第14話 憂国の若者たちは、



 激しくもなく、さらさらと降り注ぐ雨は西の国では珍しいものではない。

 本日の西の国では優しい雨が降っていた。

 太陽が照らしても、雨が降り注いでも、雪が降ったとしても、他の国よりも穏やかと言う表現がしっくりと行く天候で、人々が暮らしやすいのが西の国だ。


「倪下、おはようございます」

「おはようございます。雨の香りがしますね。今朝は雨が降っているのですか?」

「はい、空は明るくなってきているので、程なく晴れて参りましょう」


 聖殿はいつもと同じ、いつものようなゆったりとした朝を迎えていた。

 そして今日も国を憂う若者達の談義は始まっていた。

 しかし今日はいつもの政治的見解の話とは一風違うようだった。


「聞いたか?」

「ああ、昨晩出たらしい」


 サーティスが入室すると、一旦、皆の話が止まり、静まると若い法王に恭しく頭を下げたが、すぐに再び話は始まった。

 どうやら少し興奮気味の若者達の様子に、サーティスは首を傾げ、僅かな興味を滲ませて尋ねた。


「何かあったのですか?」


 尋ねられた青年は、少し驚いて、しかし丁寧に言葉を選んで話はじめた。

 青年の話はこうだった。




 最近、城下を騒がせている男がいる。

 その男は顔をマスクで隠し、良からぬ方法でお金を稼いでいると噂される家に忍こんでは盗み出し、夜のうちに貧しい家々に盗んだ金をばらまいているらしい。

 その男は決まって月の出ていない夜現れることから、『闇夜の月』と呼ばれている。


「闇夜の月?」

「はい。彼のマントの裏が銀色で、月のない闇夜に屋根を飛び移った時、マントが翻って三日月のように銀色が見えたそうです」

「ああ、なるほど。…しかしその彼は泥棒ではないですか?」


 まるで英雄のように語る若者の様子が可笑しくて、サーティスは穏やかな口調で問う。


「確かにそうではありますが、法をかいくぐって悪事を働いている輩を懲らしめていると思うと、応援するような気持ちになってしまいます」

「なるほど…」

「故に彼はコソ泥ではありません。義賊なのです」

「義賊…ですか」

「はい。今の貴族政治が産み出した、民衆の英雄ですよ」


 そうして若者はまた話の輪の中に戻っていった。

 いつの時代も悪い権力者を懲らしめる民衆の味方は、その方法はどんな手段であろうとも、正義の味方として、もてはやされるものである。

 サーティスは暫くその場の空気を感じるように耳を澄まし、そして少しすると静かに退席をした。


「…義賊、か」


 固く閉じられた双眸には見る事は適わないだろうその姿を、先程の若者は分かりやすく説明してくれた。

 背は一般家庭の扉の高さ程の長身で、やや細身の体躯。

 黒髪で、顔は白い仮面で覆われている為に分からない。

 剣の腕は相当な物で、城の衛兵達を瞬時にみね打ちにして眠らせたらしい。


「…ふっ…」


 サーティスは少し笑った。

 盗みは犯罪。

 それでも民衆は彼を正義だと言い、英雄を求めている。


「国は病んでいる」


 求めている対象も自分達と身近な所で、だ。

 それは王宮に何の期待もしていない事を意味した。

 度重なる内紛に分裂した西は、今、ただ真に平和で豊かになる事だけを求めているのだ。

 自分達の日々の稼ぎを搾取して吸い取るだけの貴族連中に何の期待が出来ようか。


「法王様。お祈りの時間でございます」

「ええ、今行きます」


 世の中の流れから切り取られ、隔離されたかのような聖殿の生活がサーティスを呼んだ。




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