第48話 狂気が迫り


 大きな歓声と共に闘技場を見下ろすと、いかにも強さを体現した筋肉の塊のような大男が二人入場したところだった。


 片方は大斧を、もう片方は大鎚をそれぞれもっている。どちらも力自慢と言ったところだ。

 銅鑼ドラが打ち鳴らされて闘技の開始を伝えると、二人は同時に各々の武器を構え、地を蹴った。

 途端、隣の人間が何を言っているか聞こえない程に、歓声がコロッセオを埋め尽くす。

 観衆の中には、賭け事の対象に闘技を利用している者も少なからず居るためか、野次にも似た怒号まで混じっていた。

 均衡した闘いの末、大斧を持っていた男が、鎚の柄を折り、相手を斧の平で殴り気絶させて勝利を得た。

 勝利の雄叫びを上げて男は両の拳を天に突き上げ、歓声が空に巻き上がった。

 この男は準決勝で昨年の優勝者であるオータと対戦することになる。


 次の闘技は剣士と剣士の対決で、あっさりと勝負が決まり、その次は棍棒を持った大男と槍を持った男が対峙した。いかにも重たそうな鉄の棍棒を軽々と振り回し、あわや殴り殺す寸前で試合が終わった。

 血走った眼球を観客に向けると、歓声は一瞬どよめきに変わる程、男の殺気にはただならぬ物があった。

 祭典の規則の中に、大戦相手の生死を問う規定はない。しかし、聖剣の適合者を探す意味も込められるようになった近年の祭典で、参加者自らがそれ相応の人格を求められる物と理解しているのか、死亡者が出ることはなかった。

 だが、この大男の試合で、観客の多くが暗黙の規約に不安を感じたのは紛れもなかった。


「何かあいつに勝って欲しくない感じがするなあ…」


 観客の気持ちを代弁したかのようなアルシーヌの一言に、ライリースは小さく笑って答えた。


「どちらにしろ今見たどの選手にも聖剣を抜くことは出来ないだろう」

「何でそう思うんだ?」


 何で。


 アルシーヌに聞かれて、ライリースは思わず黙った。


 そう言えば何故だろう。

 なんとなくもう持ち主がいると、そう思った。


 不思議だが確かにそう思ったのだ。


「あ、始まるぜ。二回戦」


 最初に勝った大斧をもった男が登場し、歓声が沸いた。

 しかし、その歓声は続いて起こった歓声に、あっさりと呑み込まれる事となった。


「オータ!」

「オータ様ー!」

「オータ!オータ!オータ!」


 コロッセオを埋め尽くすオータコールに答えるように、彼は肩から羽織っていたマントを外して宙に放り投げた。

 歓声を背にオータは男と対峙した。

 無駄な肉などついていない身体は、大男と並ぶと小さく思えるが、見た目にもしなやかだ。

 オータがすり鉢状の観客席を見回し、そして、アンジェちゃんはどこかな、とばかりに特別席を見上げた所で、闘技開始の銅鑼が鳴った。


「余所見してると怪我するぜ、勇者様!」


 大斧が唸りを上げてオータに降り下ろされる。


「あ、見つけた」


 余所見したままオータは布を被せたままの大剣をひょいと持ち上げると、易々と大斧を受け止めた。

 金属のぶつかる音が晴天に響く。


 アンジェが目を覆うのが見えてオータは、思わず顔を綻ばせた。


「心配してくれた、とか?」


 アンジェが顔を上げるのを確かめて、オータは大剣を翻し、大斧を宙へと薙ぎ飛ばす。

 回転して降りてくる大斧を片手で受け止めて、その大斧を一度縦に振ると、そのまま地を蹴った。

 横に薙いで仰け反るように避けた男の足を払って背中から転ばせ、その喉元近くに大斧を突き刺し、柄の部分で首を固定して動けなくする。


「終わりや」


 腰から短剣を抜き、喉元に突きつけて、オータは見た目の明るさとは相反した低い声音で一言告げる。

 その瞬間、終了の銅鑼が鳴ってオータは立ち上がった。


「大剣すら抜かせられないとは…っ!…クソ…ッ!」


 仰向けのまま男は拳を地面に叩きつけた。地面は窪んで男の腕力がいかに強いものであるかを物語った。


「…」


 オータは大男を横目に斧を抜いて拘束を解き、別の場所に刺し直して、アンジェのいる方を向いて片手を上げた。

 アンジェのいる特別席はおおよそ貴族の関係者が多い。宮廷の騎士の中でも出世頭と言えるオータは、当然貴族の姫君達にも人気で、途端に黄色い声が上がった。


「...アンジェ、手でも振ってやったらどうだ?」

「...嫌よ。周りのお嬢様方に睨み殺されたくないわ」


 自分に向けられたものだって言う自覚はあるんだな、とトミーとグエンは顔を見合わせた。

 大歓声の中、オータが退場して、次の試合は剣士と棍棒の大男だ。

 颯爽と剣士が現れ片腕を挙げ歓声を求めると、場内は熱気のこもった歓声で沸いた。

 それに続いて棍棒の大男が現れた。薄い笑いを浮かべて、剣士に並ぶ。

 その薄い笑みに準々決勝の一抹の不穏な空気が大男から消えぬまま、銅鑼が鳴った。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

或る四人の王の物語 向日 葵 @riehitan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