第24話 火種が生まれる
(1)
晶羽はバンド時代、歌に関してはともかく、パフォーマンスやキャラ作りに置いて常にダメ出しされてばかりいた。
『その動きはRPP(Rainbow Plastic Planetsの略)のイメージじゃない』
『その話の内容はキラのキャラ設定に合っていない』
『ステージ上では明るくて名前通りキラキラ輝いているけど、ステージ降りたらクールに振舞って』
『RPPで一番に推していきたいのはヴィジュアル担当のヒナ。次にトーク担当のマリナとカリン。あなたはクールな実力派担当』
『いくらアイドルバンドでも一人は実力派が必要でしょう?でもね、他のアイドルグループよりは上手いけど、本格派ミュージシャンよりは劣るくらいが個性になるし、アイドルとして可愛げもある』
『そのイメージに添ったパフォーマンス、キャラ作りをちゃんとして』
当時はそういうものかと何の疑問も持たず、周囲から寄せられる意見を素直に聴き入れていた。
プロである以上、制約が多いのは当たり前。制約ある中でいかに楽しめるか。実際に制約の中でも晶羽は充分楽しんでいた。
けれど、バンドを辞め、二年半以上ぶりにアマチュアとして活動再開し始め、思い知る。
自分の思うがままのイメージをぶつけるように歌い、動き、表現するのはなんて楽しいんだろう、と。
最新技術を使った巨大プロジェクションマッピングを背景に、広すぎるステージを駆け回り、千や万単位の観客がサイリウムを振る前で歌った時と同じくらい──、否、ひょっとしたら……、わからないけど。
もっともっと自分自身の表現を突き詰めていきたい。誰かに決められた表現なんていらない。
晶羽一人じゃなくて珠璃と一緒に。
楽器屋でのスタジオライブ後も晶羽と珠璃は週に一度、配信ライブ更新と、Chameleon Gemsでのオープンマイクフリーライブに参加する以外、特に目立って音楽活動を増やさなかった。だが、直後から珠璃のYou Tubeの登録者数が一気に増え、コメント欄の書き込みも増えていった。
今のところは好意的な書き込みがほとんどで悪意的なコメントはほぼほぼゼロ。たまに面倒事に発展しそうなコメントには、コメント欄管理者の日向音が対応してくれるので特に問題は起きていない。(彼曰く、短気な珠璃にも天然な晶羽にもコメント欄の対応任せるのが不安だと)
そんな穏やかな日々がひと月ほど経過。
季節は夏の終わりから秋へ向かいつつ、昨今の異常気象のせいで相変わらず連日のように厳しい暑さ。人間のためというより商品を傷ませないため、柳緑庵の店内は冷房がよく効かせてある。だから少し、肌寒い。晶羽と美紀子は抹茶色の作務衣の上に薄手のカーディガンを羽織り、店頭に立っていた。
「おはぎとお彼岸団子のセットを一つ、くださいな」
「はいっ、少々お待ちください!」
近所に住む常連客のおばさんが来店した。
晶羽はショーケースから赤、黒に金粉散らした模様のプラスチックパックを取り出す。
「こちらでよろしいですね」
「ええ」
パックの中味、大きなおはぎ二個、ビニールの包みに収まるお彼岸団子を客に見せて確認。美紀子がレジに立ち、会計する間に晶羽はおはぎのパックをビニールで包み、店の名前が入った紙袋へ入れていく。
「ありがとうございました!」
「うん、ありがとう」
カウンター越しでお彼岸セットの袋を受け取ると、おばさんはニコニコと晶羽に笑いかける。
「また来るね。ほんと、若いあなたが来てからこの店の雰囲気明るくなったわねぇ」
「い、いいえ、そんな」
照れ臭さに晶羽は仕事中なのも忘れ、胸の前で両手を大きく振る。
「そうそう、そうなの。晶羽ちゃんはよく働くし、素直で本当良い子なのよ」
「み、美紀子さんまで……、もう!恥ずかしいじゃないですかっ。私がちゃんと働けてるとしたら、美紀子さんと店長がすごく丁寧に教えてくれるからですって」
「あらあら、謙遜?かわいいねぇ」
なぜか和んでいる二人の反応に益々羞恥心が募る。
謙遜でも何でもない。人一倍物覚えが悪く、そそっかしい晶羽が失敗しても嫌な顔ひとつ見せず、完璧に覚えるまで何度も教えてくれた優しさと根気強さのお陰があってこそ。
また、客層が年配なのもあり、娘や孫のように接してくれる温かい雰囲気もあり、仕事で必要以上の緊張しなくて済むのもある。
避けて通ってきた接客業だったが、思いきって働いてみて良かった。
感慨に耽りながら、退店する客の背中を見送っていると、入れ違いで別の客が来店する。
「……あれ?」
濃いベージュ色のメンズ半袖ミリタリーシャツにだばっとした白地のロックTシャツ。ダメージ加工のスキニージーンズにハイカットスニーカー。インナーカラーで一部を青く染めた長い髪を無造作に後ろで括った客を見て、つい「いらっしゃいませ」と呼びかけるのを忘れてしまった。
「いらっしゃいませー」
「あ!いらっしゃい、ませっっ」
「何でどもってんだよ」
「だって、まさか珠璃ちゃんが来るなんて」
「あらお友達?」
二人の親し気な様子に美紀子が晶羽に問う。
「はい。えっと……」
なんて紹介しよう。
音楽活動してること、秘密にしてる訳でもないけど特に話してないし……。
「あたしと晶羽ちゃん、好きな音楽が一緒でー。趣味友達ってヤツっす」
言いながら、珠璃は晶羽をちらと見やる。
上手いこと伝えてくれて助かった。
「だから、そんなに驚かれると心外っつーか」
「え、ごご、ごめん。だって、今まで来たことなかったし、珠璃ちゃんもこの時間はバイトじゃ」
「今日は水曜日」
「あ、古着屋さん定休日かぁ!」
「そ!あと、あたし、前にこの豆大福買いに行くかもって言わなかったっけ?」
そんなこと言ってたっけ……?
