第16話 ライブにアクシデントは付き物と言うけれど

(1)


「ライブするっつってもさあ、オトンのハコライブハウスのイベントで一、二曲演るか、あたしのYouTubeチャンネルで『歌ってみた』演るか。イベントなら一〇分、配信なら五分くらいの短い時間のつもりだったんだよね」


 豆大福を平らげると、珠璃は手を拭いたウエットティッシュを足元のゴミ箱へと放り込む。

 入るかと思われたウェットティッシュはゴミ箱の縁に当たり、あえなく床へ落ちていく。珠璃は軽く舌を打ち、さっと拾い上げもう一度、さっきよりやや勢いをつけてゴミ箱へと放る。


「そっか。そのくらいなら、だいじょうぶ。たぶん」

「いや、たぶんじゃ心配なんだけど」

「たぶんじゃないよ!絶対!絶対絶対!」


 慌てて『絶対』と強めに連呼する。そんな晶羽を「わかった!わかったって!」と珠璃はいなす。


「冗談抜きで。できれば両方やってみたい」

「すげえやる気じゃん。どういう心境の変化?」


 この間の、あわや一触即発になりかけた時と打って変わり、やる気満々の晶羽を珠璃はさすがに不思議がる。が、特に追及しては来なかった。


「何にしても気が変わってくれて良かった。じゃ、おとんにそこそこ近い日にちでうちらが出れそうなアコアコースティックイベントないか訊いてみる。よさげなアコイベなけりゃ、バンド系イベントでオープニングアクト枠にねじこんでもらえないか交渉してみる」

「ライブ出る前に『歌ってみた』もやろうね。何の曲演るかも決めなきゃ」

「だよなぁ。話してたらなんかワクワクしてきた。晶羽ちゃん、まだ時間ある?」


 終電までならいくらでも、と言いかけて、机の端、四角いデジタル時計を見る。

 ファミリーレストランならともかく、ここはあくまで珠璃のバイト先の古着屋。いつまでもだらだら残っている訳にもいかないのでは。実際に珠璃へと問う。


「全然?掃除とレジ閉めと施錠さえちゃんとやっときゃいいし。店長いなきゃ別に問題ねーもん。それよか、もう一杯コーヒー飲む?」


 まるで行きつけのカフェの店員と常連客のようだ。


「珠璃ちゃんが平気って言うなら……。コーヒーもお願いしようかな」


 本当にカフェ店員と客の会話みたい。苦笑を禁じ得ない。

 珠璃はインスタントコーヒーの瓶にプラスチックスプーンを突っ込み、中身を紙コップへ移しながら続ける。


「ちょっと前から考えてたんだけど。ユニット名いい加減決めねぇ?晶羽ちゃんライブ出る気になったし、いよいよ必要じゃんね?」

「そうだね……」

「んじゃ、今からユニット名一緒に考えよーぜー」




 そうして、自分たちの音楽ユニット名を決めるため、晶羽は珠璃と終電近くまで話し合うこととなった。




 後日、実に半年ぶりに更新された珠璃のYou Tubeチャンネル『Judyさんの弾いて歌ってみた』にて発表された弾き語りユニット結成の一報。新メンバー『A』との短いYouTubeライブ動画(と言っても声と演奏のみ。顔を出す代わりに日向音が描いたイラスト群が画面に流された)はチャンネル開設以来過去一番の再生数を稼ぐ。

 その理由は、Judyの活動再開を喜ぶ声以上に、謎のボーカル『A』への反響の大きさゆえだった。


『歌唱力の高さもだけど、声と歌い方に懐かしさを感じる』

『ボーカル、ガチで歌うまくね?プロと組んだ?』

『なんか聴いたことある声だけど思い出せない。上手いことには変わりないけど』


 ……等々、コメント欄でも様々な憶測が飛び交ったが、幸いRainbow Plastic Planetsの元ボーカル・キラとまで思い至る者はいなかった。


 ライブの件は話し合いの直後、珠璃の方でみやびに話を持っていき、半月後のライブイベントオープニングアクトでの出演が決まった。

 アコースティックイベントではなく、バンド系のイベントで枠が空いていたとのこと。


『あたしらの他は全部ゴリゴリのロックバンドばっかで、アウェーもいいとこだけど。だいじょうぶ?』と珠璃に念を押されたが、『歌える機会があればなんでもいいよ』と晶羽は答えた。



 そして、約半月後。


 Chameleon Gemsでのライブ当日を迎えた。






(2)


 珠璃と共に、集合時間の十三時より若干早めにChameleon Gemsへ入店する。


「おはようございまーす」

「お、おはよう、珠璃ちゃん。一番入りだねぇ」

「ははっ、今日はよろしくお願いしまっす」


 フロアの壁や柱と同じくステッカーやバックステージパスが所狭しと貼られ、様々なバンドのフライヤーライブ等の宣伝チラシが置かれたチケットカウンター。携帯端末を弄っていた従業員の早川がふたりを迎え入れる。


「リハやるとしても最後なのに相変わらず早いねぇ」


 客電すらもうっすらとしか点いていないフロア。

 今度はドリンクカウンターから雅が顔を覗かせる。


「だってさあ、共演者のリハ見てみてーし」


 拗ねたように言う珠璃に、晶羽も横でうんうん、と頷く。


「ま、いいや。ところでユニット名は決めた?」

「はいっ」

「……」


 晶羽は即返事したが、珠璃はおもむろに雅からさっと目を逸らす。


「なんだその微妙な反応は。で、なんて名前?」

「えっとですねぇ」

「ちょ、晶羽ちゃん、やめろって」

「えええ、なんで」

「どうせライブの時に言うんだから今言わなくていいって!」

「なになに、実はめっちゃクソダサネーミングなわけ」

「うーん、私はそこまでひどいと思わないんですけど」

「んじゃ、教えてくれない?」

「だからやめ」


 必死に抵抗する珠璃に運が味方したのか、タイミングよく雅の携帯端末が鳴った。

 そんなに変かなぁ、最終的には珠璃も同意したのになぁ、と不服に思っている傍らで、通話中の雅の表情と話し声が硬くなっていく。

 人の表情の変化などに敏感な晶羽も、多少のことは気にしない珠璃も気にし始めるほどに。


「……本日の出演はキャンセルにしたいと」


 はあ?と珠璃が剣呑な顔で雅を注視する。

 その声に反応したのか定かでないが、雅は二人から離れてカウンターの奥へと消えていく。


「ドタキャンってこと?」

「みたい。ありえねー。ありえねーけど、当日ドタキャンとか割と有り得る事案なんだよな」



 数分後、引き攣った笑顔で雅が「ありえねー、マジありえねー」と晶羽たちの元へ戻ってきた。

 言い方が珠璃そっくりで、状況思えば場違いと分かりつつ微笑ましい。そう思ったのも一瞬のこと。


「珠璃、お前だから言うけどな」

「あ?」

「あ、晶羽ちゃんもオフレコでお願いね」

「はい?」

「さっきのドタキャン電話、うちのブッキング受けたのすっかり忘れて、別のハコでもブッキングしてたらしい」

「は?!同日ダブルブッキングってことかよ。そいつらアホじゃね?別のハコってどこだよ」


 雅が口にしたライブハウスの名に晶羽も珠璃もあ―……と、ため息を吐く。

 そのライブハウスは市内で最も老舗かつプロデビュー目指す地元アーティストの登竜門的場所なのだ。


「自分で言うのもなんだけど忖度も入ってんだろ」

「オトン、一番自分で言っちゃいけないヤツじゃね?」

「まあねぇ。もちろんキャンセル料はしっかり取るけどな。てな訳で、穴開いちまった分、二人とも一〇分の出演時間を急遽、転換込みでの三〇分に変更してもらえるとありがたいんだけど」

「え?」

「は?」


 雅の急な頼みに、晶羽は珠璃と揃って絶句した。

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