或る四人の王の物語
向日 葵
第1話 悠久の時を超え
かつて
神に祝福を受けた四人の王は大陸を四つに分けて統治し、ここから神代ではなく人類の歴史が始まった。
東の国は王を統べる王が統治する、太陽の国。
西の国は聖なる剣を振るう正義の王が統べる、草原の国。
南の国は竜と共に生きる知略の王が統治する、渓谷の国。
北の国は精霊の加護を厚く受ける精霊の王が束ねる、不思議な力を秘めた氷の国。
神代の王達が姿を消して、世界が人の手に委ねられて三百年後、再び魔王サタンは復活した。
北の国を蹂躙し、徐々に南下した魔の力は人々の安穏な生活を奪い、世界を黒く染めた。
魔王との戦いに挑んだのは、四人の神王の末裔だった。
二度目の魔王との戦いに、神王の再来だとされた四人の若者は、魔王を退け勝利した。
そして四人は二つ名を与えられ、大陸を再び四つの国に平定した。
東の国の王は、四王を統べる聖冠王と呼ばれた。
西の国の王は、聖剣を頂く騎士王と呼ばれた。
南の国の王は、竜を操る竜王と呼ばれた。
北の国の王は、精霊を使役する精霊王と呼ばれた。
それから長く大陸は平和を保った。
しかし、それから更に二百年、人々の記憶からそれらが伝説となり、薄れていった頃、世は再び乱れた。
――――人々の手によって…。
「くぉらぁぁっ!この悪ガキがぁ!!」
「ぼぅっと、つっ立ってる方が悪いんだっつうの!」
歳は15、6歳位だろうか。
少年とも少女ともつかないそんな体型は、肢体から延びた手足は細く、日差しの強い南方のこの土地には珍しい程、色が白い。
二百年前の大戦で北の国からの移民が南の国には多いから、その血が混ざっているのかもしれない。
北の国の末裔は総じて色素が薄い。
特にこの街は、南の国と東西の国を分けるように隔てている山脈の麓で、いろいろな地方の人間が行き交っているし、不思議なことではないだろう。
短い亜麻色の髪を揺らし、リンゴを手に、追いかけて来る店主に舌を出して通りに飛び出した。
ひ弱そうな見かけを裏切って、その足は駿足と言って良いだろう。
しかし、飛び出したは良いが後ろを気にして前を向いていなかったせいで、すぐ他人に迷惑をかける事になってしまった。
「って…」
勢い良く他人にぶつかってしまい、細い体は弾き飛ばされてしまう。
跳ね飛ばされた拍子に路面に頭をしたたかにぶつけたのか、亜麻色の後頭部を手のひらで押さえてうめき、片目を開いてぶつかった相手を見上げた。
相手はびくともしておらず立っているのだから、当然かなり上を見上げることにはなったのだが、それにしても背が高い。
歳の頃は
くたびれたフードのついたマントの下からチラリと覗く金の髪は、フードを取って日の下に晒せば、さぞ見事な事だろう。
そんな場合ではないのかすぐさま立ち上がると、今しがた自分が走って来た方向をちらちらと気にして、
「兄さん悪いな。急いでたんだ」
と、形ばかりの謝罪を述べた。
じゃあな、と走り去ろうとしたその時、突然襟首を捕まれ一瞬息を詰める。
「げほっ!な、何すんだよ!」
すると青年はふわっと笑い、路地を指した。
「お前を呼んでいるぞ」
指し示した方から来るのは、果物屋の店主だ。
「げ…」
慌てて青年の手から逃れると、
「バカ、あいつから逃げてるんだって!」
青年の背中を盾に隠れた。
「…そうか、追われているのか」
ならば、と青年は腰に佩いた剣に手を掛ける。
「切るか」
「っちょっと待て!林檎を盗んだのは俺!あいつは悪くねえっ!」
「そうなのか。…なぜ盗んだ」
「金がないからだろ!」
「そうか…」
青年は剣を収めると、華奢な体を俵よろしく担ぎあげて店主の方へ歩いていく。
「おいっ!離せ!」
