第3話 そして二人は旅立った。
静かな夜だ。
旅人が行き交う豊かな街ではあるが、城下町とは違い、夜は疲れを癒す人ばかりなのか外に人気は少ない。
「…っ」
そのせいなのか、それとも単に自分の眠りが浅かったのかは分からないが、ライリースはアルスの声で目を覚ました。
「…ン、いやだ…」
ライリースは半分醒めない重たい意識の中で、それでも気になってベッドから起き上がる。
うなされているのか?
ライリースは眠っているアルスを見た。
17歳だと言ったアルスは歳の割には性別が分からないほどに細い。
旅をしているせいで発育が遅いのかもしれないが、そろそろ女性らしい丸みが出てくる頃ではないだろうか。
親が死んで生活が大変だったろうから、成長期で成長しきれないのかもしれんな。
そう思いつつライリースはアルスを覗きこむ。
わざと粗暴な口調にしているような口調とは裏腹に、アルスの顔は瓜実の色の白い整った顔立ちだ。
おそらく身なりを美しく整えれば男たちは放っておかないだろう。
しかしどこか中性的な魅力もあって、少年趣味の人間の食指も動きそうだ。
そんな綺麗な顔が苦悶に歪んだ。
「おい」
なんて顔をしているんだ。
寝顔があまりにつらそうだったから思わず声を掛けてしまった。
「!!」
起こそうと伸ばした手は、気配で反射的に起きたのか、途中でアルスに掴まれた。
瞳孔が開いているのではないかと言うくらい見開いた目は、ライリースを見ているようで、焦点が合っていなかった。
肩で息を繰り返している様子を見て、ライリースはよほど驚かせてしまったようだと少し悪く思った。
「大丈夫か?」
ようやくライリースに気づいて、アルスは力いっぱい握っていたライリースの手を緩めた。
「あ…ああ、平気。悪ぃ…」
「夢を見ていたのか?」
「ああ…」
アルスはベッドサイドに置いていた水を一口飲むと、長く息を吐き出した。
「久しぶりにベッドで寝たせいかな、なんか油断してヤな夢見ちまった」
ライリースは自分のベッドに座った。
「どんな夢を?…誰かを呼んでいるようだった」
「…名前、聞いたのか」
「いや」
聞かれたくない事を聞いてしまったか。
ライリースはアルスの様子を伺った。
「…そうか……。…ま、あれだ、親の仇ってやつ?そんな夢見てた」
親の仇…。
からっと笑ったアルスを見て違和感を覚えて、むしろ、すがるみたいに掴まれた自分の腕をライリースはそっと撫でる。
「そうか…」
そしておもむろに、ベッドサイドに置かれた自分の剣を掴んだ。
その様子にアルスは満足そうに笑う。
「なんだ気づいてたのか」
「五人だな」
ライリースの小さな呟きにアルスは頷くと、音を立てずに壁際に寄った。
そして懐から短剣を掴み出す。
「やれやれ、今夜はゆっくり休めると思ったのに」
不平を洩らしてアルスは窓を蹴破った。
それと同時にライリースは部屋から飛び出す。
狭い室内では剣は不利だ。
続いて飛び出したアルスはライリースの背中側にピタと背中を合わせて、剣を構えた。
「知らない連中だな。…あんた追われてんのか?」
「何度かそう言う目には遭った」
そう言いながら悠然と笑ったライリースは、すらっと白刃を抜く。
「何かヤバい事に巻き込まれてそうだな…」
あーあ、やっぱり関わるんじゃなかった…。
アルスの呟きにライリースは笑った。
「もう遅い」
五人の男達が一斉に踊り掛って来たのは次の瞬間だ。
二人は背中をお互いに合わせて上手く間合いを取りながら土を蹴った。
ライリースの剣の腕は素晴らしい物で、目の前の二人が抵抗すらできないあっと言う間に地面に伏した。
その二人に目もくれる事なくライリースは剣を翻す。
それは背後から振り下ろされた刃を受けて、火花が散るような金属音がした。
そのまま押し返し、敵の肩越しにアルスを見た。
親をなくしてさまよっていた少女。我流の太刀筋では苦戦を強いられるだろう、と思ったライリースの予想に反して、アルスの剣さばきは綺麗だった。
誰かに教えられたのだろうか。
ただ惜しむらくは、アルスの手にしていたのは短剣で、武器としては非常に不利であった。
「くそっ!」
ライリースはアルスの様子を見て取り、倒れた男から剣を奪うと、
「アルス!」
放り投げた。
「!」
アルスは投げよこされた剣の刃と敵の攻撃を身を翻して跳び交し、柄を握り剣を取ると、
「助かったぜ」
そのまま弧を描いて敵を斬り結んだ。
残りの二人がじりじりと、ライリース達との間合いを取りながら互いの顔を見合わせる。
「仲間が居るなどと聞いていない」
「一先ず引くぞ、報告しなければ」
その気配にアルスが地を蹴った。
「待てよ!」
一瞬、手を伸ばして空を切り、剣の柄を掴むと去り行く背中にそれを投げつける。
それは結局相手の剣で叩き落とされ、地面に突き刺さった。
追いにかかったアルスの肩をライリースが掴む。
「深追いするな」
アルスは舌打ちすると、地面に突き刺さった剣を抜き、一閃して土を払うと倒れている男から鞘を奪って刃を仕舞った。
「…つうかあんた、結構大変な事に巻き込まれてんじゃねえ?」
「記憶はないが、どうやらそのようだな」
アルスは深くため息をついた。
面倒な事になったものだ。
「ま…、いいけどさ…」
そして倒れた男がしていた腕輪をちらりと見る。
それをそっと腕から抜くと指に引っ掛けてくるくると振り回した。
「とりあえず休もうぜ。夜があけたら、西に向かう」
「西に?」
「ああ」
アルスは腕輪を握ると頷く。
「西だ」
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