第25話 もう戻る事のない過去に


 その頃、南の国では慌ただしくレンの国外訪問の準備が進められていた。

 西の国に贈る品々、必要経費と食料、それから接見時の衣装など諸々が揃えられた。

 今回は竜騎士団のみでの行程となるため、往復の日数は短く幾分身軽ではあったが、それでも全てを揃えるには相当の日数を要していた。


 そんな中、竜騎士団の第一士団隊長テンガと第二士団隊長タイガは、竜騎士団を束ねるレンに呼び出された。

 二人は兄弟で一卵性双児であった。

 共にレンの右腕と左腕と称される有能な竜騎士である。

 その為二人の顔は、もしも同じ格好をしていたなら一見して見分けはつかない。

 しかし、区別する為なのか、それともまるで正反対みたいなお互いの性格を意識してなのか、髪型や衣類はまるで違っているからまず間違える人間はいない。


 テンガは社交性に長けており、サバサバした明るい言動や、有言実行で自信に満ちた彼の行動に人は集まった。

 服装は街で流行っている物をいち早く取り入れ、元々黒い髪を金髪に染めて、肩程までの髪を洒落た細工の施された髪留めで、後ろに一つに止めていた。

 やや軽薄そうに見える外見ではあったが、彼の力を認めない者はいない。

 それはもちろん彼に比類ない実力があるからだが、それと足して嫌味ない明るい性格にも起因するだろう。


 一方タイガは非常に寡黙な男である。

 それは他人と意思疎通を図る上で欠点ではないかと思える程で、表情すら変化に乏しい。

 双子の弟のテンガには、笑ったら頬の筋肉が筋肉痛を起こすとまで言われる程だ。

 黒髪のままの短髪で、曲のない前髪は適当に流されていたが、整えたわけではなく自然とそうなったと言う感じだ。

 見た目は良いのに自分の身なりに気を遣わないところもテンガとは違う。

 服装もだいたいは簡素な物が多く、長身のタイガが着るから良いものの、普通なら地味の一言に尽きる。

 そんなタイガの周りには、いかにも不言実行のタイガらしい、実直で頭の堅そうな人間が集まった。


 そんな正反対な二人だったが、もし恋人がいたなら思わず妬いてしまう程に兄弟仲は非常に良い。

 また二人はレンを超える長身で、以前三人で並んで居たところをラーニアに「城の石柱みたいね」と笑われた程であった。


 そんな二人はレンの執務室に呼ばれ、揃って礼の形を取る。

 レンはそれを手で制して、そのまま長椅子に座るように示した。

 背の低い長机を囲むようにして三人は座ると、レンは口を開いた。


「今回、西の国にはタイガを伴い訪問する」

「…は。……私がですか?」


 一度了解の意を示したものの、決して外交には向かないだろう自分の性格を知っているだけに、タイガはつい疑問を口にした。

 それを意に介さない様子でレンは続ける。


「そうだ。…その間、国内の竜騎士団については全権をテンガに任せる」

「はぁ…」


 テンガも了承したものの人選に疑問があるのか、返事は中途半端な声音だ。


「もし不在の間に何かあれば相談役はラーニアに頼んである」


 雌豹と呼ばれる女将軍が相談役であることに不満はなかったが、テンガはレンに口を挟む形で尋ねた。


「何故タイガを供に?」


 腹の探りあいのような外国との交渉や、接待事に不向きなタイガをあえて選んだのは何故なのか。

 テンガは基本的にタイガに甘く、タイガの世話を焼く事を産まれてからこの年までやってきたのだ。

 単純に『心配』の一言に尽きた。

 

「テンガ、お前がタイガを心配で堪らないのは理解しているが、タイガはお前が思うほど外交に不向きな男ではない。ただ寡黙なだけで度胸はお前と変わらない」


 笑み混じりに答え、まあ接待事には向いてないが…とレンは胸の内で呟いた。


「それは…そうですが。では、もう一つ」


 テンガは目を眇めて笑み、レンを見た。


「なぜ国王陛下ではなく殿下が行かれるのです?」


 レンは両の腕を組んでテンガを見る。

 他人に対峙した時、腕を組むというのは、無意識に他人を警戒し自分を守ろうとする仕草だと、幼い頃、前任の竜騎士の将軍に言われたのを不意に思い出して、レンは内心苦笑した。

 いっそこの二人には真実を告げても構わないと思うのだが、そうも行くまい。


「陛下はご病気で療養中だ。その為名代で行くことになった」


 結局レンは形通りの理由を口にする事となった。

 だが、真実を突き詰めようとする者にレンの内心が聞こえるはずもなく、テンガは続けた。


「しかしながら、医師や薬師が出入りする所をお見かけ致しません。他に何か事情でも…」

「テンガ」


 確信を持って尋ねるテンガを見据えてレンは浅く笑った。

 状況から正しい事柄を導き出す事は、自分の部下として頼もしい限りではあるが、これ以上は面倒だ。


「その察しの良さや洞察力は留守中に充分発揮してもらおう」


 それ以上は不可侵だとレンの鋭い目線が語り、テンガはそれを受け取り、タイガは理解して部屋に沈黙が訪れた。


「話は以上だ」


 レンは席を立つと、何か言いたそうなテンガと、飲み込もうとしているタイガに背を向け窓際に歩く。

 その背は無言で退室を促し、二人はレンの背中に揃って一礼すると退室した。




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