第10話 絆を深めていく。


 それから二日程歩いて、二人は大きな街に辿りついた。

 この街は西の十八諸国の一つで城塞都市だ。

 商業は盛んのようで、武器、食料等、不自由はしなさそうだ。


「そうだ、武器屋を覗いても良いか?」

「ああ」


 アルスに言われて、ライリースも自分の剣が歯こぼれしているのに気付く。

 この際買い替えても良い。


「鉄剣じゃあ重くてさ。少し軽い剣が欲しい」

「そうだな。確かにお前の細腕では、拾ったその剣では重すぎる」

「悪かったな細腕で」


 武器屋に行ったら、次は食料を揃えて…と、予定をお互いに確認しつつ歩く。

 歩きながらアルスは何かを見つけて、外套のフードをかぶった。


「アルス?」

「さっさと行こうぜ」


 通りの広場に面した所で、不意にアルスはライリースと歩いている左右を入れ替わるように移動する。

 緊張がライリースにも伝わって、さりげなくライリースは辺りを伺った。

 広場は人で賑わっている。

 木ぎれを片手にチャンバラをする子供達。

 井戸端会議をしている主婦。

 ベンチで語らう恋人達。

 それに紛れるように目つきの良くない男が二人。

 あれか…。

 ライリースは極力アルスを自分の影に隠して歩いた。

 広場を通り過ぎて角を曲がると、アルスは小さく嘆息した。


「この街には長くは居られないようだな」


 ライリースの言葉にアルスは一瞬詰まって、ぱっと笑うとライリースを見上げた。


「なんでだよ、大きな街だぜ。ここできっちり補給しないとな」

「お前がそう言うなら構わないが…」

「ほら、行こうぜ。あそこの武器屋なんか品揃えが良さそうだぜ」


 意気揚々と歩くアルスの後ろからゆっくりとライリースはついて行く。

 ちらと行き過ぎた広場を気にして、肩越しに見遣るが、もう広場は見えなかった。

 武器屋の店内は雑多なものではあったが、小さいながらも城塞都市と呼ばれるだけあって、品揃えは良かった。

 この地方は南と隣接し、また、東とも近く、西の中でも小競り合いの絶えない地区というのも、武器、防具の多い理由だろう。

 ライリースは歯こぼれを起こした鉄剣を売り、替わりにそれよりも強度の高い鋼の剣を手に入れた。

 アルスも所持していた剣を売り、同じく鋼の、但し軽量の細い剣を選んだ。これならアルスでも片手で扱える。


「あとは食料と宿だな」

「ああ。…だが…」


 ライリースはアルスの様子を伺った。

 アルスは自分が記憶喪失の得体の知れない人間なのに関わらず、旅に付き合ってくれている。

 なのに水臭いではないか。

 何かしらの事情があるなら、少し位話してくれたら力になれるかもしれないのに。

 どちらにせよ聞かなくては話してくれやしないな。ライリースはそう思ういながらも口を開いた。


「お前も何かに追われているのだろう?」

「…なんだよ急に」

「あの宿の夜、お前が言った台詞だ」



『知らない連中だな。…あんた追われてんのか?』



「……」

「見たことのない族を見て、追われているとすぐに連想するのは、自分自身が追われているからだろう?しかも自分を追っている連中とは違うと、だから知らない連中と言ったのではないか?」


 宿屋に押し入る族なら、盗賊や物取りと考える方が自然のような気がする。


「…だったら何なんだよ」

「話してくれれば、俺が何か役に立てる事があるかもしれない」

「……それは…」

「それに、俺が追われている事で迷惑を掛けているのに、お前の事は無関係ではフェアじゃない」

「……つく」

「?」


 少し顔を背けたアルスの声は聞こえにくくて、ライリースは少し身を屈めた。


「ムカつく」


 素直じゃない。しかし、そうポツリと言ったアルスの頬には赤みが差していて、ライリースは少し苦笑して「そうか」と笑み混じりな声を溢した。


「何ニヤついてやがんだよ、マジムカつくしっ」


 アルスは怒ったように言ったが、ライリースには何故だかそれが可笑しくて仕方がなく、笑みを堪えようと余計と喉の奥でくつくつと笑ってしまった。


「いや、お前可愛いよ」

「うっせえ、発言と顔が合ってねぇ」

「本当だって」


 するとライリースは笑ったままアルスの腕を取って引き寄せた。


「な…っ」


 何しやがる。


 アルスの言葉はライリースの胸板にぶつかって途切れた。

 逞しくて長い腕がアルスを包み込んで、アルスは日の光からも隠れてしまう。


「おいっ」


 アルスは抵抗して声を上げた。


「し…っ、そのまま」

「?」


 アルスが動かなくなると、ライリースはマントを被せて、より一層きつく腕の中に閉じ込めた。

 外界から閉ざされたようなライリースの大きな腕の中で、アルスは通り過ぎる足音を聞いた。

 アルスは足音を聞きながら、ライリースの服を思わず掴んでいた。

 それに気付いたのかライリースはアルスの背をそっと撫でる。

 まるで小さな子供をあやすように。

 そしてわざと恋人にでもするように髪に頬を寄せた。


「ちっ、昼間からいちゃつきやがって」

「こっちはガキ一人必死で探してるっつうのによ」


 男達は吐き捨てるように罵りながら通り過ぎる。

 足音が遠くに聞こえなくなって、ようやくアルスは息をついた。

 足音が去ったと言うのにいっこうに放す気配のないライリースにアルスは低く抗議の声を上げた。


「もう行っただろ?」

「お前…」

「…んだよ」

 ライリースは背中と肩をすっと撫でて体を離すと至極真面目な顔で言った。


「もう少し食えよ。成長期にしては細すぎるぞ。背だけひょろひょろ伸びても男にはモテないぜ」

「……いいから、放せ!」


 アルスの鉄拳が見事に腹に命中したのは一瞬の後。


「…美人なのに勿体無い。抱き心地が悪い」

「うっせえっ」


 ふいっと反らしたアルスの頬には朱が差していた。




『細すぎる。もう少し食えよ』




「アルス、どうかしたか?」

「いや…なんでもねえよ」


 アルスは扉の枠に額を打つ位の長身を見上げた。

 少し恨めしそうに。

 そして少し複雑な面持ちで。


「行こう」


 ライリースは笑みを向けて、アルスの背を軽く叩いた。

 日の光よりも眩しい金色がアルスの瞳を霞める。

 それはアルスの知っている南の太陽より柔らかく、穏やかな春の太陽を思わせた。


「ああ」


 城塞都市を出れば、そこは果てしなく続く大平原。

 旅はまだ始まったばかり。

 自分の過去を見つける事が終着点だが、手掛りの少ない今、眼下に広がる大平原のように、終りのない旅のようにライリースには感じていた。


「それも悪くはない」


 付き合ってもらっているアルスには悪いが、これも率直な意見である。

 先を歩くアルスの後ろでライリースは小さく笑みを溢した。




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