第2話 運命は交わり、
背を向けて、十メートル程歩いて、アルスは何となく気になって後ろを振り返る。
記憶のない人間を放り出して捨ててきたみたいで、妙な罪悪感が胸を襲ったからだ。
そのすぐ後に、振り返らなきゃ良かったと思ったのは、自分が人でなしのせいではないと思いたいアルスだった。
「何でついて来てんだよ」
「すまん、行く所もないもので」
そう言って悠然と笑う姿には、口にした「すまない」なんて気持ちはみじんも感じられず、アルスはがっくりと肩を落とした。
「…何か身元が分かりそうなモンとか持ってないわけ?」
「…気付いた時には、この剣と金貨、それからこの金色の腕輪だけだった」
そう言って持ち上げた革袋は見た目にも重そうだ。
「お前さ…。今さっき知り合ったばっかの人間に、そんな大金見せたらいけないぜ?オレがまだマトモな道徳を持ってるから良いものの、世間一般じゃあ、そんな大金はスられるって決まってる」
「…たかがこれだけを?」
アルスは盛大なため息をつく。ライリースに聞こえるように。
「お前どっかの貴族の放蕩息子か、いっそ世間知らずの王子様じゃあねえの?一般的にそれは大金で、庶民はそれだけあれば、贅沢しなきゃ一年は暮らせるんだぜ?」
「そうなのか」
「そうなの」
そうは言ってもな…。
「オレも家ナシだからな…」
「そうなのか?」
「ああ、諸事情により旅してんの」
「なら簡単だな」
「何が?」
「二人で旅をすれば良い」
「はあ!?」
アルスは思わず声を荒げた。
「女の子が一人旅では大変だろう。俺が守ってやろう」
「必要ねえよ」
「そうか?俺はかなり強い方だぞ」
「だから、必要ねえって!今まで一人でやってきたし。いざとなれば女の武器を使って何とかするし」
「女の武器…。それは少々無理がないか?」
ライリースはあからさまに驚いて目を見張り、膨らみを触った感触を確かめるような手つきをしたものだから、アルスはイラついた顔をして言った。
「うるせえな。どうせ平坦な身体だよ」
アルスは少女にしては背が高く、どこか中性的な魅力のある美しい顔立ちと体つきをしていたが、それゆえに女性の色香というものからは縁遠い見た目をしていた。
どちらかと言えばご婦人方が好みそうな線の細い少年という方が近い。
「それに俺に貸しがあるのだから、返しておいたら後が楽だぞ」
「……わかった。けど、あんたの金で宿代出せよな!」
ライリースはよし分かったとばかりに笑顔で頷いた。
この街は、かつての西と南の境界近くの街で、多くの旅人が寝泊まりするのに使われるのか、宿屋は割と多い。
その中で一番安そうな宿を選び二人は休むことにした。
安宿のせいか、部屋はベッド二つがぎりぎり入っているような狭さだが、野宿するよりは数段マシである。
「あー久々のベッドだ」
アルスは大の字になってベッドにうつ伏せた。
「アルスはいつから旅をしているんだ?」
もう一台のベッドに腰掛け、ライリースは聞いた。
「んー…、一年位…かな」
「親は?」
「なんだよ、身の上調査?」
「そう言うわけじゃないが」
まあ、良いけどね。
「親…はいねえよ。死んだ」
「そうか…」
「親が死んだ事が旅する事になった直接的な原因。けど、もう一年も経つし気にしてねえよ」
悪い事を聞いてしまった…、ライリースの顔からはそんな表情が出ていて、アルスはなんだかほっとした気分になった。
心根の良い人間なんだろう。
思えば一人旅のこの一年、他人の掛け値なしの優しさなんてものには遠ざかっていた。
むしろ騙されない為に他人を信用しない事を必死に学んだくらいだ。
だからこそアルスは思った。
こいつを一人にしたら、人に騙されて身ぐるみ剥がされてしまうに違いない。
いや、剣は相当使えるようだから、力づくではないだろうが、なんて言うか…。
「あのさ今の世の中、親が死んで家のないガキなんてゴロゴロ居るから、いちいち気にして宿おごってやったりしてると、あんたの財布がすぐに底を尽きるぜ?」
仕方ねえなあ…。
「どうせ行く宛ても目的もねえし、暫くは一緒に、あんたが一体誰なのか探す旅でもするか」
「俺が誰なのか?」
「ああ」
ライリースはアルスを見て目を細め楽しそうに言った。
「長い旅になりそうだな」
「案外さっさと思い出すんじゃねえの?」
アルスはぶっきらぼうにそう言うと、おやすみと薄い布団を頭から被った。
誰かと共にいる。
アルスにはその事実が妙にくすぐったいような気がしていた。
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