第33話 自縄自縛

「おじゃましま……、わっ!」


 靴を脱いだ中村みさ希が玄関框を上がるやいなや、晶羽にぶつかった。


「ご、ごめんなさ……」


 中村みさ希は謝りかけるも、今度は晶羽の背の高さに驚いたのか、ぎょっと固まった。

 そばで一部始終を見ていた珠璃が「なにやってんだよ。相っ変わらず鈍くせーなあ」と半目で呆れる。

 身に覚えがありすぎるやり取りに、内心でうーんと唸る。珠璃が晶羽の鈍くささに呆れはしても、怒ったり苛つかないのは、中村みさ希で耐性がついてるせいかもしれないな、と。


「あそこに座ってね」


 晶羽を囲むように佇む三人に、折り畳み式テーブルへ集まるよう促す。促しつつ、自分はさりげなく換気扇を止める。旋回する羽根の音が消え、静かになり過ぎた部屋で四人分の沈黙だけが徐々に下りていく。


「晶羽ちゃん、お菓子と飲み物はさっきコンビニで買ってきたから」


 紅茶のティーバッグを探すため、シンク下の棚を開こうとして、珠璃と日向音が手にしたビニール袋を晶羽へ見せつけるように軽く持ち上げる。


「プリンとかシュークリームとかスイーツ系もあるから」

「ありがとう!」


 コンビニのお菓子なんて何時いつ振りに口にするだろう!ちょっとだけ気分が上向く。

 間違いなく気が重くなりそうな話し合いをひかえつつ、晶羽はうきうきと(?)折り畳みテーブルへ向かう。


 四人で囲む、そう広くないテーブルいっぱいに季節限定スイーツやチョコレート、スナック菓子、ペットボトル飲料が拡げられている。

 誰もが遠慮の虫と化しているかと思いきや、珠璃がいの一番に抹茶系のドルチェに手を伸ばす。


「ほら、今日はあたしと日向音のおごりだぜ?遠慮せず食えって」

「う、うん」

「中ちゃんもな」

「えっ、わ、私も……?」

「一人だけ食わせない訳にいかないじゃんよ」


 各自好きな菓子や飲み物に手を伸ばす中、中村みさ希もそろそろと、カフェオレのペットボトルに手を伸ばし、、慎重に蓋を開ける。

 晶羽もペットボトルのホットロイヤルミルクティーに口をつける。まだ温かさが残り、優しい甘味とほんのりと香るベルガモットは普段よりも疲れた身体を癒し、落ち着きを取り戻させてくれた。


「それで……、中村さん、だっけ?」

「は、はい……」


 ペットボトルを両手に抱える中村みさ希の肩が大袈裟に跳ねる。

 菓子パーティーと化していても、この集まりの本題は彼女との話し合い。

 少し色を失くした顔を晶羽は真っ直ぐに見つめる。怖気づいた中村みさ希はさっと目を逸らした。


「あの、ほ、ほんとうにごめ」

「謝らなくてもいいよ。それよりも訊きたいことがあって。私、ごまかした物の言い方苦手で……、だから、はっきり言うね。何で私と珠璃ちゃんのライブ動画を勝手にYou Tubeにアップ投稿したの?」

「えっと……」

「そこを教えてもらえないと。ただ謝ってもらっても……、私も気持ちの持って行き場ってものがね、なくって……」


 なるべく怒っているようにも、責めているようにも聴こえないよう声音や表情に注意し、慎重に正直な気持ちを伝えてみせる。が、案の定、中村みさ希は、あの、あの……などと言葉にならないつぶやきを発し、小さな身体を益々縮こませるのみ。本人から直接話聞くより珠璃たちに確認取った方が早いかなぁ、と迷いが生じた時だった。


「わ、私が……、グループの子に動画投稿してって、命令されたの……。その子たちに逆らったら、いじめられると思ったら……、断れなくて……。下手に逆らって受験どころじゃなくなっても困るし……。わ、私は、あの子たちと違って外部受験希望だし」

「……そっかぁ。そうなんだぁ」


 カフェオレのペットボトルをぎゅっと握りしめ、中村みさ希は顔を深く伏せた。

 項垂れた頭頂部から褪めた目で様子を見守る珠璃へ、晶羽は思わず乞うように視線を送る。目が合った瞬間、珠璃はお手上げだと言わんばかりに頭を振り、肩を竦めながら補足する。


「あー……、いちおう補足。あたしら、中学から大学までエスカレーター式の私立校でさ。成績と内申に問題なけりゃ内部入学でそのまんま大学上がれるんだわ。で、他の大学受けることを外部受験って言うわけ」

