第51話 届かなかった手のひらを、


 狂った大男を打ち取って、オータは大剣を地面に突き刺した。


「なんか納得いかん優勝やな」

「過去の実績があるんだ、誰も勇者殿の強さを疑ったりせんよ」


 グエンが言うのに、そうだけどさあ…とオータは唸った。


「あの…」


 おずおずと歩み寄るアンジェを遮って、


「そうだ!あの時はありがとな!命拾いしたぜっ…痛てっ!」


 勢いよく礼を述べたトミーをグエンがゴインとグーで殴った。


「空気を読め、空気を」

「あ?...あー?ああっ!すまん。それじゃあ俺達は先に行ってるな」


 言うなりトミーはグエンに引きずられてコロッセオを出て行った。

 アンジェが照れくさそうに目を泳がせて、少し俯いたままポツリと言った。


「あ、ありがとう、助けてくれて」

「ははっ、ちょっとは格好ええって思ってくれた?」


 アンジェは顔をあげて目を瞬かせると、ふわっと笑って頷いた。


「ほんなら付き合うてくれる?」

「や、それはまた別問題」

「なんやー…」


 がっくりと肩を落とす勇者にアンジェは可笑しそうに笑って「でも、」と続けたその時、


「あ!いらしたわ!こっちよ!」


 少し甲高い女の子の声がしたと思ったや否や、オータの周りを色とりどりのドレスの集団が囲んだ。

 アンジェは押し退けられるようにして後ろに下がって、その女の子の集団とオータを見て、自分の身なりを見下ろしてふうっと息を吐いた。


 帰ろう。


「アンジェちゃん、約束忘れんとってな!」


 女子に囲まれたままオータは叫んだ。

 アンジェは振り返って、曖昧に微笑んだ。






 一方レンは、今夜開かれる大がかりな夜会の為に一旦王宮に戻っていた。

 夜会には各国から来た賓客が多数参加する、外交上外すことの出来ない行事の一つであった。

 表向き勇者を讃える名目だが、政治的な思惑の方が各国の面々には大きい。

 また、現状混乱期である世界の情報を得る良い機会でもあった。


 恐らく舞踏会になるだろう夜会の為に、礼装に着替えたレンは同じく礼装に着替えたタイガを満足そうに見て笑った。

 黒のビロードにさりげなくあしらわれた金糸が、控えめでありながら憎らしいほど艷にランプの光に輝いていた。


「なかなか良い趣味だ。お前の見立てか?」


 違うだろうと予測を付けた問いかけに頷いてタイガは答えた。


「テンガが私の荷物に入れていたようです」


 入れていた。

 自分では荷物に入れるつもりがなかったという事だろうか。

 つまりこの男は軍服で夜会に望むつもりだったのか、とやや呆れた。


「良く似合っている」


 白い絹に細手の金糸で全体に刺繍を施した礼服に着替えたレンはタイガと並んで、なるほどとテンガの計らいに満足を覚えた。

 見事なまでの白と黒のコントラストだ。

 最後に真紅の薔薇を胸に飾って「そろそろ時間だな」と、出ようとした所を、思い切ったようにタイガが声を掛けて止めた。


「…殿下」

「何だ」

「昼間の一件、ご説明下さい」

「…」

「あれは…」

「…」

「…姫様は病で後宮から出れないのですよね。あれはアルシーヌ様ではないと思って良いのですね」


 確かタイガはアルシーヌと仲が良かった…と思い当たってレンは苦笑する。

 少し成長して変わっていようが、すぐに分かっても不思議はないか。


「答えに確信を持っているくせに、回りくどい言い方をするな」


 見かけによらず音曲に長けているこの男と、じゃじゃ馬のくせに音曲が好きなアルシーヌとは話が合ったのだ。


「あれはアルシーヌだったのか、と問えば良い」


 タイガは主の言葉に吐息をついた。


「ではやはり、あれはアルシーヌ様…。…何故…」


 何故、こんな所に。


「出立前にテンガが俺に尋ねた事があったな。どうせ二人で話していた事をテンガが代表して聞いたのだろう?」


 お前は口下手だから。


「はい」

「ほぼ、お前達の考えている事は当たっているだろう。…詳細は長くなるから夜会の後にしてくれ」

「…分かりました」


 詳細は国を揺るがす内容だけに、誰が聞いているか分からないこんな所で、安易に口に出来ない。


「…」


 それ以上尋ねないタイガの眼差しは、少し沈んでいるように見えた。

 それから、大広間への渡り廊下を歩きながら、何気なく夜空を見上げた。


 ―――アルシーヌ…。


 背を向けたままの昼間の姿を思いだし、あの夜の姿を重ねた。


 最近、笑顔が思い出せない。

 西の国の夜空は、あの夜のように満天の星々が美しく瞬いていると言うのに。


 レンはほろ苦い笑みを溢した。




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