第31話 またひとつの運命が交わり
急に降りだした雨は、屋根のないコロッセオに集まっていた人間を退散させるのには十分な強さを持って空から落ちてきた。
短時間で止みそうにないと感じるや否や、それぞれに宿や居酒屋などに移動を始め、コロッセオは人気が少なくなった。
「どっか行く?」
まだ宿すら決めていない二人は、闘技場から出口に抜ける通路に避難したまま動かずにいた。
「そうだな…飯でも食うか」
夕刻だと言うのに、黒く立ち込めた雲のせいで日の入り後のように暗い。石造りの通路に声が響いて少し気味が悪いほどだ。
「そうだな」
とは言え、初めて訪れた街の店がどこにあるかなど分からない。
雨の中多少と言わず濡れる事を覚悟して、二人はコロッセオを出た。
「うっわ、すげえ雨!」
「ちゃんとフード被れよ」
「分かってるってば!つうか子供じゃねぇし!」
ライリースは笑って答えずに走り出した。
「ちょ…っ、待てよ!」
アルシーヌは後を追って、外套のフードが外れそうになるのを手で抑える。
踏みしだかれた水溜まりからしぶきが上がり、またすぐに雨水が水を溜めていった。
その様子をコロッセオの二階の柱から窺う影が一つ。
感情の窺い知れない眼差しで二人を見ていた。
手近な店に入った二人は外套を脱いで雨水を払いテーブルにつき、店の女性に水を一杯もらった所でようやく一心地ついた。
店は店主の手料理と種類は多くない酒が置いてあり、客のほとんどが店主と顔見知りの常連のようだった。
店主の奥さんだろうか。気さくな笑顔を満面に浮かべて料理を運んでは客達と会話を交していた。
「はい、お待ちどうさま!」
「ありがとう」
頼んだ料理を運んだその女性に、やや癖になっているのではないかと言う程鮮やかに、しかも反射的に微笑んだライリースに、例外なく女性は頬を紅く染めた。
「やだわぁ、こんなに素敵な美男子二人に囲まれたら照れてしまうわ」
美男子。
あえてアルシーヌは否定せずに笑顔を向けた。
「どうも、お姉さん」
あらやだ、と笑う奥さんに他の客から野次が飛ぶ。
「女ってぇのは少し良い男が居たらこれだ。なあ旦那!」
「奥さん、こないだは闇夜の月にご執心だったじゃあないか」
「いいじゃないかい。良い男を見たら若返るってもんだ」
それに、と奥さんは続ける。
「闇夜の月の顔は分からないだろ?想像するのが良いんだよ。きっとこれくらい良い男に違いないよ!」
また始まった、奥さんの闇夜の月贔屓が。
客の笑いの渦の中、二人は首を傾げる。
「闇夜の月?」
どうやら人のようだが。
「あらやだ、あんたたち
二人が知らないと見るや否や、奥さんは得意気にふくよかな体を反らせて二本の指で数字の2を作った。
「この街には庶民の心を掴んでる、二人の英雄がいるんだ」
一人は慈悲深い聖殿の法王様。
もう一人は義賊、闇夜の月。
「義賊?」
「そうさ!陰で悪どい事をしている貴族連中から金を盗んで、貧しい家にこっそりばらまいていくんだ」
泥棒じゃん。と言うアルシーヌの気持ちを察したのかライリースは思わず少し笑って、奥さんにこみあげた笑みを誤魔化す為に尋ねた。
「どうして闇夜の月って言うんですか?」
「彼が現れるのは決まって月のない闇夜で、翻した漆黒のマントの裏の銀と、銀の仮面が闇夜に浮かぶ月のようで、皆自然にそう呼ぶようになったんだよ」
「へえ…」
「あんた達みたいにすらりとしてて、艶やかな黒髪らしいんだけど…」
そう言うと奥さんはライリースをじっと見て、そうして豪快に笑った。
「あんたが義賊ならきっと呼び名は闇夜の太陽だね!あははっ」
「そりゃあ違いない!兄ちゃんみたいな見事な金髪じゃあ目立って悪さはできねぇや!」
それから一つ刻程、笑いと騒がしい雑談に囲まれて食事をすませ、宿が決まってない事を知った奥さんに紹介してもらった小さな宿屋に向かう事にした二人は店を後にした。
「まだ降ってるな」
奥さんの書いてもらった地図では少し歩かなくてはならないようだから、また濡れる事になる。
「仕方がないさ」
うんざりとはしたが、天候をどうこうは出来ないのだから仕方がない。
外套のフードを被り直して二人は歩き出した。
いつもより暗い空の色と雲。こんな夜は人気がなくてやけに雨音が大きい。
唐突にライリースは小声でアルシーヌに耳打ちした。
「…走るぞ」
「あ?ああ」
突然走り出して直ぐに角を曲がると壁に背をぴったりと付けて息を潜めた。
そして一瞬、ライリースは緊張したかと思うと、アルシーヌを後ろに突き飛ばし、鞘ごとの剣を振り上げた。
「って!」
アルシーヌが痛みを訴えるも受け身を取って起き上がるのと、
ガキンッ!
火花が散るのが同時。
暗闇に浮かんだのは銀の仮面。
「闇夜の、月…!?」
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