豆大福おいしいって喜んでいたのは覚えているけども。
その発言を聴いたのも、三カ月近く前。初ライブやるかやらないかで二人がぎくしゃくした時、晶羽が思い切って珠璃のバイト先へ乗り込んだ(つもりはないが、結果的にはそんな感じになってしまった)時だ。あの後、真面目にライブに関して話し合っていた記憶しかないのだけど……?
真剣な顔で思い出そうとする晶羽に、珠璃は軽く吹き出した。
「はっはあ、さては忘れてたな?」
「ごめーん……」
胸の前で両手を合わせ、小さく詫びる。
「いや、別に本気で謝んなくていいいって。ちょっとからかってみただけ!ってことで、豆大福三個買いたいんだけど」
「バラ売りで買う?それでもいいけど、五個セットならバラ売りより一個単価がちょっと安くなってお得だよ?」
「うわ、商売上手……、やるじゃん」
「無理にとは言わないよ?」
ギターを弾いている時と同じくらい真剣な顔で、珠璃はほんの少しだけ悩むも、すぐに「給料入ったばっかだし、五個セットで」と告げる。
「消費期限は一応五日後になってるけど、暑さで痛みやすいから出来れば明日中には食べた方がいいよ」
「おっけ。りょーかーい」
先程の客と同じように、会計の間に豆大福を紙袋へ収める。
紙袋を受け取ると、珠璃はおしゃべりを続けるでもなくさっさっと店を出て行く。
「晶羽ちゃん。休憩入っていいよ」
「はいっ。じゃあお先に行ってきます」
美紀子にぺこり、小さく頭を下げ、裏の休憩所へ。
今日は遅番なので弁当はなし。休憩所のテーブルでマグボトルの麦茶を飲みながら、携帯端末の通知一覧をチェック。すると、珠璃からのRINEが。
RINEが送られた時間は一時間ほど前。柳緑庵への来店前だ。
『実はさ』
『COOL LINEの一次、うちら通ったって』
『
「え……?」
マグボトルをテーブルへ置こうとして、中途半端な位置で動きが止まる。
左手でマグボトルを握りしめたまま、右手の指先で画面をスクロールする。
『もちろん即辞退した』
ホッと胸を撫でおろし、ついでにマグボトルもテーブルへおろす。
『けど』
「けど……?」
けどって、何?
『考え直して欲しいって』
『この店で地区ファイナル進出できたの、うちら一組だけだって』
「ちょっと、待って……?」
もしかして珠璃は辞退を撤回した?
撤回までいかなくても、迷ってる?
『それでも、あたしは断ろうとしたんだけど』
だけど、何?
『地区ファイナル通過者決定と同時に』
『楽器店のHPで通過者の一次予選のライブ動画が公開されてた』
『今年から地区ファイナル予選で一般視聴者のWEB投票するらしい』
『つーか、うちら写真も動画も撮るなって頼んだのによ!肖像権侵害だっつーの!』
『今回の一次予選のスタジオライブの後、コンテスト側で急遽決めたらしくて』
『サプライズ企画とかなんとか。後出しジャンケンもいいとこじゃね?』
『ってまぁ、普通コンテストに出るのは大勢に観てもらいたい、聴いてもらいたいヤツらだからな……』
『そんなこたぁともかく』
『辞退したとしても、うちらの顔出てる動画が短時間でも出回ったことになるわけ』
『ってことでだ。今日あたし休みだし』
『バイト終わったらうちに来てよ』
画面をスクロールする指先が小刻みに震える。
居ても立っても居られない。今すぐ帰りたい。
まだ今日の就業時間まで二時間残っていたが、晶羽はもう仕事どころじゃなくなっていた。
※実際のコンテストでは、いきあたりばったりな企画を急遽ぶっこまないし、出場者の許可なく動画撮影及び公開などはしていません。
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