八章
第41話 憎まれっ子は世に憚れない①
晶羽と珠璃は最後までトラブルを乗り切り、無事に出番を終えた。
後片付けの最中、『機材トラブルが起きたらちゃんと申告するように』と晶羽がスタッフにステージの袖で叱責された以外(当然と言えば当然だが……)は、互いに全力出し切ったと満足していた。思い残すこともない。自分たちの出番後、残り二組の演奏をフロアでじっくり堪能もできた。
そして、すべての出演者の演奏が終わり、休憩時間──、その裏では審査員たちが審議を行う、を経て、いよいよ結果発表の時間を迎える。
煌々と客電が輝き、明るさを取り戻していたフロアが薄暗くなり、薄暗かったステージでピンスポットがパッと輝く。ピンスポットの中、司会スタッフが朗々と結果発表の前口上を述べている。
「いよいよだなぁ」
珠璃と晶羽の間に挟まれた日向音が、興奮を隠しきれずにつぶやく。その後ろでは、瑛誠と千沙が固唾を飲んで司会者の話に聴き入っている。振り向いて確認せずとも、背中で二人の緊張が伝わってきた。
興奮と緊張が高まっている三人に珠璃は苦笑を禁じ得なかった。晶羽も同じ思いなのか、日向音に気付かれないよう、微苦笑を珠璃にちら、と向ける。珠璃も晶羽も至極冷静なのに、周囲がそわそわしているのがくすぐったくもあり、少し可笑しかった。
司会者の口から次々と全国ファイナル出場者、他の賞の入賞者が発表されていく。
し……ん、と静まり返ったフロアに、栄えある権利を得た者たちの名が高らかに叫ばれ、当事者たちは当然ながら、彼らの関係者周辺でわっ!!と歓声が上がる。特別賞、奨励賞、パフォーマンス賞、特別ゲスト審査員賞などが叫ばれるごとに、歓声と拍手の波はどんどん広がっていく。
名前を呼ばれた出場者たちが、歓声と拍手の波を潜り抜け、続々とステージへ上がっていく。珠璃と晶羽のユニット、デッド・ガールズ・リターンズ!の名前が呼ばれることはとうとうなかった──
「まー、そんな甘いもんじゃないかぁ」
その夜、珠璃、晶羽、日向音は珠璃のアパートへ行き、ささやかな打ち上げを行った。
黒い炬燵机、白黒ブロック柄のカーペット、寝具も木材も黒いシングルベッド等々、九割黒で統一された珠璃の部屋。大量のコンビニスイーツ、菓子類、ジュース類を無造作に拡げた炬燵机を三人で囲む。
「つーか、なんで日向音が残念そうにしてんだよ」
かりんとう饅頭を口に咥え、五〇〇mlのコークのペットボトルを開けながら珠璃は問う。ミニシリーズのチップスをつまみつつ、日向音は「いやだってさ」と答える。
「身内の贔屓目抜きでも他の出場者圧倒してたのになぁ、と」
チップスを三、四枚つまむと、日向音は開きっぱなしのボックス型ウェットティッシュから一枚引き出し、指先についた油分を拭う。かりんとう饅頭を口いっぱいに放り込み、珠璃はしばらく黙ってもぐもぐと咀嚼すると、コークで流し込む。
「別にあたしらは全然気にしてねーけどな。晶羽ちゃんもだろ?」
「はっ!え?!なになに?!」
「まーた話聞いてなかったな?!」
「ご、ごめんっ!おむすびせんべいの袋がなかなか開かなくて……」
「だーっ!もおおお!言ってくれりゃーさあ!ハサミ貸すっつーの!!」
「ハサミ使ってお菓子の袋開けるの、あんまり好きじゃなくて……」
「あ?!なんなんだよ、その謎のこだわりはよぉ?!」
「晶羽ちゃん、晶羽ちゃん。ちょっと貸して?」
げらげら笑いながらも見兼ねた日向音が、晶羽からおむすびせんべいの袋をひょいと奪い取る。え、えっ、と晶羽が戸惑う間に、日向音はものの数秒で袋を開封した。
「あ、ありがとう」
「んー、どーいたしまして。ほんっと、ステージ上とは別人だよねぇ」
「そうかぁ?今日はステージでもボケ散らかしてたじゃん。ペットボトル事件とか」
途端に日向音は床に崩れ落ち、声も出せないくらい噎せ返る。ぷるぷる小刻みに震える背中に、「あ、ツボった」とぼそりつぶやけば、「追い打ちかけんな……!うっ……」と更に震えが大きくなっていく。
いっそ背中ツンツン突いてやろうかと思ったが、さすがにやりすぎな気がしたのでやめておく。
「えぇ……、そんなに笑わなくても」
「あ、こいつ結構笑いの沸点低めでツボりやすいだけだから。あんま気にすんな」
「とか言いつつ、珠璃ちゃんも珠璃ちゃんで煽るから」
「この程度で簡単に煽られる日向音が悪い」
えええ……、と閉口する晶羽が握りしめるおむすびせんべいの袋から、さりげなく一枚頂戴し、ぼりぼり齧る。あっ!と非難がましげに横顔を二度見されたが、素知らぬ振りで「これうめーな。もう一枚もらっていい?」と再び手を伸ばす。しょうがないなぁ、というように、「どうぞ」と晶羽は珠璃に袋の開け口を向ける。
「醤油の塩気と甘味、のりの風味が絶妙だよね。あんまり油っぽくないし」
「わかるわかる。かぶ揚げと味似てるんだけど、こっちのがさっぱりしてるよな。ま、かぶ揚げも好きなんだけど」
「知ってる?おむすびせんべいって、東日本ではあんまり売られてないんだよ?」
「マジか」
「マジマジ!バンド時代、たまに食べたくなって探しても簡単に見つからなかったもん」
今度は珠璃が、おむすびせんべいをぼりぼり齧る晶羽の横顔を凝視する番だった。
話の流れついでだったとはいえ、晶羽の方からバンド時代の話が語られるなんて。しかもさらりと。
珠璃の視線に気づいた晶羽がきょとんと見返してくる。が、不思議そうにしつつ、特に何を言うでもなく、開封済みのプチシュークリームに手を伸ばす。今日は少食(すぎる)晶羽にしてはよく食べている。そんなことを思いながら、珠璃もプチシュークリームに指先を伸ばしかけた時、インターホンが鳴った。
「オトンか?」
名残惜しげに指先を引っ込め、渋々と立ち上がる。
九割五分
「とっとと入れよっ!早く!」
不機嫌さを一切隠さず、それでいてひそひそとした声で怒鳴り、押し込むように外の人物を玄関に引き入れる。こっそり廊下から様子を窺っていた日向音と晶羽の息を飲む音がかすかに聞こえた。
有名ロック系ファッションブランドのロゴ入り黒パーカーと、蛍光ピンク×黒の太ボーダーのレギンスパンツに身を包む小さな身体。黒パーカーと同じブランドの猫耳ニット帽から覗く、ピンクベージュのツーブロックボブヘア。
「あー、ごめーん!邪魔しちゃったー?」
「つーか……、来るなら事前に連絡しろよっっ!!」
メンズライクな服装ゆえに黒パーカーの袖は彼女の指先まで隠すほど長い。いわゆる萌え袖状態だ。
その萌え袖状態で一回り近く背の高い珠璃に向け、彼女は──、Rainyこと珠璃の母、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます