第24話 時代の歯車を動かす。




 面会室は聖殿の北側にあって、ややひんやりとした場所だった。

 悩みを持った人が、人知れず相談しに来る場所ためか、少し裏側の陰になった場所に入口もあった。

 簡単に明記すれば、暗い。

 室内に入れば落ち着いた木調の調度品でゆったりとした雰囲気だ。

 二人が部屋に入ると既に一人の青年が椅子に腰掛けて待っていた。他の神官に比べて法衣が違う事から、立場が違う者なのだと直ぐに分かる。


「法王様、お連れいたしました」


 その声の方に頷いてサーティスは「お掛け下さい」と言ったが、光を捉える事の出来ない目は二人の立っている方ではない所に向けて声を掛ける事となった。

 二人が「失礼します」と動いてようやくそちらを向いた。


「法王様は目がお見えにならないのです」

「そう、なんですか?」


 アルシーヌは固く閉じられた双眸をじっと見て、ライリースは何かを探すように法王の顔を見ていた。


「後は大丈夫ですから、貴方は仕事に戻りなさい」

「あ…はい」


 少年神官はサーティスに言われた通り静かに退室し、こうして部屋には三人だけになった。

 まず話を切り出したのはサーティスだ。


「エドワード・ジョーンズが棄権の受付をした時の事をお尋ねだとお聞きしました」

「はい、オレ達…彼にお礼が言いたくて」


 アルシーヌは少年神官に言ったように法王にも嘘の説明をした。

 うわべにはサーティスはその話を鵜呑みにしたように見えたが、もちろん内心は違う。

 文字通りうわべだけだ。


「そうですか…。確か彼は一月半ほど前にこちらにいらして棄権を申し出ました。街の奉仕活動の日で皆が出ていましたので、私が受付けたので覚えていますよ」

「なぜ棄権を?こんな名誉な事なのに」

「さあ…。理由は仰いませんでしたから」

「あの…どんな方だったのでしょうか」

「そうですね…、言葉の少ない方でした。生憎私は目が不自由なので容姿を説明出来ませんが…」


 申し訳なさそうにサーティスは苦笑した。

 アルシーヌはただじっとサーティスを見ていた。


「………」


 サーティスは見えないながらも、空気を感じたのかアルシーヌに向かって柔らかく微笑んだ。


「どうかしましたか?」

「いいえ、別に」


 そしてアルシーヌはさっと立ち上がってライリースの肩を叩いた。

 少し苛ついた様子のアルシーヌに少なからず驚いてライリースは立ち上がる。


「帰ろうぜ。食わせ者の法王倪下は何も語ってはくれるつもりはないらしい」

「え?」


 ライリースに小声で告げて出て行こうとするアルシーヌに「待ってくれ」とライリースは立ち止まり、そしてサーティスをじっと見つめた。

 数秒、奇妙な静寂と間を置いて、ライリースは尋ねる。


「…どこかで会った事はないですか?」


 サーティスは目を閉じたままライリースを見上げた。

 サーティスはただ微笑んだ。


「さあ…。私はこのように盲目の身ですから、どこかですれ違ったとしても見知る事ができません」

「声は…声は分からないか?」

「そう言われましても…」


 困ったように微笑むサーティスをアルシーヌは睨み、ライリースの腕を引いた。


「行こうぜ」

「え、おい…」


 去り際もサーティスの表情は変わらない。

 二人が出て行って部屋の扉が締まった。

 一人残された部屋の中で、サーティスの悠然とした笑みは、消えていた。






「どうしたんだ?」


 アルシーヌは足早に聖殿を出て、だいぶ離れてからようやくライリースの声に振り返った。


「悪かった。折角あの法王に何か感じたのに出てきちまって」

「構わないが、どうしたんだ」


 突然、アルシーヌは立ち止まると低く唸るように声を発した。


「……あいつ、とんでもない嘘つきだ」

「…?」

「皆が言うんだ嘘つきだって」

「皆?」


 アルシーヌは頷くと片手を差し出してライリースの手を握った。


「オレ、精霊達の声が聞けるんだ」


 アルシーヌは目を閉じると握った手に力を込める。ライリースはアルシーヌの手が熱を帯びて、何かの力が流れて来るのを、まるで血管に異物が流れてくるみたいに感じた。


「!」


 そして、今まで見えていなかった無数の精霊達がフワフワと空気に漂うのがライリースにも見えた。

 それらはアルシーヌに寄り添い、戯れては離れて飛んで行く。

 さすがにライリースには声までは聞こえないが、何か歌ったり喋ったりしているのは見えた。


「精霊が言うんだ」


 アルシーヌはいやに冷めた目で言葉を続けた。


「あいつの目は見えてるって」






 一人残された面会室でサーティスはすぅっと瞼を開いた。

 黒い夜闇の瞳が窓から差し込む光に煌めく。まるで星が瞬くかのように。

 今まで閉じていた瞳には光が強いのか目を細め、そして二人が出て行く時の後ろ姿を思い出す。

 誰も見ていない事を知った上で目を開き、ほんの数秒瞳に映った金髪。

 あの頃とまるで変わらない、太陽の光を糸にしたような眩しい金色。

 金の王と謂われるその証。

 なんて眩しい光だろうか。

 特に自分には。


「……古い王政はもう必要ない」


 サーティスは立ち上がり、今しがたライリースが居た場所を見つめ、


「ライリース…お前は俺が殺す」


 重い呟きを落とすと、再び偽りの瞼を下ろした。





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