人かの使者達に囲まれる事となった。

 そんな事の対応にも疲れて来た頃、目元に仮面を付けた一人の貴婦人に声を掛けられる。


「初めましてレン王子」


 ―――レン。


 声が余りにも聞き慣れた声に似ていて返事より先に相手の顔を見て、目元の仮面に釘付けになる。

 すると貴婦人本人ではなく後ろに控えた、氷色の目をした、やたら色素の薄い男が一礼して言った。


「主人はお顔に火傷の痕があり、非礼とは知りながら仮面を付けたままである事をお許し下さい」

「それは構わないが、私に何用ですか?」

「レン王子があまりにも雅やかでしたので円舞をご一緒したかったのです。旅の想い出に一曲お願いできませぬか?」


 淡い栗色の髪の背の高い貴婦人はすっと右手をレンに差しだした。


「...分かりました、一曲だけ」


 レンはその手を取り微笑した。


「感謝しますわ」


 ちょうど次の曲に変わる所で、貴婦人を伴って広間に出る。

 曲が変わりレンは手を引いてステップを踏み出した。


「まあ、あれは南の国の王子よ」

「なんて軽やかなステップだこと」

「素敵ねぇ」


 周囲の人々は口々にそう評し、二人を眺めた。

 円舞をひとしきり踊り、曲の終わりに差し掛かった頃、少し腰を引き寄せてレンは耳元に顔を寄せた。


「随分と大変だったでしょう。ドレスを着て女性のステップを覚えるのは」

「さすがに女性というものを良くお知りだ。見破るのもお早い」

「一体何の用件で声を掛けられたのかな。それとも、そっちの趣味がおありなら考えなくもないが」

「その気はない」


 曲が終わり、貴婦人の格好をした男は微笑んで小首を傾げて言った。


「もう少しあちらでお話ししませんこと?ご一緒させて頂きたいわ」

「…喜んで」


 手を取りバルコニーに向かう姿は、まるで二人きりの時間を楽しむ恋仲の男女のようだ。

 仮面の美女、もとい男は付き従っていた護衛らしき男に短く、


「ユート、表に回れ」


と言い、レンはタイガに、


「人を近づけるな」


と命じ、バルコニーの前に立たせた。

 ユートと呼ばれた男はバルコニーのすぐ下に回り見張りに立ったようだった。

 バルコニーに出てレンは柵に凭れて腕を組んで、すぐ下に立っている男を見下ろす。

 銀色の髪に氷色の瞳。男性にしては色白の肌は女性から見たら嫌味に思えるほどキメが細かい。


「北の人間か」

「ご明察。この顔を見ればもっと驚かれよう」


 そう言うと女装の男は仮面を外した。


 ―――アルシーヌ。


 声を掛けられた時、声色が似ていたから予想はしていたが、これまでとは。


「残念ながら髪はニセモノ」


 そう言って栗色の髪を剥いで出てきたのは漆黒の髪。


「…随分と印象が変わるな」

「ああ、この黒髪と赤い眼だろう?僕は君の大事なお姫様と違って禍々しい存在だからね」

「面倒な前置きや雑談は無用。お前達は何者で用件は何だ」

「僕も面倒な雑談はしたくないから、率直に行こう」


 青年と少年の間のような見た目の男は、壁際に寄って広間から視角に入ると話を始めた。


「僕の名はアルフォンス」


 アルフォンス…伝承の北の双子王子の名。なるほど、禍々しい存在ね…。


「まずは用件を言おう」


 アルフォンスはまっすぐにレンを見上げた。


「精霊王の血脈と力を継ぐ、正当なる北の女王を我らが大地に返して頂きたい」





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或る四人の王の物語 向日 葵 @riehitan

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