第45話 訪れる再開の日は近く、



 滞りなく会談が終わり、昼食を同席したいと言う国王と食事をした後、レンは次の会談の為に王宮を出た。

 送迎には西の国屈指の騎士が先頭に立つとの王の触れこみに、僅かに興味の目を向けて、礼の形を取る青年を見た。


「オータと申します。国王陛下の命により警護させて頂きます」

「…ああ成程。西の国屈指の騎士とはコロッセオ無敗の勇者殿の事であったか。それは心強い。なあ、タイガ」


 そう笑みを漏らして南の国では双頭の竜と二つ名を持つ屈指の騎士に同意を求めた。


「左様にございますな」

「…恐れいります。では馬車にお乗り下さい。聖殿まで案内つかまつります」

「ご苦労」


 そうしてレンはタイガを伴って馬車に乗った。

 扉を閉じてタイガは外を見て、上座に座ったレンを見た。


「なんだ?」


 レンは窓枠に肘をついたままタイガをチラリと見て笑った。


「…いえ」


 言いたい事を胸の内に留めたタイガにやや苦笑してレンは窓の景色に視線を移した。窓の外には悠然と馬の歩を進める青年がいた。


「勇者殿が護衛に付くのが気に入らないか?」

「そんな事は…。ただ、殿下の護衛を他国の人間に任せる事を私個人が納得出来ないだけです」


 口下手なタイガが随分とはっきり言うものだ。

 双子のテンガの方が自己主張がはっきりしている様に見えて、意外に頑固なのはタイガの方だ。足して割ったら…とは存外間違いではないようだ。


「いざとなったらお前に任す。だが、今日は西の国王の計らいを立ててやろうじゃないか」

「…」


 やはりタイガは頑固だ。

 レンは内心苦笑した。


「お前もそろそろ軍人としてだけではなく、賓客として他国に扱われる事に慣れていって貰わなければな」

「私には不向きかと」

「そう簡単に決めつけるな」


 王宮から聖殿に続く路は王都一番の大通りで、石畳も整備されており、馬車は障害物もなく乗り心地が良い。

 平坦故に四半刻かかる道中はやや眠気を誘った。

 馬で駆ければ三分の一の時間で済むと言うのに不便なものだ。


「…法王か…」


 どんな男だろうか。


「慈悲深い青年だとか。随分若い法王です」

「確か法王としては異例の若さだったな。修行の年数やら神官としての位だとか、宗教関係は面倒な事が多いんだがな」

「少し調べておきました。法王は前国王のご子息だそうです」

「…ふん」

「幼い頃に病で視力を失い廃太子となり、その後、聖殿に預けられたそうです」

「…」

「産まれた当初、面差しが騎士王の再来だと騒がれ名を『サーティス』と命されたと。...随分と聡明な王子だったようです」


 騎士王の再来…ね。

 王家に産まれた人間に四王の名を付けるのは稀な事ではない。

 もしその王子が即位したなら『サーティス三世』とか『四世』とか呼ばれたのだろう。

 現にレンなどはもし王になれば即位後には『レン七世』と呼ばれる事になる。


「当時は自分の息子に王位を継がせたかった現国王が王子に毒を盛ったとも騒がれたとか」

「それはまた、穏やかじゃないな」


 けれども有り得ない事ではない。

 お家騒動など、どこの国にも多かれ少なかれあるものだ。


「しかし良く調べたものだ」

「調べ物は嫌いではないので」

「そんな時間あったか?」

「昨日、殿下は出掛けておいででしたので」


 手が空いていたと言う事か。タイガなりの嫌味にレンは苦笑する。


「休んでいたら良かっただろう?」

「は…?睡眠の時間は十分頂いておりますが」


 いや、そうじゃなくて。

 失笑するレンに眉根を寄せて、タイガは窓の外を見た。


「殿下、到着したようです」


 門番に開門を要求したオータに答えて、衛兵が重い扉を三人がかりで押し開いた。

 たたずまいだけで、刻まれた歴史を感じさせ、威厳すら漂わせて聖殿は建っていた。

 馬車は歩みを止め、レンは地に降り立つとそれを仰ぎ見た。

 かの聖戦で魔王サタン最後の戦に向けて全軍が集い、号令を上げた場所がこの地だと言われている。


「……」


 僅かばかりの感慨を胸に建物を見回して、目に止まったのは、入口から神官に手を引かれ階段を降りる、秀麗な顔立ちの青年の姿だった。


「もう大丈夫ですよ」


 階段を降りたら手をそっと離して、青年は瞼を硬く閉ざした顔を上げた。


「倪下、レン王子をお連れいたしました」

「ああ、オータ殿。ご苦労様です」


 オータはレンの隣に立ちわざと声を掛け、レンの居場所を法王に知らせたのだろう。青年法王はレンの前まで歩み寄り、礼の形を取った。


「遠路はるばる起こし下さりありがとうございます」

「いえ。わざわざの出迎えこちらこそ礼を言います」


 聞こえてきた声の方向から、自分が少しずれた方を向いていた事に気付いた法王はレンに向き直り、顔を上げ微笑みを湛えた。


「大したおもてなしも出来ませんがどうぞ中へ」

「ありがとうございます」


 そうしてレンは法王の招きに応じて聖殿の中へと足を踏み入れた。

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