第13話 口は災いの元
(1)
「あたし返してくる。晶羽ちゃんは今の内に前の方確保しなよ」
なんで、と問う前に珠璃が小声でささやく。
「じゃないとさ、
「そんなに人気あるんだねぇ」
言われて見ると、現時点でフロアにいる男女比率は女性の方が多いような。
呑気にきょろきょろしていると、女性客の大半がぞろぞろとフロアの前面へと集まり出す。
たじろいであとずされば、一瞬にして自分がいた場所を奪われる。華やかだけど得も言われる威圧感の凄まじいこと……。
「あーあー、だーかーらー、前もって言ったのに」
「へへ、ごめーん……」
珠璃が呆れ顔で戻ってきた。
揃って苦笑いする横で女性客たちがにわかに色めき立つ。前のバンドと入れ替わった日向音たちがステージに姿を現したのだ。
まだ
静かな熱が満ちていくフロア、晶羽と珠璃は流れてくるBGMに耳を傾け、始まるのをひたすらじっと待つ。
何分経過しただろうか。
準備を終えた日向音たちは一旦ステージからはけていく。
数分後、SEと共に日向音たちは客席に手を振りながらステージに再登場した。
今日のイベントで一番大きな歓声がフロア全体を揺るがす。晶羽は珠璃と共に最前近くの壁に寄りかかるようにステージを俯瞰する。
ステージの中央。ボーカルの青年が後方の音響卓へ手を振り、開始の合図を送る。
頭上の客電が落ちる。ステージのピンスポットライトの下、ボーカルがギターをジャラン、ジャラン、静かに掻き鳴らし、歌い出す。薄暗闇で複数の携帯端末カメラのフラッシュを浴びながら。
ボーカルがスローテンポで一節歌い終わったタイミングで、ステージ全体をライトが照射。楽器演奏が始まる。静かな歌声とギターだけが響いていたステージも、フロアも、一瞬で熱気に包まれた。
ラップを交えた軽快な歌声を響かせるボーカル。ダンサンブルに音をかき鳴らすギター。華麗なスティック回しを決め、正確に十六ビートを刻むドラム。ゴリゴリと地の底から響くような重低音で、跳ねたリズムを刻む日向音のベース。
ドラム以外のフロント三人、ボーカル、ギター、日向音が踊るようにステップを踏みながら歌い、奏でる。フロアの観客も彼らの動きに合わせて、身体を揺らす。彼らの動きを真似、手拍子しながら小刻みにステップを踏み、踊る者もいる。
踊りこそはしないが、壁際で晶羽も身体を小さく揺らし、空間を満たす音に聴き入った。珠璃も隣で身体を揺らし、小さく口ずさんでいる。
ライブ映えするノリの良い曲だし、歌詞もメロディも覚えやすい。何より、聴いていて気分が上がってくる。
いいなあ。
私もあんな風に歌いたい。
歌えたら気持ちいいだろうな。
自分もステージに立ちたい。
羨望の念がむくむく湧き上がってきた。
けれど、すぐに身の程を弁えなきゃ、と、内心で自分を叱咤する。
ちょっと前まではカラオケで歌うだけでも夢のようだった。
誰かと一緒に音楽やれるだけで幸せ感じていた。
今度はステージに立ちたいだなんて……。
調子に乗り過ぎてないかな。
人の欲って怖ろしい。
(2)
最後まで熱気が冷めやらぬまま、日向音たちのバンドは二十五分の演奏時間を終えてステージを下りていく。そして、トリの地元で有名なインディーズバンドの出番も終わり、イベント自体も終了した。
ステージの照明は消え、客電が明るく照らす中、珠璃と各バンドの感想を話していると、機材の撤収を終えた日向音が二人に声をかけてきた。
「珠璃、晶羽ちゃん。来てくれてありがと!」
「お疲れさまでした、日向音くん」
「おう、おつおつー」
珠璃が気の置けない態度で日向音と言葉を交わすと、射るような鋭い視線がどこからか晶羽たちを刺し貫いた。
この視線には身に覚えがある。バンド時代、イベントやライブで同担拒否同士のファンの間で交わされていたのを度々目撃したから。と言っても、他メンバーの一部のファンだけで、キラにはこの手の過激派のファンはいなかった、と思う。でも、いざ強い嫉妬心を剥きだされると一瞬、ぞくりとなる。
一人でヒヤヒヤ、ハラハラする晶羽の横で、珠璃は平然といつもの調子で日向音にずけずけとライブのダメ出しをしている。日向音も日向音で笑顔で適当にあしらっている。
「打ち上げ参加する人いるー?手上げてくんなーい?」
ほのかに漂う剣呑な空気が雅の一声で払拭される。
次々と手を上げる出演者、観客。日向音も「はいはい、はーい!俺も出まーす」とまっすぐ手を上げる。
「晶羽ちゃんどうする?」
「んー、明日はバイト休みだけど……」
続けて、ぼそっと珠璃にだけ聴こえるように告げる。
「お金がちょっと、ねぇ……」
「あー」
「あと……、お酒の場は」
「おっけ、りょーかい」
それ以上は言わなくてもいい、と、珠璃は両手を前に押し出す。
「ちょうどよかった。あたしもまだ飲みの場は避けたいんだよなぁ」
指先で頬をぽりぽり掻き、珠璃は明後日の方向へ目線を逸らす。
晶羽同様、酒が関係する場に苦手意識が残っているみたいだ。
「晶羽ちゃん帰るよね?あたし、駅まで送る」
「え、でも」
行きは良くとも帰り道は珠璃一人になってしまう。
いくら性格が男っぽくも珠璃だって女の子だ。
「だーいじょーぶ。ほら行こーぜー」
「う、うん」
「あれ、珠璃ちゃん帰る?」
「早川さんさぁ。あたし、まだ未成年だし。十八だぜ、十八」
にこやかに、でも、わざと年齢を強調し、珠璃は扉を開ける。
激しいロックミュージックのBGMとおしゃべりで盛り上がる店内から屋外へ抜け出せば、夜の静寂が二人を待ち構えていた。
(3)
「日向音にはダメ出ししたけど、ライブ自体は良かったなー」
「うん、久々に生で音楽体感してすっごい楽しかった!」
珠璃と駅までの道のりを、高架下を歩く。
再び今日のライブについて語り合い、晶羽は自然と破顔する。
「あー、あたしもなんかライブやりたくなってきたかも。そうだ、晶羽ちゃん」
徐に立ち止まった珠璃が、次に口にする言葉の予想は大方つく。
「あたしらもライブ出ようよ」
予感は見事的中。
珠璃のまっすぐな視線から逃れるべく、斜め下へ目線を逸らす。
「ごめん……。まだ、ちょっと無理、かな」
珠璃はほんの一瞬、真顔になったが「そっか」と一言だけ漏らした。
珠璃の反応の意味が読めず、晶羽は強い焦りを感じた。その焦りが余計な一言を口走らせる。
「それに、ね?珠璃ちゃんも、もうちょっとほとぼり冷めてからの方がいいんじゃない、かなーって?」
「は?なにそれ?あたしを言い訳のダシに使うんじゃねえよ」
失言したと気づいた時には遅かった。
鋭い猫目に冷たい怒りを湛え、見たことのない顔で珠璃が晶羽を睨み据える。
だが、すぐに珠璃もハッと我に返り、申し訳なさげに目線を泳がせた。
「ごめん」
「ううん、私こそ、ごめんね……」
互いにその場で軽く頭を下げ、謝罪し合ったものの。
気まずい状態は解けることなく、地下鉄の駅に到着し、そのまま解散となった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます