第22話 望まぬ再会

 更に翌日。

 アルバイトが早番の十七時上がりだったため、申込用紙は珠璃が提出しに行くことになった。

 その楽器店は市内に複数店あったが、珠璃が行ったのは市の中心部、繁華街のファッションスポット施設内にある店舗だった。


 楽器店のカウンターで申込用紙と当日演奏する二曲分の歌詞カード、(晶羽から預かった分を含む)コンテスト参加料を提出。

 アコースティックギターのコーナーを巡っていると、平日の暇を持て余してか、すぐに店員が声をかけてきた。元より買う気などさらさらないので適当に流し、弦やピックなど小物コーナーへさりげなく移動。全国展開の大手楽器店だけあり、弦もピックも種類が豊富だが、今すぐ買う必要もない。

 用事は済んだし、久しぶりに別館にあるパワーレコードに足を運ぶことにした。


 別館へ移動中、制服のグループに混じって、私服姿だが明らかに高校生と思しきグループを複数見かける。七月半ばを過ぎた現在、そろそろ夏休みに入るか入らないかの時期。学校帰りに私服に着替え、遊んでいるのだろう。一年と少し前までの珠璃のように。


 つまらない感傷にほんの一瞬囚われそうになり、乗り込んだエレベーターの中で頭を振る。

 しかし、エレベーターの扉が開き、パワーレコードの入り口の前に立てば憂いは消える。店内に流れる音楽が自分好みで珠璃の目が輝く。


 楽器店もだけれど、CD販売店にいると時間が自然と溶けていく。特にコレと言った目当ての物もなく、気になったアーティストを視聴したり、逆に視聴なしのジャケット買いしたり。


 今日は主に洋楽コーナーや邦楽インディーズや邦楽ロックのコーナーを行き来し、注目アーティストの音源を視聴してみる。

 アルバムの過半数の曲が気に入ればCD、二、三曲気に入っただけならデジタル配信でダウンロードすると決めている。買ったCDは主に古着屋で流して聴くことが多い。

 ちなみに今回視聴してみたアーティストはどれも良い。全部買いたいくらいだ。ただし、無駄遣いはできない。今買えるのは最大二枚まで。


 あー、どうしよう、と視聴ブースのヘッドフォンをつけたまま、幸せな苦悩をしていると。



「えええー!!!!どうしよどうしよ!!マジどうしよー!!!!アルバム特典の限定ライブの抽選応募したいんだけどぉー!!今月金欠で一枚しか買えなーい!!ちょっと協力して!!」

「はぁ?!自分で買えよー!!」

「いいじゃんいいじゃーん!!ねえ、買おーよぉ!!!!買って買って買って!!!!」

「子供かよ!?」

「だってどうしてもライブ行きたいもん!!!!いーじゃん!!応募券さえアタシにくれればさぁ、あとはメリカルで倍額で売ればいいだけじゃん!!商売商売!!」

「ぎゃっはっはっは!!!!なーにが商売商売だっての!!!!」



 突然、フロア一帯に異様に甲高かったり、逆に変に野太かったり……、とにかく不快をもよおす集団での笑い声が響き渡ってきた。

 ヘッドフォン越しに激しい音楽聴いていてさえ、その音楽を掻き消す勢いの大声。

 思わず「うるっせーな」と舌打ち。幸せな気分を害され、珠璃はイライラとヘッドフォンを素早く外す。


 不快な声は某アジア系アイドルやダンスグループのコーナーからまだ聴こえてくる。

 聴きたくなくても聴こえてくる笑い声や話し声を聴かされている内に、次第に珠璃の中で嫌な予感が芽生え始めた。


 たった今視聴していたアーティストのCDを手に取る。散々迷っていたのが嘘みたいに、あと一枚は洋楽を買う、と即決。さっさと買って、さっさと出よう。足早に洋楽コーナーへ向かおうと通路に出た時だった。


「遠藤、さん……?」


 しばらく振りの名字呼び。

 バイト先の店長も珠璃を下の名前で呼ぶ。だから、久々のよそよそしい響きに一瞬自分のことだと思えなかった。


「遠藤さん、だよ、ね……?」


 やっぱり自分のことか。

 ついでに、なぜか疑問符混じりに呼びかける声の主のことも思い出す。


 無視シカトしてやろうかな。


 しかし、ごく控えめながらも縋るような、切羽詰まったものを感じたせいか、気持ちとは裏腹に珠璃は声の方を振り返った。


 声の主は、思いの外近い場所から呼びかけていた。

 珠璃の真後ろ、思わずのけ反りそうになるほど近い。


 少し猫背で丸まった背中、おどおどした上目遣い。

 黒ゴムで一本に縛った黒髪。消え入りそうな小さな声。


 そして、白地に水色の襟とスカーフ、紺色のスカートのセーラー服──、かつて珠璃も着ていた制服。規定通りのひざ下丈のスカートの長さ、ださい白ハイソックスに相変わらず真面目かよ、と失笑したくなった。