「自分で悪い事をしたのだと分かっているのなら謝れ」
そりゃそうだけど。
諦めたように担ぎ上げられた肩の上で盛大なため息をついた。
「金払ってくれてありがと」
「いや。二度とこんな事をしてはいけないぞ」
「はいはい」
適当に返事を返して、短剣で林檎を半分に切り、青年に差し出した。
「ほら、やるよ。…つってもあんたが金出したんだけどさ」
「それに、女の子ならもう少し淑やかにした方が良い」
「………なんで?」
「抱き上げた時に…」
ほんの少しの膨らみが。
「変態。一応男のフリしてるんだからバラすなよ」
「何故男のフリを?」
「あのなあ、世の中は物騒なの。女より男の方が少しは安全だろう?」
少女は嫌な顔をしながらも林檎を青年に押し付けた。
青年が受け取るのを見て、少女は林檎をかりっとかじる。みずみずしさが音だけでも分かる林檎は、この暑さでは喉の渇きも潤わせて、最高のご馳走だ。
「で、あんた名前は?どこで何やってる人?」
「…名前は、多分ライリース」
「多分てなんだそりゃ」
「すまない。名前以外の記憶がないのだ」
「へ?記憶喪失?」
ふうん、と少年はライリースと名乗った青年をじろじろと見遣った。
背は標準よりかなり高い。普通の家の戸口は大概頭を下げて入らなくてはならないだろう。
引き締まった体は、剣術で鍛えたのだろうか、筋肉がついている。
フードを取って日の元に晒された髪は予想以上に美しい金髪で、まるで太陽の光を集めたかのようだ。
それを配した顔立ちは甘く、俗っぽい言い方をすれば、いかにも女にモテそうで物語の王子様のようだ。
「しかし伝説の聖冠王の名とはねえ…。まあ姿形はそう名付けた親の気持ちが分かるけど」
「?」
「まあ良いや。オレは……アル……アルス。伝説の精霊王アルシーヌに二文字だけ近いと言えば近いな」
「伝説?」
「あんた、それすら記憶喪失かよ。四人の王の伝説なんて幼い子供でも知ってる常識だぜ?」
「そうか」
ライリースは微笑んだが、その笑顔がアルスには寂しく思えて、そう思ってしまった自分に、がっくりと肩を落とした。
会ったばかりの見知らぬ男に同情できるほど自分には余裕はないのだ。
「だからさ…。五百年もの昔、この大陸から魔王を退けてくれた神の子が四人いて、東西南北の国を作って、しばらく平和だったんだけど、伝承では二百年前にまた魔王が復活して、神王の生まれかわりみたいな四人の王が魔王をやっつけて、平和にしてくれたんだって話」
「四人の王…」
「そ!中でも東の王は太陽の輝きをその身に宿し生まれてきたって言う、聖冠王ライリースっつうんだって。最初に魔王討伐に決起して、仲間を集めたリーダー的存在なんだってさ」
アルスはライリースの髪を指差して言った。
「きっとあんたみたいな金髪だったんだぜ」
「そうなんだろうか」
言われてライリースは自分の前髪を摘んだ。
「まあ、今はもう四つの国なんてない、平和もない、伝説なんて夢物語だからな」
東西南北の四人の王が治めたかつての平和な大陸は、今やいくつもの国に分かれ、互いに争い、民は貧困に喘いでいる。
「そうか。それで他の二人の王の名は何というんだ?」
「サーティスとレン。誠実で実直な武術に優れた聖騎士サーティスは西の王となり、類稀な頭脳と勇気を持った竜王レンは南の国を統治した」
「へえ…」
「つうかさ、面倒だから、後は書物でも読んでくれよな」
アルスはよいしょと立ち上がる。真っ青な空に両腕を上げて体をのばすと、
「それじゃあな。またどこかで会ったら声掛けてよ」
ひらりと手を振って、ライリースに背を向けた。
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