第9話 血の運命は
それから二人の旅は順調だった。
たまに盗賊に襲われたりもしたが、腕は二人の方が勝っていたので問題はなかった。
「それにしても、この辺りは民家が少ないな」
さすがに西の情勢まではアルスも知らない。
そろそろ食料の補助もしたいのだが、村と呼べる集落もここ二日間、見かけていない。
ライリースは少し考えるようにして、目を臥せた。
「通ってきた民家は老人や子供しか見掛けなかった。それに、田畑は荒れていたな。恐らく、戦争があったのではないか?」
若者は戦いにかりだされ、田畑は踏み荒らされたのだろう。
「そうか…だから…」
アルスは何かを探すように宙を見上げた。
「アルス?」
「いや…」
アルスの色素薄めの栗色の髪が風にあおられ、ライリースの金色の髪が夕陽の光を跳ね返した。
もうすぐ夜になる。
宿屋が見当たらないのだから、仕方なく二人は野宿をすることにした。
野犬や狼に襲われないよう、火を炊き、前の街で補給しておいた食料を食べる。
なんとも粗末な非常食に過ぎないが、二人の空腹を慰めるには充分だ。
粗末な非常食を食べているというのに、ライリースの諸作は美しいとアルスは思った。
記憶がなくてもそういう所に生まれは出てしまうものだ。
やっぱり裕福な育ちだな…と、アルスは内心思う。
そんな裕福な家から、どのような理由があって記憶まで無くして旅をしているのだろう。
アルスはじっとライリースを見つめた。
「ん?何だ?」
「別に」
「良い男で見とれたか?」
「言ってろ」
確かに顔は良い。
すこぶる良い。
少し笑顔を向けるだけで、女は黙っちゃいないだろう。
「金が底をついたら、あんたのその顔で女騙して稼いでくれよな」
そう言うとアルスは腕を伸ばして、そのままごろんと横になる。
「じゃ、先に仮眠するから、後よろしく。二刻程したら交代な。何かあったら起こせよ」
「ああ」
ライリースが返事を返すや否や、早くもアルスの微かな寝息が聞こえ始めた。
いつもながら、アルスの寝付きの良さには驚かされる。
ライリースは自分のフードマントを外して、アルスに掛けてやったが、アルスが起きる様子はなかった。
ライリースが見張りで安心しているのだろうか。
これが自分なら、少しの震動で目を醒ますにちがいない。
ライリースは寝入ったままのアルスをじっと見つめた。
自分と比べて細い体だ、旅の疲れも余計に掛っているのかもしれないな。
焚火の揺れるのに合わせて、アルスのまつ毛の長い影が揺れた。
「南の出身にしては色が薄いな」
南の焼けるような太陽の下で育ったにしては肌が白く、髪の色も薄い。
アルスはライリースの事を、顔が良いだの何だのと言ったが、ライリースにしてみれば、アルスの方が綺麗だと思った。
動きは適当でガサツそうだが、黙っていたら妙に色気がある。
街に立ち寄れば、無論ライリースをちらちら見る視線は感じるが、アルスにもチラチラと視線を感じた。ただ残念なことにどちらかと言うと女性の視線が多いのが、どうしても中性的な見た目のせいだろう。
刺客に追われているのに、こんな二人ではいくらコソコソ行動しても、存外目立っているように感じて仕方がない。
「しかし…」
不思議だな。
ついこの間、知り合ったばかりなのに、何て気安いのだろう。
記憶を失ってから旅を続けて、何人か同行した人間もいたが、こんなにも気楽な雰囲気なのは始めてだ。
自分は知らない人間にでも、上手に接する事の出来るタチであるようだが、意外に実は壁をしっかり作っている事も自覚している。
だがアルスとはどうだろう。
いつの間にか壁はなくなっていた。
いや、そもそも初めからなかったのではないか。
「アルスの、せいか?」
アルスの性格がそうさせるのか。
ただ少し寂しいのは、アルスが自分の事はあまり語らない事だ。
何か事情を抱えている事だけは分かる。もちろん無理矢理問いただそうとは思わないが、少しだけ水臭いと思った。
「それは兎に角、折角の眠りを妨げるわけにはいかないな」
ライリースは呟くと、剣を握り夜の闇に潜む敵に鋭い視線だけを向けた。
焚火の薪を一本掴んで、気配のする方に投げつける。
すると、盗賊が数人斧を振り回してライリースに向かって来たが、ただ体が大きいだけの力自慢ではライリースの相手ではない。
一人を縦に一閃すると、振り向き様に二人目を凪ぎ払った。
凪払った男の体を蹴りとばして三人目もろとも崖下に突き落とし、その足で砂を蹴り上げて、四人目の眼を潰すと、その男は視界を失い間違って仲間に斬りかかり、その仲間に返り打たれた。
最後の男は斬った仲間の血を払わないままライリースに正面から向かって来たが、あっさりと斬り結ばれた。
倒れ伏す男の手から鉄剣が離れ、宙を舞った。
切っ先の行方にはアルス。
ライリースは手首を返して剣を振り上げて、鉄剣を払い退け、それは空中で数回転して、地面に突き刺さった。
ライリースは一息吐くとアルスを見る。
何もなかったようにアルスは寝返りを打って、体を丸めた。
それを見て、ライリースは小さく吹き出し、元居た場所に座った。
「よっく寝た」
二刻経ってアルスは眼を醒まし、手足を伸ばして周りを見る。
「あれ?割りと何かあった…感じだよな…」
盗賊達の哀れな姿を指して、ライリースを見る。
「大した事はなかったぞ」
「ふ、ふーん…。見張り、ありがとな」
「じゃあ交代だな。おやすみ」
「……おやすみ」
ライリースは火に背を向ける格好で横になる。
まあ、良いけどさ…。
アルスは小さくなった火に枯れ木をくべて、肩をすくめた。
メラメラと燃える火に人差し指を伸ばして、アルスはふと口元を緩める。
「なあ、どう思う?やっぱ聖冠王と関係あるのかな」
火はそれに答えるみたいにユラリと揺れる。
「金色の王か…」
アルスは膝を抱えてライリースを見る。
「もしそうなら…血の運命、か…」
呟きは誰に聞かれる事なく夜に溶けた。
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