「えー……っと、中村さん、だったっけ?」


 わざとうろ覚えな振りをすると、中村と呼ばれた少女は露骨に傷ついた顔を見せた。

 よくやるよ。白けていると、「あの、ひ、ひさしぶり……」と更に消え入りそうな声であいさつしてきた。


「うん、久しぶり。元気?」


 感情を込めず、機械的に挨拶し返す。

 中村は挨拶を返してもらえたこと自体が嬉しかったのか、はたまたホッとしたのか、表情が晴れていく。


「あ、あのね」

「悪いけど、早くレジ行きたいんだよね」


 手にしたCDを中村に見せつける。

 本当はもう一枚欲しかったが、今日はもうあきらめるか。


「じゃ」

「あ、あの……、待って……!」

「なに?」


 努めて平静を装ったつもりが、やはり苛立ちは顔に出ていたらしい。

 中村はたじろぎ、言葉を詰まらせた。数瞬の間が生まれ、BGMのR&B調のバラードが虚しく流れていく。


「あの」

「だから、なに……」

「ごめんなさい……!」

「……は?」

「私の、せいで……、退学になってしまって」


 なに言ってんだ、こいつ。


「わりぃけど、何のことかさっぱりなんだけど」

「だから、その……、遠藤さんが私をいじめてたって」

「あー、そんなことあったっけ。最終的には誤解解けたし、別にどうでもいい」


 でも……!とまだ続けようとする中村を今度こそ、無視し、珠璃は背を向けた──、が。


「あのね……!前に遠藤さんのYou tube……、『Judyさんの弾いて歌ってみた』って番組だったよね?」

「は?なんであたしのチャンネル知って……」

「だって、それは、番組を荒らして、ネットに個人情報流した人たちが……」


 中村が続けてぼそぼそと告げた内容に、珠璃は再び彼女を振り返った。


「……だからね、気をつけてほし……」

「あのさー!中村ちゃーん!!」


 中村の更に背後から、先程騒ぎ散らしていた集団、これまた覚えがあり過ぎる女子四人組がずかずかと近寄ってくる。

 中村と制服は同じだがスカート丈は短い。髪は染めていたり巻いていたり、メイクもばっちりで近づくごとに各々の香水の匂いが混ざり合い、漂ってくる。


「中村ちゃんさあー、ミリオニアのアルバム二枚買う気なーい?!」

「それでさぁ、中の限定ライブ応募券だけアタシにくれよ、な、な?!」

「うちら金欠でさぁ、ミサキに協力できなくてー!」

「いいじゃん、中村ちゃん小遣い余ってんだろ?!」


 明らかにたかられている。


 以前なら「やめろよ。つーか、テメーが欲しいモンくらいテメーの金で買え」と一喝したが、今は中村にそうしてやる義理など珠璃にはない。むしろたかられている隙にレジへ行こう。


「……あれ?遠藤ちゃん?遠藤ちゃんじゃん!!」


 ちっ、気づかれた……。

 今日は厄日かよ。


「誰、だっけ?」


 本当は全員しっかり覚えている。


「えー!ひどーい!!遠藤ちゃん、アタシらのこと忘れちゃったぁ?!」

「いっつもテストで十番以内。記憶力めっちゃ良いと思ってたのにぃ!!」

「ねー!授業中よく寝てたのにね!!」


 うるせー、余計なこと覚えてるんじゃねぇ!


「わりーね。最近忙しくて。昔のことは忘れっぽくて」

「遠藤ちゃん、見た目カッコいいし、アタシらとタメなのにババくせー!!!」


 ぎゃはははは!!!!と必要以上に笑い転げる四人に、貼り付けた作り笑いが引き攣りそう。なんなら爪も噛みたい。ただひとり、おろおろと狼狽える中村が珠璃の神経を逆なでる。


「アタシらカラオケの帰りなんだけどー、この後一緒にメシいかなーい?」


 誰が行くか、クソボケカスがよ。


「あー……、今日、この後用事あるんだわ」

「えぇー!!ざーんねーん!!!!」


 うそつけ。絶対心にも思ってねーだろ。


「じゃ。あたし、レジ行くから」


 これ以上不毛な会話を続けていると、流れでRINE交換まで行ってしまいそうだ。

 未然に防ぐためにも無理やりにでも会話を終わらせ、五人に背中を向ける。

 背後でバイバーイ!!と含み笑い混じりの四人の声、中村からの無言の視線の圧を感じつつ、珠璃の苛立ちは最高潮に達していた。



『番組を荒らして、ネットに個人情報流した人たちが……!』


『犯人はミサキちゃんたち……、だから……!!』

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