「じゃあ、本当なら動画投稿する時間もないし、塾サボってる場合じゃ……、ない、よね?」

「だって、だって……、ちょっと前に遠藤さんと会っちゃって個人情報晒しちゃったこと、今更だけどすごく後悔してきて……」

「なのに、また佐藤らの言うこと聞いてライブ動画流出させてりゃ世話ねぇな。中ちゃんさ、ぶっちゃけ自分のやらかしを反省してるんじゃなくて、罪悪感で勉強に手つかなくなったから謝りたいだけだろ?」

「珠璃」


 見兼ねた日向音が珠璃を窘めるが、珠璃はうっせーな、と反発するのみ。

 中村みさ希は中村みさ希で図星をさされたのだろう。ベコッと音を立ててへこむほど、ペットボトルを握りしめ、唇を強く噛み締めた。


 珠璃が彼女を責めたくなる気持ちは物凄く理解できる。が、責めれば責める程中村みさ希は身を強張らせ、口を固く閉ざすだけ。


 やってはいけないと頭では理解しつつ過ちを犯す。

 晶羽自身も身を持って経験している。

 しかも晶羽の場合、例のダンスグループに脅された訳でも、ヒナ昔のバンドメンバーに頼まれた訳でもない。あくまで自主的に行動した結果の不祥事であり、恨むべくは自分だ。


 もちろん、最初からこんな風に達観していた訳じゃない。

 一滴も口にしていないのに酒を飲んだと証言した例のグループも店も、調べればわかる証拠を握りつぶした双方の事務所の対応も散々恨んだし、我が身の不運も嘆いた。でも。



「誰かのせいにするのって楽だもんね」


 自分でも信じられないくらい、冷淡な声でつぶやく。

 平素の晶羽らしからぬ突き放した口調。そこまで大きな声でもなかったのに、珠璃と日向音が二度見する勢いで晶羽を振り返る。また怒らせたのかと、中村みさ希は小刻みに全身を震わせた。

 まだ温かさが残るミルクティーで喉を潤し、気持ちを落ち着ける。


「あのね、私、本当に怒ってる訳じゃないんだ。怒ってはいないんだけど……、中村さん見てると、ちょっと前の自分を見てるみたいで……、なんていうのかなぁ、うーん……、不甲斐ない?っていうのも違う、かなぁ?なんだろう……」


 う、うまく言葉が、出てこない……!


「ごめんね、私、珠璃ちゃんや日向音くんと違って話が下手だから、初対面なのにすっごい失礼なこと言うかもだけど……、グループの子たちと一緒にいるメリットってなに?」

「はい……?」

「一緒にいて楽しくもなくて、受験勉強の妨げにもなるようなことさせられて。デメリットしかないように思うけどなぁ。その子たちと一緒にいることが仕事で、お金がもらえるならわかるんだけど」


 背後で「な、なんかさ、若干晶羽ちゃんの過去の苦労が見える気が……」「しっ!余計な事言うんじゃねーよ!」と約二名こそこそ詮索している気配を感じるが、聴こえない振りで続ける。


「そんなの、ないです……けど」

「けど?」

「昔された嫌がらせが、また再開したらと思うと……」

「今高校三年生だよね?仮にその子たちが内部受験者だとしても内申に響くことはしないんじゃ……」

「そんなのわかんないじゃないですかぁ……!」


 話が堂々巡りになってきた。

 返答に困り、珠璃に助けを求める。理由は中村みさ希がどんないじめに遭ったのか知るため。

 中村みさ希の様子を窺いながら、簡潔に説明してもらい、逡巡し、再び向き合う。


「実は私もね、中高一貫校出身で受験の時期にいじめなんてする暇な人見かけなかっ……、うーん、そういうことじゃないよね。うん。でもね、これだけは言えるかな。主謀者以外は自分のことで精一杯だし、いじめに加担する人はいないんじゃないかな」

「でも、でも、たとえあの子たちだけでも」

「……その子たちの嫌がらせに耐えるよりも、嫌々一緒に居る方がまだマシ、耐えられるってことかぁ」



 結局はその結論に行き着く、か。


 ダメだな。

 至極真っ当な正論ぶつけるだけじゃ、まるっきり母と同じでしかない。



「うん……、わかった。謝りにきてくれただけなのに、余計なお説教みたいなこと言っちゃったね」

「い、いえ……。私こそ、本当にごめんなさい」

「うん、いいよ。やっちゃったことはしかたないもんね。その代わり、私のお願いを二つきいてくれる?」


 おねがい、と、口の中でつぶやき、警戒する中村みさ希に、晶羽は言った。


「一つは、投稿したライブ動画をなるべく早く削除してほしい。これは絶対守って。もう一つは、できればいいんだけど……、私と珠璃ちゃんが出場するコンテストの地区予選、ぜひ観に来てもらえるかな」

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