第46話 運命は加速する。
聖殿の廊下歩くレンと法王の後ろをオータとタイガの二人が続いた。
「そう言えば、こちらには騎士王の剣が奉られているとか」
「ええ。聖堂にあります。聖堂はこの渡り廊下からちょうど東側に見えるはずなのですが…」
「ああ、あれですか」
「聖堂には決められた清掃と式典以外には代々法王しか足を踏み入れる事ができません」
「我が国には竜王の盾と精霊王の指輪があります。四王の末裔としては、一生に一度位は全ての神器を見てみたいと思っていたのですが叶いそうにないですね。残念です」
「いえ、コロッセオの祭典で優勝者には聖剣を台座から抜く権利が与えられますので、祭典が開催している間はコロッセオに飾られます。是非お近くでご覧下さい。竜王と精霊王の流れを組む殿下に見て頂けたら聖剣も喜びましょう」
「では楽しみはもう少し後に取っておきましょう」
やがて応接間につくと年若い法王はレンに椅子を勧め、二人は座し、二人の騎士はそれぞれの主の後ろに付いた。
応接室は簡素な作りであったが、調度品などは上品で嫌味のない質感から上等な物だと分かった。
品の良い一室の中で、白絹に銀糸の刺繍を施された法衣を纏って微笑む黒髪の青年を、まるで背筋を伸ばして立つ白百合のようだとレンは心の中で形容した。
なるほど、慈悲深く清廉潔白な法王か。見た目だけで充分その印象を受ける。
「祭典前の忙しい時期に法王自らのおもてなし、まずは感謝申し上げます」
「いえ、私は盲目故に大した仕事は預かっておりませんので、お気になさらないで下さい」
「しかし楽しみです。噂には聞き及んでおりますが、伝統ある祭典を直に見る事が叶うとは」
「是非最後までゆるりとご観覧下さい」
「ええ、そのつもりでいます」
程なく若い神官によって紅茶が運ばれ、芳醇な香りが部屋に広がった。
「そう言えば国王陛下が病にお倒れとか。私には祈ることしか出来ませんが、せめてものお力になればと礼拝の折り、早のご回復をお祈り申し上げます」
「感謝します」
「しかし、殿下が国を離れている今、妹姫はさぞかし心寂しいでしょうね」
「…いえ、あれはしっかりしておりますから、心配には及びますまい」
レンは目を臥せて紅茶のカップを手に口をつけた。
それを合図にしたのか神官がカップを法王の手に持たせ、法王はゆっくりと口を付けた。
「そうですか。では南の国は頼もしい女王候補と国王候補をお持ちで心強いですね」
「…誉めて頂いた…と、素直に受け取っておきましょう」
「勿論ですとも」
法王は微笑み片手に持った受け皿にカップを置いた。
「病と言えば、王太子殿がお倒れとか」
「ええ、私も聞き及んでおります」
「同世代の国政に携わる人物と話が出来ると楽しみにしていたのですが、お見舞いも叶わず残念です」
レンは一口紅茶を口に含んで一呼吸置いた。
「ところで倪下と王太子殿は従兄弟だとか。王太子殿はどのような人物ですか?」
「そうですね…」
法王は少し考える素振りを見せて続けた。
「彼が物心つくかつかない内に私は両目を患ってしまい余り交流がないのですが、式典や宮中で会う時などは爽やかな挨拶をされますからそのような青年なのでしょうね」
「...そうですか」
よく分からないな。
法王の答えを聞いてのレンの率直な感想はその一言だった。
次の話題をと思ったその時、扉の向こうから何やら数人の声が聞こえて通り過ぎる。
声の感じが神官達のゆっくりとした雰囲気とは異なって、少し気色ばんだような気がして違和感を覚えた。
そう言えば車中でタイガがそれらしきことを言っていたような…。
「そう言えば法王様は未来を語らう若者達を支援しておいでとか」
「支援などと大層な事ではございません。聖殿の一室を貸しているだけに過ぎませんよ」
「やはり政治にもご興味が?」
「まさか。幼き子供達の学問の教室に部屋を貸すのと何ら変わりのないことです」
「法王様と年かさの変わらぬ若者でしたら時折話もされるのでは?」
「それはまあ…。世の中の事を知らぬでは何に対して祈るのかも分からなくなります。俗世から隔てられた私にとっては数少ない世間を知る機会ではありますから」
「では俗世へ出たいと思うことはおありで?」
「さあ…。盲目の身では考えにも及びませんでした」
微笑んだ法王を視界に止めて、レンは目を伏せた。
「そうですか」
「結果的に、我らが南の国にとって厄介な人材を、国王自ら排除してくれたわけだ」
法王との会談が終わり、王宮へ晩餐に赴くまでの時間潰しに、レンはタイガと聖殿の中庭を歩いていた。
「それはどういう?」
「日陰の身となった王子様は、噂通り聡明だったということだ」
何を話しても、会話は上手に転がるものの、全て話の確信に迫れず、まるで雲をつかむように本心が掴めなかった。
「聡明で穏やかで優しい王子ですか。非の打ち所がないですね」
「穏やかで優しい?そう思うか?」
レンの歩みが止まって、合わせてタイガの足も止まった。
レンは先程まで居た部屋の方を仰ぎ見て目を細め、
「俺には微笑みと言う名の無表情にしか見えなかったぞ」
薄く笑った。
程なく、見るからに見習いと名の付きそうな若い神官が二人を呼びに来る。
「馬車の準備が出来ました」
「殿下、参りましょう」
「ああ」
見習い神官の案内で正門まで来ると、法衣に外套を羽織った法王が立っていた。
「私も今宵の晩餐には参じる事となっております。もしご無礼でなければご一緒させて頂けますでしょうか」
レンとしては意外な申し出に内心驚くものの穏やかに頷いた。
「勿論構いません。ではタイガは馬に騎乗させましょう」
「良かった。殿下ともう少し話をしたいと思っていたのです」
ああでも、と法王はタイガのいる方に顔を上げた。
「タイガ殿には、申し訳ない」
「いえ、お気になさらず」
まるでその方が良いとでも言わんばかりのタイガに苦笑して、レンは片手を法王に差し出した。
「では馬車に。...お手をどうぞ」
「ありがとうございます」
法王は右手をすっと胸の高さまで上げる。その手をレンの左手は下から捕まえてゆっくりと引いた。
――――っ!?
何だ...?
世界が揺れたような気がして、レンは額に空いていた片手を当てた。
今、何か。
目眩を覚えてその手で馬車の扉を慌てて掴む。
妙な汗をじわりと感じて、落ち着けとレンは吐息を短く吐き出した。
「殿下?」
傍らのタイガが声を掛けるのを扉から離した手で制して、レンは姿勢を正す。
「レン殿下?」
進まぬ歩みに不審を感じた法王が首を傾げた。
「何でもありません。行きましょう」
「はい」
法王はレンに導かれ、馬車に乗ると座席に座る。
やはり、竜王か。
そして座ってただ静かに微笑みを湛えた。
仮面のような微笑みの下で、法王はこの場でただ一人、”運命”と言う言葉にすれば安っぽい二文字を感じていた。
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