四章

第18話 忠告①

(1)


 Chameleon Gemsでの初ライブ以降、晶羽と珠璃は週に一度のYou Tubeチャンネルでの配信ライブを中心に本格的に活動を開始した。カバー曲とこれまでの珠璃の曲が中心だが、晶羽作詞の新しいオリジナル曲も少しずつ増え始め、チャンネル登録者数も少しずつ増え続けていく。

 晶羽は「ジェーン・ドゥ」というステージネームを使用。珠璃共々動画上では一切顔出しせず、日向音が作ったイラストに差し替える。女性の身元不明者の意味を持つ謎の新ボーカルは、視聴者の間で様々な憶測を呼んでいた。











 防音壁に囲まれた広さ八帖程の室内。

 奥にはドラムセット。ドラムセットの両の斜め脇には各アンプ類。アンプ同士の間にはマイクスタンドと、さほど広くない空間にぎゅっと詰め込んだように置かれている。


 だが、今この部屋にいる晶羽と珠璃が使うのはギターアンプとマイクのみ。あとは隅に重ねて置かれた丸椅子。その丸椅子に二人は腰かけ、晶羽はハンドマイクで歌い、珠璃は横でギターを奏でる。

 二人の間にあるのはマイクスタンドではなく、携帯端末用のスタンド。

 二人は今、携帯端末を使って次回配信分の動画を撮影していた。





「よっしゃ、今回の分はおっけ!終了!」

「ノーミスで一発録りできてよかったね!」


 珠璃が動画の終了ボタン、保存ボタンをタップすると同時に、揃って安堵の声を上げる。


「動画確認しがてら休憩しよーぜ」


 珠璃は愛機を傍らのギタースタンドに預けると、椅子の下、某有名炭酸飲料のペットボトルの蓋を開ける。プシッ!という音はしたが、動き自体はすばやくも慎重なので愛機はもちろん、他の楽器やパネル絨毯などはまったく汚していない。

 反対に晶羽は、のろのろ怖々、軟水のミネラルウォーターの蓋を開けるのに苦戦していた。


「あ゛―!どんっくさいんだからよぉおお!ちょっと貸しなって!」


 見兼ねた珠璃が晶羽の手からペットボトルをひったくり、いとも簡単に蓋を開けた。


「うう、ごめん……、ありがと……」

「どーいたしまして」


 縮こまる晶羽に珠璃は鷹揚に鼻を鳴らす。

 しかし、次の瞬間には動画の再生ボタンをタップ、「いいからチェックしようぜ」と晶羽を促してくる。


 正直、珠璃の切り替えの早さには助けられている。

 失敗が多い晶羽にその都度呆れはしても、失望はしないと信じられる。

 かと言って、あまり甘えすぎてはいけないから、もうちょっとしっかりしたい……、とは思う。


「今回はオリジナルの新曲だし、再生数いつもより欲しいよなー」

「ねー」

「せっかく二人で活動してるんだしさ、晶羽ちゃん作詞、あたしが作曲した曲どんどん聴いてもらいてーし。そんで、機会があったらたまにはライブやろーぜ」

「そうだね。少しずつね」


 視線は動画から離さず、誘いかける珠璃に、晶羽も動画を見ながらふんわりと答える。




 まだ始まったばかりだもの。

 息の長い活動を続けるためには少しずつ、少しずつ始めていくのが良い。



 確認した動画は特に修正の必要はなさそうだ。




「あ、そうだ。このあと暇?コンビニでアイス買ってさ、うち遊びにくる?」

「ごめん、実はお兄ちゃんがこっち来てるから、一緒にごはん食べることになってて……」

「ふーん、そっか。いいなぁ、兄弟いて。あたし一人っ子だし。仲良いんだ」

「んー、ふつーじゃないかな」


 それに、と心中で付け加える。


 兄、瑛誠えいせいが自分の元へ訪れる時は、大抵何かしらの忠告があってのことだから。





(2)


 J線と繋がる有名デパート付近には有名な待ち合わせ場所、銀の時計台がある。

 スタジオから地下鉄を乗り継ぎ、J線の入り口へと晶羽は急ぐ。が、待ち合わせ時間ギリギリで到着にもかかわらず、瑛誠の姿は見当たらない。連絡が来ていないか、携帯端末を確認するがRINEの新着お知らせはきていない。


「いつもどおり、遅刻かな」


 瑛誠は、身内や友人との待ち合わせには大概遅れてやってくる。

 本人曰く、待ち合わせ時間より早く行くのは本来失礼にあたる、とか。どこでかじってきたのか知らないけれど、謎ルールすぎる。単なる遅刻の言い訳だと呆れつつ、憎めないところがいかにも瑛誠らしい。


 晶羽と違って、瑛誠は幼い頃から成績優秀、スポーツ万能、中高どちらとも生徒会長担った優等生だ。賢いのはもちろん器用で立ち回りが上手く、お祭り人間な明るいリーダータイプゆえか、多少の遅刻癖程度なら許されてしまう。ある意味人徳のなせる業というべきか……。


 電車が大幅に遅延とかするなら、さすがに連絡してくるだろう。まあのんびり待つことにしよう。




 約一〇分後、エルフローレンの黒い鹿の子ポロシャツとジーンズを着た男性が時計台へ近づいてきた。服装自体はシンプルでありふれているが、優に一八〇を超える長身なのですぐに誰かわかる。


「わりー、わりー!待った?」

「お兄ちゃんてば遅ーい。けっこう待ったよ」


 文句言いつつ、慣れっこの晶羽は口で言う程何とも思っていない。


「ごめんって。家出る時間まで余裕あると思ってシャワー浴びたら、バスに乗り遅れて」

「ふーん」

「メシは俺が奢るから」

「やった。今日はお兄ちゃんオススメのお店連れてってくれるんだよね?」

「おう、昨日ネットで調べたら、このデパートの五階に新しいカジュアルイタリアンの店できたらしいぞ」

「そうなの?全然知らなかった」

「今日はそこで食うぞ」



 カジュアルレストランとはいえ、専門イタリアンの店など何時ぶりに行くだろう。

 晶羽の今の節約生活の中では、スーパーの冷凍パスタや冷凍ピザでさえ贅沢品。昼時を過ぎた今、急激に胃が空腹を感じ始める。


 晶羽と瑛誠は同じ構内にあるデパートへ向かうため、待ち合わせ場所を離れていく。

 身長一七三cmの晶羽と、一八〇半ばの瑛誠が並んで歩くとなかなかの迫力である。年は二歳違い。奥二重の垂れ目、全体的にぼんやりした印象の晶羽に対し、瑛誠は切れ長の目に大きな鷲鼻が特徴的で顔立ちもあまり似ていない。通りすがりの他人にはカップルと思われるかもしれない。

 ちなみに瑛誠には同級生の彼女がいるけれど(晶羽も何度か会ったことがある。兄にはもったいないくらい良い人だ)


 デパートの天井の高いエレベーターを降りると、すぐ目の前に件のカジュアルイタリアンの店があった。赤、白、緑のミニ国旗二本で飾った扉、白木風のおしゃれな店構えは若者、特に女性が好みそう。


「この店個室あるんだって。だから、今日は個室予約しておいたから」

「個室……」


 わざわざ個室予約するってことは、大事な話──、それも人に聞かせられないような類ってことかな。


「入るぞー?」


 普段と変わらない兄の様子が却って怖い。

 内心戦々恐々としつつ、瑛誠のあとに続き、晶羽も店内へ入っていった。







 ※今更ですが、建物やお店、公共交通機関名など、すべて実在の物と異なります。

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