第47話 晴れやかなその日


 コロッセオの祭典は騎士王の時代よりもっと以前から行われてきた、西の国伝統の大行事である。


 古の神王が崩御し、その後、玉座を巡り争われ、その証としての聖剣を手にするために血で血を洗う諍いが起こった。

 時の賢者が無益な血まで流れる事を憂い、諌めるために提言したのが、このコロッセオの闘いの始まりだった。

 ところが騎士王が現れるまでの何百年の間、闘いに勝とうとも、一人たりとも聖剣を抜ける者は現れず、闘いの意味は祭典へと形を変えていったのである。

 長い歴史の中で、聖剣を手にしたのは、神王と騎士王のただ二人であり、今なお次なる主を待ち続けている。

 …と言うのが世間共通の認識だ。


「良い天気で良かった」


 儀礼用の騎士装束に着替えながらレンは窓の外の青空を仰いだ。


「雨天の観戦でじっとしているなど苦痛でしかないからな」

「そうですね」

「お前も俺の警護など適当にして、観覧すると良い。観光の一つもしてないのでは面白くないだろう」

「そう言う訳には…」

「どうせ国王と同じ主賓区画なんだ、警備は厳重にされている。その場所で俺が襲撃される時は、西の国の総意として南を敵に回すような時に他ならない」

「それはそうですが…」

「国で待ちぼうけ食ってるテンガに土産話の一つでもしてやれ、と言っているんだ」

「…はあ」


 着替えて最後緋色の髪を軽く撫で付けてマントを羽織る。


「行くぞ」

「…っは」






「すっごい人だなー」


 つま先立ちでアルシーヌは辺りを見渡した。


「そうだな」


 長身のライリースは軽々と人々の頭の上から眺める。

 それを少し羨ましそうにアルシーヌは見上げた。

 やがて自由席に着くとストンと腰を下ろし、後ろの立ち見席を見上げた。


「ライリースの言う通り、昨夜から並んでて良かったよな」


 でなければ立ち見どころか入場すら出来なかっただろう。

 まあ、好んで昨夜から並んでいたわけでなく、祭典の前日なんかに急に泊まれる宿がなかった為に、仕方なく提案しただけだったのだが、結果的には良かったようだ。

 闘技場を挟んで向かい側に、一区画他とは隔てられた席が設けられており、一目でどういう人間が座するのか想像できた。

 その隣にもう一区画、席と共に台座に突き立てられた剣が一振り。

 噂に聞く聖剣と、おそらく法王が座る席だろう。

 その二区画の下段に広く他と分けられているのが、おそらく貴族等に配られた特別観覧席に違いない。既に席に座っている人間の服装を見ても明らかだ。

 聖剣の柄に填められた宝玉が太陽の光で輝いた。

 それを見ていたライリースは目を細めてじっと剣を見つめた。

 聖剣か…。


「ライリース?」

「あ?...いや、何でもない」

「そうか?」


 何か気にはなるんだが…。


「ああ」


 何か分からないから説明のしようがないな。

 仕方なくライリースはいつものように微笑んだ。

「今日、全部の闘いがあるのかな」

「どうだろう」


 アルシーヌの問いにライリースが首を傾げたと同時に、


「今日までの間にすでに六人に絞られているんだ」


 通路の前を通り過ぎようとしていた人間に声を掛けられた。

 顔を上げると、太陽を背に男が笑って、二人を見下ろしていた。


「トミー、さん」


 つけ足しみたいな敬称を付けたアルシーヌに、


「トミーで良い」


と言って、ハッハッハっと笑った。


「トミーも観戦?」

「ああ。縁があって特別席なんだが、うっかり出入口を間違えて、あそこに行くのに遠回りしてこの通路を通らなくてはならなくなったんだ。そしたら二人を見かけた、と言うわけだ」

「勝ち抜き戦と聞いたが、六人では半端じゃないか?」


 それではひと枠の組は一回戦を勝っただけで決勝に行けてしまう。

 ライリースの問いに尤もだ、と頷いてトモヤは続けた。


「準決勝の一枠は昨年の優勝者と決まってるんだ」


 なるほど。


「それじゃあ俺は向こうに行くから。またな」


 トミーは特別席の区画を指差して、じゃあっと手を振って去って行った。

 暫くして、聖剣の置かれた席の方に予想通り法王が現れる。

 白い絹に美しく銀糸で刺繍された法衣を纏って、コロッセオの観戦者に向けて顔を上げると、微笑み、静かに一礼すると用意された席に座る。それを大勢の人々がありがたそうに見つめる空気を、「けっ…」とでも言わんばかりの顔つきのアルシーヌにライリースは吹き出した。

 それから程なく、国王は来賓を伴って主賓席に現れた。

 緋色の髪が鮮やかな青年は、国王自らが案内した席に座った。

 緋色と黒い装束のコントラストが艶やかに人々の目に映り、多くの人間のため息を誘った。


「あれは誰だ?」

「南の国の王子だってよ」

「へぇ、あれが」

「ずいぶん色男だね」


 変わらないな。


 アルシーヌはそう思いながら、外套のフードを少し深く被り直す。

 背も伸びて、髪も短くなって、自分は随分変わったのだからきっと見つけられない。そう思っていたけれどすっぽりとフードに隠れる。


「ここにこんな色男がいると言うのに向こうばかり注目するとは、皆見る目がない」


 あははとライリースの物言いにアルシーヌは笑って、ライリースのフードに手を伸ばした。


「お前も追われてるんだし目立つんだから、隠しとけよ」


 金髪を覆い隠して、同時に突然沸き上がった歓声の渦に、二人は闘技場を見下ろした。

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