第26話 手を伸ばしては、
「陛下は…」
死んでしまっているかもしれないと、口にする事すら憚れるような気がしてテンガは言葉を濁した。
「…」
「殿下は陛下に対して、礼節と家族愛を持っていたはずだ。それに…」
あの血の繋がらない兄妹の間にあったのは家族愛以外の感情ではなかったか…。
よく自分達双子を捕まえては竜に乗せろとせがんだ、ここ一年の間姿を見ないじゃじゃ馬姫を思い出しテンガは口を閉ざした。
テンガは竜の厩舎の方を見て目を眇めた。
訓練を積んだ騎士でも竜を手なずけるのは大変で、誰もが出来るものではない。
故に、竜に選ばれた竜騎士は世界最強と言われるのだ。
それをいとも簡単に近付いて、竜の鼻面を撫でて、
『テンガ、タイガ。竜に乗せてよ』
南の地では珍しい、淡い栗色の髪を揺らして透き通るような白い肌の頬を上気させて笑って、左右の翼と詠われる俺達双子を困らせた。
結局いつも、それを殿下が見かねて姫を乗せて翔ぶんだ。
そんなに昔の出来事ではないのに、想いを馳せた脳裏の映像にはセピアの色でも掛っているかのようで、妙な懐かしさを覚えて、知らずテンガはそれを払うかのように首を振った。
「殿下が陛下と姫を弑たてまつるなどあり得ないだろう」
自分が口にするのも憚ると閉ざした内容を、さくっと口にしたタイガに、テンガはいささか呆れオイオイと横目に見た。
この調子かつ愛想笑いの一つも出来ない双子の兄を送り出して良いものか、本気で考えるテンガである。
視線に気付いたのかタイガは変わらない口調で言った。
「この件の仮定の話など皆が好き放題にしている。それに…そうだとして私達は誰の元に組みし戦うのだ?」
「そりゃ決まってる」
緋色の王子。
俺達が出会った竜王だ。
まあ俺はタイガのいる所ならどこでも良いんだけど。
おそらく、一度主君と決めたなら一生ついて行くのだと、頭の堅い事を考えていそうなタイガを横目に、そうテンガはこっそり思うのだった。
「で、西の国では円舞などが宴会では嗜みらしいけど、タイガは踊れるわけ?ご婦人方と」
「………善処する」
「善処、ね…」
眉間に皺を寄せて目を臥せたタイガは明らかに困った様子で、テンガはこっそり空を仰いだ。
それから三日後、レンを含む竜騎士の一行は西に向けて出発した。
出発の折り、城の玄関にはラーニア達の主だった面々が並び、門までの道を左右に騎馬隊、弓隊、歩兵隊が整列していた。
門を境に、城の門前を左右に分かれて十騎の竜が並び、各々竜騎士が手綱を取った。
十騎程の少人数だったが、竜が十騎というのはかなりの迫力だ。
暫くしてレンは城から現れた。
その後ろには宰相がいる。
兵達は揃って歓声を上げてレンを迎えた。
レンは全体を見渡し、肩に留めたマントを翻すと片手を挙げてそれを制した。
レンの腕により翻ったマントの裏は、その髪の如く熟れた夕陽で染め上げたように紅い。
それを合図に全ての人間は歓声を止め姿勢を正した。
全てが統制が取れて乱れた様子がない。
「留守は頼んだ」
「かしこまってございます」
斜め後ろで宰相はそう返事をしたが、果たしてレンのその言葉は宰相に向けられた物だろうか。
宰相の後ろでラーニアは小さく微笑んで、レンはそれを目に留めると、彼の為に開けられた道の真ん中を歩き始めた。
一歩一歩進むと、順番に兵士達は右向け右で真ん中の道を向き、敬礼をする。
臆することなく堂々とその道を進むレンの姿を、誰もが竜王の再来だと疑う事なく思ったに違いない。
門まで着くと、左右にはタイガとテンガが礼の形を取り、レンは二人を見遣ると足を止め城を振り返る。
そして、やや斜め上方を向き、レンは最敬礼を示した。
その場所は、本来ならば王が民の為に顔を出すバルコニーだ。
それに合わせて、全ての兵がレンに倣い、バルコニーに向かって敬礼を取ったのが、一斉にザッと動いた音で分かる。
ああ、なんと滑稽な事だろう。
王族の一人も居ないもぬけの空である城に、自分を含め、ここにいる全員が頭を下げている。
これを滑稽と言わずして何と言うのか。
レンは喉に込み上げる低い笑みを咬み殺し、全ての感情を飲み込んで顔を上げると城に背を向け、門を潜った。
それにタイガとテンガが続く。
緩やかに風が頬を撫で、颯爽と三人のマントが翻った。
「テンガ、後の事は任せたぞ」
自分の竜の手綱を引いて首を軽く叩くと、レンは城に視線を向けてテンガに言った。
「は…。くれぐれもお気をつけて。タイガ、殿下を頼んだぞ」
「ああ」
同じ形の瞳が視線を交わす。
たった一人の主君を選んだ双子の二人だけにしか解らない覚悟が、そこには確かに存在していた。
そしてレンが竜に乗るのに倣い、タイガを含めた十人の竜騎士も騎乗する。
角笛が晴れた空に響き、竜は羽を広げて羽ばたいた。
一斉に空に舞い上がる竜の兵団。
それはまさに、強国である南の国の象徴のようであった
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